それから数日が経ち、学校は夏休みに入った。
蝉の声がうるさいくらいに響く、暑い日。
私はお母さんと一緒に、亡くなったおばあちゃんの家に来ていた。
「朝から暑い……」
玄関に入った瞬間、思わず声が漏れる。
「莉愛、窓開けてくれる?」
「はーい」
靴を脱いで、リビングの窓を開けていく。
窓を開けたところで、入ってくるのは生ぬるい風だけ。
「全然涼しくない……」
「エアコンつけるから、ちょっと待って」
「早くしてー。死ぬー」
「大袈裟ねぇ」
お母さんはエアコンのリモコンを操作しながら、呆れたように笑う。
おばあちゃんが亡くなったのは、少し前のことだった。
今日は、残っている荷物を整理するために来た。
小さい頃は、よく遊びに来ていた家。
玄関も。
廊下も。
リビングも。
何も変わっていないように見える。
なのに、おばあちゃんがいないだけで、知らない家みたいに静かだった。
「莉愛は二階お願いね」
「えー」
「若いんだから働く」
「若い人間も暑いんですけど」
「はいはい」
「人使い荒いなぁ」
文句を言いながら、階段を上がる。
二階には、おばあちゃんが使っていた部屋がある。
襖を開ける。
「…………」
懐かしい匂いがした。
昔、この部屋で一緒にお昼寝したことがある。
怒られた時ここで泣いて、おばあちゃんが、こっそりお菓子をくれたこともあった。
「……おばあちゃん」
当然、返事はない。
分かっているのに。
少しだけ、寂しくなる。
でも、感情に浸っていても作業は進まない。
「よし」
気持ちを切り替えるように、両手で頬を叩く。
「やりますか」
押し入れを開けて、中のものを一つずつ出していく。
古い布団。
着物。
箱。
よく分からない象置物。
「これ、いるのかな……」
勝手に捨てたら、お母さんに怒られそう。
とりあえず、いるものと分からないものに分けていく。
その時。
ブブッ。
「ん?」
床に置いていたスマホが震えた。
画面を見る。
『蒼』
「…………」
メッセージが来ている。
『何してる?』
それだけ。
『おばあちゃん家の片付け』
送信。
すぐに既読がついた。
『今日だったんだ』
『うん』
『暑そう』
『死ぬほど暑い』
『死ぬなよ』
『努力します』
『何それ笑』
「…………」
相変わらず、どうでもいい会話。
小学生の頃から、ずっとこんな感じだ。
用事があるわけでもないのに連絡が来て。
私も、なんとなく返す。
『蒼は?』
送ってから、少しだけ手が止まった。
別に、聞かなくてもいいことなのに。
すぐに返事が来る。
『家』
『暇人じゃん』
『莉愛に言われたくない』
『私は忙しいんですー』
『じゃあ片付けろ』
『今やってる』
『スマホいじってるじゃん』
「…………」
思わず笑う。
『うるさい』
それだけ送って、スマホを伏せた。
「さて……」
片付けないと。
立ち上がろうとすると、またスマホが震えた。
『終わったら連絡して』
「…………」
画面を見つめる。
終わったら、連絡して。
たったそれだけの言葉。
いつもなら、何とも思わないはずなのに。
学校でみんなに言われたことを、ふと思い出した。
――もう付き合っちゃえばいいのに。
「…………」
いやいや。
ないない。
蒼だよ?
