いまさら家に男が一人増えたところで構いません!

ようやく昼休み

私はものすごい勢いでお弁当を食べた

「ごちそうさま!」

即座に立ち上がる

逃げよう、今すぐ逃げよう、体育館へ!

「あ」

日向がゆっくり立ち上がった

「私も行く~」

「え?」
「日向は付き合わなくていいよ?」

日向がいつもの笑顔で言う

「なんか心配だし~」
「ちょうどよさそうだし~」

「心配?」
「ちょうどいい?」

なにが?

私は首を傾げた

体育館へ着いて扉を開ける

中へ入ろうとして足が止まった

「ん?」

暗い

昼間なのに体育館の中が妙に暗い

見回す

「あ」

窓という窓のカーテンが全部閉まっていた

「なんで?」

私と日向が体育館へ入る

その瞬間

バンッ!

後ろで扉が閉まった

「え?」

パッ!

照明が一斉についた

「うわっ!」

眩しさに目を細める

そして

ゆっくり目を開いて固まった

体育館の中央に道着姿の女子生徒たちが

ずらりと並んでいた

「なにこれ……」

その中心に腕を組んで立っている人物を見て

さらに目を見開く

桐生先生

しかも先生まで道着姿だった

「桐生先生?」
「体育の準備は?」

桐生先生がゆっくりとこちらへ歩いてくる

「高梨」

「はい……」

先生が私の目の前で止まった

「用件は」
「分かってるよね?」

「分かりませんけど……」
「体育の準備では?」

嫌な予感がした

桐生先生の目が細くなる

「九条伊織とはどういう関係?」

「やっぱりそれ!?」

私は周りを見る

道着姿の先輩たちがじっと私を見ている

怖い!

なにこれ!

「正直に言った方がいいわよ」

「ちょっと桐生先生!」
「なにやってんの!?」
「これ怖いんだけど!」

その横で

「ふふ~」

日向が笑った

「日向?」
「なんで笑ってんの?」

日向はいつもの笑顔のまま言う

「桐生先生って~」
「九条くんファンクラブの創設者なんだよ~」

「え!?」

私は先生を見る

「そうなの!?」

「それで~」

日向は道着姿の先輩たちを見る

「合気道部はその巣窟なのよね~」

「ええ!?」

私は今度は日向を見る

「じゃあ」
「まさか……」
「日向も!?」

「私は違うよ~」

日向がにこにこ笑う

「美緒が心配だから~」
「ついてきただけ~」

「そうなの?」

よかった……

「日向に裏切られたら」
「私、立ち直れないかも」

「大丈夫だよ~」

日向が私の肩を軽く叩いた

「それに~」

「ん?」

日向がゆっくり桐生先生の前へ歩いていく

そして私を庇うように前へ立った

「日向?」

「ちょうどいいと〜」
「思ってたんだよね~」

桐生先生の表情が少し変わった

「水野さんどういうつもりです?」
「そこをどきなさい」

「嫌です~」

日向は笑ったままだった

「先生~」
「前から言いたかったんですけど~」

首を傾げる

「公私混同は教師失格だと思います~」

日向のその言葉で

体育館の空気が変わった

「ろくに稽古もしないで~」
「部室を九条くんの写真だらけにしたり~」

先輩たちの顔が引きつる

「九条くんの写真を~」
「こっそり売りさばいたり~」

「ちょっ」
「日向!」

先輩の一人が声を上げる

「ファンクラブ会員の巣窟にして~」
「毎日毎日」
「九条くん情報を交換したり~」

日向の笑顔が消えた

「合気道を……」

次の瞬間

体育館中に日向の怒声が響いた

「なめてんのかあああああああ!!!」
「オマエらはああああ!!」

「ひっ!?」

私の肩がびくっと跳ねる

日向……

やっぱり怒ると怖い……

「ちょうどいいので~」

あ

戻った

日向がまた笑ってすっと構える

「先輩たち全員〜」
「ここで泣かせときますね~」

「水野!」

一人の先輩が飛び出した

次の瞬間

ドンッ!

