【バッドエンド】死の神に魅入られた少女の末路

——神様、助けてください

 暗く冷たい廃墟で、血と泥に塗れて。死を待つしかなく静かに呟いた少女に、神はただ軽やかに、親しみを込めて返した。
 
「いいよ」
 
 それが彼女の救いであり、永遠の呪いの始まりだった。

 絶望した彼女の祈りに応えたのは、この世の死を統べる神だった。
 
 死の神に庇護され、ハーディアという名を与えられ、眷属となった彼女は、やがて、神の与えた命(めい)のまま刃を振るう〈死の御使(みつかい)〉となった。
 
『この世界から、毎日千人の命を奪おう』
 
 遠い昔、死の神が放った言葉は、この世界の理(ことわり)の一つだった。
 
 ハーディアは死の神を愛していた。死の神は、彼女にとって命の恩人であり、家族であり、師であり、世界の全てだった。

 死の神を敬うがゆえに、ハーディアは誰よりも忠実な〈死の御使〉となった。彼女は神の手足として言われるままに街を焼き、病を撒き、無数の命を刈り取った。

 そんな果てのない殺戮の中。ハーディアは名もなき裏路地で、忌子として捨てられ、昏い瞳で世界を呪っていた幼い少年に出会った。

 その姿は、かつての自分を思い出させた。

 けれど違う。死の御使(ハーディア)を睨め付ける、その強さを、あの頃の彼女は持っていなかった。強い少年だ。……けれど脆い人間だ。
 ハーディアは、その脆さが惜しくなった。あるいは、ハーディアを助けた死の神も、こんな気持ちだったのだろうか?

「……一緒に来る?」

 気まぐれにハーディアは少年に問いかけた。少年は、しばし悩んだ後、ハーディアに手を伸ばした。ハーディアも彼の手を取った。かつて、死の神が彼女を救ってくれたように。

 ハーディアは彼に、まず名前を与えた。

「ペルセフォンというのは、どう?」
「……別に名前なんて、どうでも良い」
「……そうね」

 それからハーディアは彼に生きるための知識を与え、生き抜くための戦い方(ちから)を与える、温もりを与えた。

 ペルセフォンにとって、ハーディアは命の恩人であり、師であり、家族であり、愛しい人となった。

 彼が健やかに、力強く成長していくにつれ、その瞳に宿る熱は狂信へと変わっていった。ハーディアにとっての死の神が絶対であったように、ペルセフォンにとっての絶対は、世界でただひとりハーディアになった。
 
 ハーディアもまた、ペルセフォンと過ごすうちに忘れていた人間らしい心を取り戻していった。

——他人の死を導く罪深さを思い出してしまった

 絶叫、命乞い、遺された者の涙、温かい血の感触……何も感じなくなっていたソレが鮮やかさを増し。——彼女の心は削られていく。

——そして、ついにその日が訪れた
 
「……もう、嫌……っ」
 
 広大な戦場の真ん中で、数千の骸の山に囲まれて、ハーディアは膝をついた。全て彼女とペルセフォンが築いた骸だ。黒々とした闇が、いつも通り冷たく世界に満ちていた。
 
 ハーディアの手からこぼれ落ちた死神の鎌が、乾いた音を立てて転がる。
 
「どうして……どうして私なの……? 生きたいと願ったことは、これほどの罪なの? ……神様、お願い、もう……どうか、私を、終わらせて……」
 
 彼女は顔を覆い、子供のように声を上げて泣いた。
 
 死の神を愛していた。彼女の神の役に立ちたかった。けれど、その心は限界を迎えていた。
 殺しても、殺しても、終わらない永遠の惨劇。彼女の心は、もう原型をとどめないほど粉々に砕け、元には戻らない。
 
 カツン、と静かな足音が血と骸の山を渡ってくる。
 
 ハーディアが涙に濡れた目を上げると、そこにはペルセフォンが立っていた。成長してからは、いつも彼女の傍(かたわら)にいて、彼女を助けるように、供に命を屠っていた。
 
「ペルセフォン……来ないで……私は、バケモノなの……今日も、こんなに……」
「ハーディア」
 
 ペルセフォンは静かに膝をつき、彼女の頬を優しく撫でた。その手は温かく、愛おしさに満ちていた。
 
「いいんだ。もう、いいんだよ。あなたは十分、神様の言葉を果たした」
「ペルセフォン……」

 それは欲しかった救いの言葉で。……これだけの悠久を共にした彼が、その言葉でハーディアを救いながら、何を考えている手に取るように分かった。

 彼に、そんなことをさせて良いのか? とハーディアの僅かに残った理性が言う。

「いいんだよ、大丈夫。あとは俺に任せて」

 それを掻き消すかのように、ペルセフォンは言葉を重ねた。その言葉に、静かに涙を流しながら。頷いて、祈るように縋るようにハーディアは目を閉じる。ペルセフォンはハーディアを抱きしめると、その心臓にナイフを突き立てた。

「ありがとう……ペルセフォン……」
「おやすみ、ハーディア。愛しているよ」
 
 彼女の小さな身体から力が抜け、永遠の眠りが訪れる。せめて苦痛が少ないようにとペルセフォンは祈るように思いながら、腕の中で冷たくなっていく彼女を確かめた。そして、そっと彼女の額に口づけを落とした。

「さよなら、ハーディア」

 ペルセフォンが呟くと、ハーディアの身体は、まるで夢のように消え去った。それを見送って彼は立ち上がる。
 ハーディアの力を継承した〈死の御使〉として。
 
「さあ、死の神様……あなたの『千人』は、これからは俺が殺して差し上げます。……いずれ、彼女を傷つけた代償を払ってもらいますけどね」
 
 ペルセフォンはハーディアの面影を抱きながら、血塗れた戦場を1人、歩き続ける。いつか死の神を倒す、その日まで。