私の通う学校には
貴族がいる
本当に爵位があるわけじゃない
胸元につけられた金色のバッジ
それを許されているのは
資産が数百億円を超えるような
とんでもないお金持ちの家の人間だけ
そして
私と同じ一年生にも一人いる
九条伊織(くじょう・いおり)
黒塗りの車で登校し
成績は学年一位
顔までやたらと整っている
私にとっては
雲の上のお人だった
まあ
だからといって
特別に興味があるわけではない
私には
そんな人を崇めている暇なんてないからだ
「おねえ!」
「はやく!」
「待ちなさい!」
「晴、靴ちゃんと履いて!」
日曜日
私は五歳の奏太(そうた)と
三歳の晴(はる)を連れて
近所の公園へ向かっていた
私の名前は
高梨美緒(たかなし・みお)
十六歳
父と五人の弟たちと暮らしている
つまり
我が家は私以外みんな男だ
母はいない
だからご飯を作ったり
洗濯をしたり
弟たちの世話をしたり
自然と私がやるようになった
父もできることはやろうとしてくれる
でもほとんどの家事を任せられない
父は格闘技のトレーニングジムを経営している
大きくて、ごつくて、声もおならも大きい
そして細かいことには
とことん向いていない
洗濯なんかさせたら
力の加減が下手で服がボロボロになる
洗濯物を干すだけなのに
なぜか服が真っ二つになったりする
だから
この家の男たちの面倒を見るのは
だいたい私の役目だ
「もう一回!」
「はいはい」
「ちゃんと捕まってるのよ!」
奏太にせがまれてブランコを押す
晴はその横で砂場にしゃがみ込んでいた
しばらくして私はスマホで時間を確認した
「よし」
「そろそろ帰るよ」
「えー!」
「お昼ご飯だから」
「お腹空いてきたでしょ?」
「今日なに?」
「から揚げ」
「帰る!」
現金なものだ
私は笑いながら晴の手についた砂を払った
そして二人を連れて公園の出口へ向かう
その途中だった
「ですから」
「ここで寝泊まりされるのは困るんですよ」
困ったような男の声が聞こえてきた
公園の管理をしているらしい男性が
誰かと話していた
視線の先には小さなテント
その前に
一人の若い男が立っている
どうやら
勝手にテントを張っていたらしい
私は特に気にせず通り過ぎようとした
その時だった
若い男がこちらを向いて声をあげた
「あ……高梨さん?」
名前を呼ばれて私も足を止めた
先ほどちらりと見た男の顔が
誰かに似ている気がした
「ちょっと待って」
「まさか……」
「おねえ?」
「どうしたの?」
奏太が私の顔を見上げる
私はばっと男の顔を見た
やっぱり見覚えがある
いや
見覚えがあるなんてもんじゃない
毎日のように
学校で羨望の眼差しを集めているあの顔だ
さらりとした黒髪
前髪はわずかに目元へかかるくらいの長さ
肌は白く
すっと通った鼻筋に形のいい薄い唇
切れ長の目は涼しげで
黙っていると
近寄りがたいくらい
整った顔をしている
手足が長くて背も高い
細身だけど肩幅はちゃんとある
そして姿勢が妙に綺麗で
立ち姿まで美しい
こんな生き物は一人しかいない
「九条……くん?」
間違いない
九条伊織だ
学校では金色のバッジを胸につけている男
雲の上のお人
その九条伊織が公園にテントを張って
なにやら怒られている
その横には
シャツやタオルまで干してあった
ふいに九条くんと目が合った
すると
にこりと爽やかな笑顔を返してきた
私はそっと目をそらした
見なかったことにしよう
大金持ちが公園でテント暮らし?