「きゃっ!」

先輩の体が宙を舞った

「え?」

着地するより早く

次の一人の腕を取る

くるっ

ドンッ!

「痛っ!」

さらに一人

「この!」

「遅いですよ~」

するり

どんっ!

次々と先輩たちが体育館の床に転がされていく

「うわ……」

強いとは知ってたけど

日向ってこんなに強かったの!?

「ほらほら~」

日向が倒れた先輩の腕を押さえる

「痛い痛い痛い!」

「ろくに稽古もしないで~」

もう一人を投げる

「男のケツばっかり追いかけてるから~」

ドンッ!

「こんなに弱いんですよ~」

怖い!

にこやかに笑ってるのが余計に怖い!

やがて立っているのは

日向と桐生先生だけになった

桐生先生が床に倒れている部員たちを見る

「あなたたち全員」
「外へ出なさい」

「え?」

先輩の一人が顔を上げる

「先生」
「でも――」

「出なさい」

低い声だった

先輩たちが顔を見合わせる

「……はい」

先輩たちは一人、また一人と痛そうに体を起こし

互いに肩を貸しながら体育館を出ていった

最後の一人が扉を閉める

バタン

体育館が急に静かになった

残ったのは私と日向

そして桐生先生の三人だけ

「先生~」

日向がゆっくり振り返る

「残るは〜」
「先生だけですね~」

桐生先生が小さく息を吐いた

「なるほど」

先生の目が鋭くなる

「獅子身中の虫だった」
「というわけ」

日向の笑顔が消えた

「虫は先生でしょ~?」

「なんですって?」

「甘そうな若い果実の周りを~」

日向が人差し指をくるくる回す

「ぶんぶん飛び回って~」

にっこり笑う

「見苦しいからやめてください~」

日向! それは言いすぎ!

私がそう思った瞬間

桐生先生の雰囲気が変わった

「いいわ」

低い声だった

「教えてあげる」

先生がゆっくり髪を結び直す

「私はね」
「あんなガキに本当は興味ないのよ」

「え〜?」
「え?」

私と日向の声が重なる

桐生先生は首を軽く鳴らした

「ファンクラブなんて」
「頼まれてやっていただけ」

「頼まれた?」

誰に?

そう聞こうとした時

もう先生は日向しか見ていなかった

「そんなことより……」

桐生先生が一歩前へ出る

「水野日向」

日向の笑顔が少しだけ深くなる

「なに~?」

「前からあなたの殺気には気づいていたわ」

体育館の空気がぴんと張り詰めた

「水鏡流の人間が」
「わざわざ」
「うちみたいな部に入ってきたんだから」

桐生先生がゆっくりと構える

「目的くらい分かってるから」

日向がくすっと笑った

「ばれました~?」

いつもの優しげな表情じゃない

日向が桐生先生を真っ直ぐに見る

「天心流合気柔術免許皆伝~」
「桐生玲奈~」

桐生先生の目が鋭くなる

「ずっと~」

日向もゆっくりと構えた

「やってみたかったんだよね~」

口元が嬉しそうに上がる

「美味しそうな私の遊び相手~」

桐生先生の目が細くなる

「言ってくれますね」
「水野日向」

「だって~」

日向が嬉しそうに笑う

「ずっと先生とは~」
「遊びたかったんですよ~」

二人が向かい合う

さっきまでとは空気が違う

日向は両腕をだらりと下げている

ぞくっ

冷やりとした

あの腕……怖い

構えているようには全然見えないのに

対して桐生先生は右手を前へ出した

五本の指をゆっくりと開く

ぞくっ

また背中に寒気が走る

あの人は拳じゃない

指の方が怖い

「では始めましょうか」

「は~い」

次の瞬間

桐生先生が踏み込んだ

速い!