小学生の頃から知ってる、あの蒼。
私は、『覚えてたらね』とだけ返した。
『絶対忘れるやつ』
すぐに返ってくる。
既読だけつけて、今度こそスマホを置いた。
なのに。
「…………」
少しだけ、口元が緩んでいる自分に気づく。
「何笑ってんだろ、私」
一人で呟く。
まだ、作業も進んでいないのに、暑さで汗が滴り落ちてきた。
「早く終わらせないと」
私は棚に置いてあった、ホコリを被った箱の蓋に手をかけた。
「次は、これか……」
ゆっくりと、蓋を開ける。
中には、何冊かの古いアルバムと、黄ばんだ封筒。
そして――
一枚の、古い白黒写真が入っていた。
蝉の声がうるさいくらいに響く、暑い日。
私はお母さんと一緒に、亡くなったおばあちゃんの家に来ていた。
「朝から暑い……」
玄関に入った瞬間、思わず声が漏れる。
「莉愛、窓開けてくれる?」
「はーい」
靴を脱いで、リビングの窓を開けていく。
窓を開けたところで、入ってくるのは生ぬるい風だけ。
「全然涼しくない……」
「エアコンつけるから、ちょっと待って」
「早くしてー。死ぬー」
「大袈裟ねぇ」
お母さんはエアコンのリモコンを操作しながら、呆れたように笑う。
おばあちゃんが亡くなったのは、少し前のことだった。
今日は、残っている荷物を整理するために来た。
小さい頃は、よく遊びに来ていた家。
玄関も。
廊下も。
リビングも。
何も変わっていないように見える。
なのに、おばあちゃんがいないだけで、知らない家みたいに静かだった。
「莉愛は二階お願いね」
「えー」
「若いんだから働く」
「若い人間も暑いんですけど」
「はいはい」
「人使い荒いなぁ」
文句を言いながら、階段を上がる。
二階には、おばあちゃんが使っていた部屋がある。
襖を開ける。
「…………」
懐かしい匂いがした。
昔、この部屋で一緒にお昼寝したことがある。
怒られた時ここで泣いて、おばあちゃんが、こっそりお菓子をくれたこともあった。
「……おばあちゃん」
当然、返事はない。
分かっているのに。
少しだけ、寂しくなる。
でも、感情に浸っていても作業は進まない。
「よし」
気持ちを切り替えるように、両手で頬を叩く。
「やりますか」
押し入れを開けて、中のものを一つずつ出していく。
古い布団。
着物。
箱。
よく分からない象置物。
「これ、いるのかな……」
勝手に捨てたら、お母さんに怒られそう。
とりあえず、いるものと分からないものに分けていく。
その時。
ブブッ。
「ん?」
床に置いていたスマホが震えた。
画面を見る。
『蒼』
「…………」
メッセージが来ている。
『何してる?』
それだけ。
『おばあちゃん家の片付け』
送信。
すぐに既読がついた。
『今日だったんだ』
『うん』
『暑そう』
『死ぬほど暑い』
『死ぬなよ』
『努力します』
『何それ笑』
「…………」
相変わらず、どうでもいい会話。
小学生の頃から、ずっとこんな感じだ。
用事があるわけでもないのに連絡が来て。
私も、なんとなく返す。
『蒼は?』
送ってから、少しだけ手が止まった。
別に、聞かなくてもいいことなのに。
すぐに返事が来る。
『家』
『暇人じゃん』
『莉愛に言われたくない』
『私は忙しいんですー』
『じゃあ片付けろ』
『今やってる』
『スマホいじってるじゃん』
「…………」
思わず笑う。
『うるさい』
それだけ送って、スマホを伏せた。
「さて……」
片付けないと。
立ち上がろうとすると、またスマホが震えた。
『終わったら連絡して』
「…………」
画面を見つめる。
終わったら、連絡して。
たったそれだけの言葉。
いつもなら、何とも思わないはずなのに。
学校でみんなに言われたことを、ふと思い出した。
――もう付き合っちゃえばいいのに。
「…………」
いやいや。
ないない。
蒼だよ?
小学生の頃から知ってる、あの蒼。
私は、『覚えてたらね』とだけ返した。
『絶対忘れるやつ』
すぐに返ってくる。
既読だけつけて、今度こそスマホを置いた。
なのに。
「…………」
少しだけ、口元が緩んでいる自分に気づく。
「何笑ってんだろ、私」
一人で呟く。
まだ、作業も進んでいないのに、暑さで汗が滴り落ちてきた。
「早く終わらせないと」
私は棚に置いてあった、ホコリを被った箱の蓋に手をかけた。
「次は、これか……」
ゆっくりと、蓋を開ける。
中には、何冊かの古いアルバムと、黄ばんだ封筒。
そして――
一枚の、古い白黒写真が入っていた。