どう考えてもろくな事情じゃない
関わったら最後
絶対面倒なことになる
私はもう
家の男六人だけで手いっぱいなのよ
「ほら」
「帰るよ」
「え?」
「おねえ」
「あの人知ってる人?」
「知らない」
「でも九条くんって言ってたよ?」
「気のせい」
「えー?」
「ほら!」
「お昼ご飯にするんでしょ!」
「から揚げ!」
「そう」
「だから帰るよ」
「やった!」
私は晴と奏太の手を引いて
その場を離れた
後ろから声が聞こえる
「今日中に撤去してくださいね」
「分かりました」
「ご迷惑をおかけしました」
少し高めの
よく通る声だった
今のが……九条くんの声なんだ
あれは
間違いなく九条くんだった
でも忘れよう
全部忘れよう
しばらく歩いたところで
奏太が後ろを振り返った
「おねえ」
「なに?」
「さっきのお兄ちゃん」
「ついてきてるよ」
「え!?」
私は振り返る
すると九条くんが
こちらに向かって
小走りで近づいてくるのが見えた
これは
たぶん……
やばい!
嫌な予感しかしない
「二人とも!」
「じっとしてなさい!」
「え?」
私は晴を右腕に抱き上げ
そのまま奏太も左腕に抱え上げた
「うわっ!」
「きゃはは!」
「おねえすごい!」
「走るよ!」
「やったー!」
私が育てた弟二人が超重い!
でも今こそ
姉パワーを発揮する時よ!
私は弟二人を抱えて
全身全霊で走り出した
「高梨さん!」
後ろから
九条くんの声が飛んできた
「見てません!」
「見ても忘れます!」
「私、忘れるの得意なんで安心してください!」
「ごきげんよう!」
「少し待ってくれないか」
「嫌です!」
「おねえ!」
「もっとはやく!」
「無茶言わないで!」
「きゃははは!」
腕の中で弟たちは大喜び
こっちはそれどころじゃない
「おねえ!」
「まだ追いかけてくるよ!」
「なんで追いかけてくるのよ!?」
弟二人を抱えて
必死に走っているというのに
あっという間に九条くんが横へ並んだ
「やあ、高梨さん」
「こんにちは」
「奇遇だね」
息ひとつ乱れていない
涼しい顔で私を見てくる
なんか腹立つ!
「奇遇じゃないわよ!」
「追いかけないでください!」
「実は」
「頼みがあるんだ」
「嫌です!」
「まだ何も言ってないけど」
「嫌な予感しかしません!」
「全部忘れますから!」
「私を巻き込まないで!」
「実は」
「路頭に迷っていてね」
「勝手に打ち明けはじめないで!」
貴族がいる
本当に爵位があるわけじゃない
胸元につけられた金色のバッジ
それを許されているのは
資産が数百億円を超えるような
とんでもないお金持ちの家の人間だけ
そして
私と同じ一年生にも一人いる
九条伊織(くじょう・いおり)
黒塗りの車で登校し
成績は学年一位
顔までやたらと整っている
私にとっては
雲の上のお人だった
まあ
だからといって
特別に興味があるわけではない
私には
そんな人を崇めている暇なんてないからだ
「おねえ!」
「はやく!」
「待ちなさい!」
「晴、靴ちゃんと履いて!」
日曜日
私は五歳の奏太(そうた)と
三歳の晴(はる)を連れて
近所の公園へ向かっていた
私の名前は
高梨美緒(たかなし・みお)
十六歳
父と五人の弟たちと暮らしている
つまり
我が家は私以外みんな男だ
母はいない
だからご飯を作ったり
洗濯をしたり
弟たちの世話をしたり
自然と私がやるようになった
父もできることはやろうとしてくれる
でもほとんどの家事を任せられない
父は格闘技のトレーニングジムを経営している
大きくて、ごつくて、声もおならも大きい
そして細かいことには
とことん向いていない
洗濯なんかさせたら
力の加減が下手で服がボロボロになる
洗濯物を干すだけなのに
なぜか服が真っ二つになったりする
だから
この家の男たちの面倒を見るのは
だいたい私の役目だ
「もう一回!」
「はいはい」
「ちゃんと捕まってるのよ!」
奏太にせがまれてブランコを押す
晴はその横で砂場にしゃがみ込んでいた
しばらくして私はスマホで時間を確認した
「よし」
「そろそろ帰るよ」
「えー!」
「お昼ご飯だから」
「お腹空いてきたでしょ?」
「今日なに?」