右手が日向の首へ伸びる

日向は避けない

先生の手首へ左手を添え

ほんの少し体を開く

それだけで

桐生先生の腕が日向の首から大きく外れた

勢いのまま先生の上体が前へ流れた

そのまま倒れる

そう思った次の瞬間

バチン!!

まるでムチを叩きつけたような鋭い音が響いた

「っ!」

桐生先生の右腕

道着の袖が弾けるように裂けた

その下の肌まで赤く腫れ上がるのが見えた

「え!?」

いつ!?

日向は先生の腕を流しただけに見えたけど違う

手首へ触れて体勢を崩した瞬間

反対の腕をムチみたいにしならせて

先生の上腕へ叩き込んだ

私は小さく呟く

「なによ……あの打撃……」

でも桐生先生はひるまない

前へ流れた右足を軸にそのまま体を回した

日向に触れられていた右腕を逆に巻き込む

日向の左手首が先生の脇へ引き込まれた

「っ!」

日向の肩が浮く

そこへ桐生先生の左手が日向の肩をつかんだ

ギッ

そして一気に引いた

ビリッ!!

「っ――!」

制服の肩口が大きく裂ける

布だけじゃない

その下の肌にも

指の跡に沿って赤い筋が走った

「日向!」

「大丈夫だよ~」

大丈夫なわけがない

それでも日向は笑っていた

取られた腕から力を抜く

逃げるんじゃない

逆に桐生先生へ一歩入った

肩を先生の脇へ潜り込ませ腰を沈める

桐生先生の体が浮いた

投げる!?

そう思った瞬間

桐生先生は自分から投げられる方向へ回り

空中で体を捻って着地した

そのまま日向の背後へ回る

「え!?」

先生の右手が日向の背中をつかんだ

ギリッ

嫌な音がした

ビリッ!!

日向の制服が背中から裂ける

「っ!」

その下の肌にも赤い線が走った

怖っ!

ただつかんでるんじゃない

指そのもので制服ごと肌を削ってる!?

日向が前へ体を逃がす

でも桐生先生は裂けた制服をつかんだまま日向を引き戻した

体が後ろへ崩れる

そこへ五本の指が首筋へ滑り込む

「日向!」
「それはやばい!」

日向がぎりぎりで首を倒した

シュッ!

襟が裂け首筋に細い赤い線が浮かぶ

あと少し遅かったら――

桐生先生がゆっくり指を開いた

「天心流は」
「相手に二度目の攻撃を許しません」

指先が日向の首へ向く

「実戦なら」
「今ので終わっています」

日向が首筋を触ると指先に少し血がついた

それを見て笑う

「やっぱり~」
「天心流って物騒だね~」

「実戦武術ですから」
「襲ってきた相手を無傷で帰す理由がありますか?」

怖い!

この先生本気で言ってる!?

でも日向も全然怯んでいない

「じゃあ~」

両腕をぶらぶらと揺らす

「今度は」
「こっちからいきますね~」

日向が踏み込んだ

桐生先生が右腕を振り下ろす

その腕に触れて力を外へ流す

先生の体勢が崩れた

そこへ

日向の左腕がしなる

バチン!!

「くっ!」

桐生先生の肩口の道着が

弾けるように裂けた

でも先生も止まらない

日向の左腕をつかみ

そのまま体を引き寄せる

ビリッ!!

日向の袖が大きく裂け

その下の肌にも赤い筋が走った

「っ!」

日向はその力に逆らわず

逆に一歩踏み込む

そのまま腰を回して右腕を振り抜いた

バチン!!

「っ!」

今度は桐生先生の脇腹

道着が裂け

皮膚まで赤く腫れ上がる

それでも

桐生先生の指も日向の脇腹を捉えた

ビリッ!!