「から揚げ」
「帰る!」
現金なものだ
私は笑いながら晴の手についた砂を払った
そして二人を連れて公園の出口へ向かう
その途中だった
「ですから」
「ここで寝泊まりされるのは困るんですよ」
困ったような男の声が聞こえてきた
公園の管理をしているらしい男性が
誰かと話していた
視線の先には小さなテント
その前に
一人の若い男が立っている
どうやら
勝手にテントを張っていたらしい
私は特に気にせず通り過ぎようとした
その時だった
若い男がこちらを向いて声をあげた
「あ……高梨さん?」
名前を呼ばれて私も足を止めた
先ほどちらりと見た男の顔が
誰かに似ている気がした
「ちょっと待って」
「まさか……」
「おねえ?」
「どうしたの?」
奏太が私の顔を見上げる
私はばっと男の顔を見た
やっぱり見覚えがある
いや
見覚えがあるなんてもんじゃない
毎日のように
学校で羨望の眼差しを集めているあの顔だ
さらりとした黒髪
前髪はわずかに目元へかかるくらいの長さ
肌は白く
すっと通った鼻筋に形のいい薄い唇
切れ長の目は涼しげで
黙っていると
近寄りがたいくらい
整った顔をしている
手足が長くて背も高い
細身だけど肩幅はちゃんとある
そして姿勢が妙に綺麗で
立ち姿まで美しい
こんな生き物は一人しかいない
「九条……くん?」
間違いない
九条伊織だ
学校では金色のバッジを胸につけている男
雲の上のお人
その九条伊織が公園にテントを張って
なにやら怒られている
その横には
シャツやタオルまで干してあった
ふいに九条くんと目が合った
すると
にこりと爽やかな笑顔を返してきた
私はそっと目をそらした
見なかったことにしよう
大金持ちが公園でテント暮らし?
どう考えてもろくな事情じゃない
関わったら最後
絶対面倒なことになる
私はもう
家の男六人だけで手いっぱいなのよ
「ほら」
「帰るよ」
「え?」
「おねえ」
「あの人知ってる人?」
「知らない」
「でも九条くんって言ってたよ?」
「気のせい」
「えー?」
「ほら!」
「お昼ご飯にするんでしょ!」
「から揚げ!」
「そう」
「だから帰るよ」
「やった!」
私は晴と奏太の手を引いて
その場を離れた
後ろから声が聞こえる
「今日中に撤去してくださいね」
「分かりました」
「ご迷惑をおかけしました」
少し高めの
よく通る声だった
今のが……九条くんの声なんだ
あれは
間違いなく九条くんだった
でも忘れよう
全部忘れよう
しばらく歩いたところで
奏太が後ろを振り返った
「おねえ」
「なに?」
「さっきのお兄ちゃん」
「ついてきてるよ」
「え!?」
私は振り返る
すると九条くんが
こちらに向かって
小走りで近づいてくるのが見えた
これは
たぶん……
やばい!
嫌な予感しかしない
「二人とも!」
「じっとしてなさい!」
「え?」
私は晴を右腕に抱き上げ
そのまま奏太も左腕に抱え上げた
「うわっ!」
「きゃはは!」
「おねえすごい!」
「走るよ!」
「やったー!」
私が育てた弟二人が超重い!
でも今こそ
姉パワーを発揮する時よ!
私は弟二人を抱えて
全身全霊で走り出した
「高梨さん!」
後ろから
九条くんの声が飛んできた
「見てません!」
「見ても忘れます!」
「私、忘れるの得意なんで安心してください!」
「ごきげんよう!」
「少し待ってくれないか」
「嫌です!」
「おねえ!」
「もっとはやく!」
「無茶言わないで!」
「きゃははは!」
腕の中で弟たちは大喜び
こっちはそれどころじゃない
「おねえ!」
「まだ追いかけてくるよ!」
「なんで追いかけてくるのよ!?」
弟二人を抱えて
必死に走っているというのに
あっという間に九条くんが横へ並んだ
「やあ、高梨さん」
「こんにちは」
「奇遇だね」
息ひとつ乱れていない
涼しい顔で私を見てくる
なんか腹立つ!
「奇遇じゃないわよ!」
「追いかけないでください!」
「実は」
「頼みがあるんだ」
「嫌です!」
「まだ何も言ってないけど」
「嫌な予感しかしません!」
「全部忘れますから!」
「私を巻き込まないで!」
「実は」
「路頭に迷っていてね」
「勝手に打ち明けはじめないで!」