日向の制服が背中まで大きく裂けた

「うわ……」

触れるたびに二人とも傷が増えていく

技をかければその力を利用される

かけられた方もただ返すだけじゃない

その瞬間に相手を傷つける

水鏡流はムチみたいな打撃で肌を削る

天心流は鍛えた指と爪で裂く

どっちも相手の攻撃を恐れていない

むしろ仕掛けてきた力ごと自分の攻撃に変えている

桐生先生の右手が

日向の右手首をつかむ

でも日向はつかまれた右腕の力を抜いた

腕が下へ落ちる

先生の重心がほんの少し前へ流された

日向の腰が回って

左腕が走った

バチン!!

先生の太腿を覆う道着が弾ける

「くっ!」

桐生先生の顔が一瞬だけ歪んだ

でも次の瞬間には日向の胸元をつかんでいた

ビリッ!!

また制服が裂ける

肩から胸元へ赤い傷が走った

「痛っ~」

初めて日向の口からそんな声が漏れた

でも日向の笑顔は消えていない

桐生先生が小さく笑う

「笑っていられるのも」
「今のうちですよ」

「そうですか~?」
「先生もボロボロですよ~」

桐生先生の道着も何か所も裂けていた

破れた道着の隙間から

皮膚が赤く腫れ

裂けた箇所には血が滲んでいる

でもまだ、どちらの目も死んでいない

むしろさっきより鋭くなっている

「水鏡流」

桐生先生が低い声で言った

「相変わらず不愉快な戦い方です」

「そうですか~?」

「皮膚だけを狙い」
「痛みを与え戦意を削る」

日向がにこっと笑う

「殺しちゃうより優しいでしょ~?」

「甘い」

先生の指が自分の首へ触れる

「ここを裂けば一度で終わります」

「それじゃ~」

日向の目が少し細くなる

「もう遊べなくなっちゃいますよ~」
「水鏡流は~」
「痛いからもう嫌だ~」
「そう思ってもらって終わりです~」

「だから」
「甘いと言っているんです」

桐生先生が踏み込んだ

今までより速い!

右手の五本の指が日向の首へ伸びる

日向がその手首へ触れ

腕を外へ逃がす

でも桐生先生は止まらない

流された右腕の勢いで体ごと回る

その左手が日向の袖をつかんだ

ビリッ!!

肩から肘まで制服が裂ける

そのまま日向を引き寄せる

また右手の五本の指が首へ伸びる

日向が上体を反らした

シュッ!

日向の髪が数本宙へ飛ぶ

「日向!」

「まだ~」

日向は崩された姿勢のまま先生の腕に触れた

先生が首を狙うため前へ出した力

それをさらに前へ導く

桐生先生の上体が大きく流れた

日向がその背後へ回る

「先生~」

桐生先生が振り向こうとする

でも遅い

「舌を噛まないでね~」

日向の腰が回り右腕がしなる

バチン!!

「っ!」

一撃目

桐生先生の背中

道着が弾けるように裂け

さらに体が前へ揺れた

日向は止まらない

右腕を振り抜いた反動で

今度は体を逆方向へ回す

今度は左腕

バチン!!

「ぐっ!」

二撃目

肩甲骨の下

先生の背中が大きく反る

日向は二撃目を振り抜いた勢いのまま

もう一度腰をひねる

体そのものが大きく弧を描いた

その勢いが右腕へ伝わる

腕が一本のムチみたいにひときわ大きくしなる

「三つ目です~!」

バチィン!!!

「っ――!!」

三撃目

先生の背中へ叩き込まれた

桐生先生の体が大きく前へ押し出される

倒れまいと足を踏み出す

一歩

二歩

それでも勢いを殺しきれない

さらに一歩よろめき

ガクッ

片膝をついた

桐生先生は背中に手を伸ばそうとして止まった

動かない……

いや……

痛くて動けないんだ

「ぐぅっ……」

桐生先生の荒い息だけが体育館に響いた



* * *


痛い……

痛いよ……

背中が焼けるみたいに痛い

水野なんか……大嫌いだ

……いや

本当は嫌いじゃなかった

私も……

お父さんも

昔は……水野だった