あの日、青い瞳の君に恋をした 前編:君と生きた日々

翌朝。

「おはよ」

家を出ると、いつもの場所に蒼が立っていた。

「おはよ」

「遅い」

蒼は朝から不機嫌そうな顔をしている。

「まだ間に合うじゃん」

「昨日もそれ言っとった」

「間に合ったでしょ?」

「走ったけどな」

「結果オーライ」

「俺まで巻き込むなよ」

まだムスッとした表情の蒼。

「幼馴染なんだからいいじゃん」

蒼の肩をパシッと叩く。

「便利な時だけ幼馴染使うな」

叩かれた肩をさすりながら、蒼が文句を言う。

私はそんな言葉を、笑って誤魔化した。

「はぁ……」

蒼は呆れたようにため息をついて、それから柔らかく笑った。

その笑顔を見た瞬間。

なぜか少しだけ、恥ずかしくなった。

……絶対、昨日みんなに茶化されたせいだ。

私は少し赤くなった頬を隠すように、蒼から顔を逸らした。

いつもの道を、二人で並んで歩く。

話していることなんて、本当にくだらない。

昨日見た動画とか。

次に出るゲームとか。

今日の授業がだるいとか。

何年、こうして一緒に学校へ行っているんだろう。

小学生の頃は、ランドセルを背負って。

中学生になったら、同じ制服を着て。

そして今は、同じ高校へ通っている。

「今日、帰りどうする?」

蒼が何気なく聞いてきた。

「部活は?」

「久々に莉愛とデートしてやろうと思って」

偉そうな蒼の態度に、少し苛立つ。

「別に、お願いしてないんですが」

冷たく返す。

「照れんなって」

「照れてない」

しつこく言ってくる蒼を、華麗にかわす。

たまに放課後も一緒に帰るけれど、蒼との〝デート〟なんて、たかが知れている。

ゲーセンに寄るか。

どっちかの家でゲームをして騒ぐか。

昔から、そんなものだ。

「まあ今日は、みんなとどっか寄ってくかも」

「ふーん」

蒼が分かりやすく不満そうな顔をする。

「また連絡するって」

「そうやって、いつも連絡よこさないのはどこの誰なんだか」

そう言って、蒼が私のおでこを弾いた。

「いった!何すんの!」

「日頃の恨み〜」

「子どもか!」

蒼は私の顔を覗き込み、そのまま変顔をしてくる。

腹は立つけれど、いつものことなので無視した。

「……あ」

突然、蒼が私の隣に並び直した。

前髪を整えて、制服の襟まで直している。

「何してんの?」

私の質問には答えず、なぜかキメ顔まで作り始めた。

何やってんだか……

そう思っていると、前から違う学校の女の子が歩いてきた。

蒼を見つけた途端、その子の表情がぱっと明るくなる。

「水瀬くん、おはよう!」

「おはよ」

……声、低っ。

さっきまで変顔してたくせに。

急にイケメンぶる蒼に、私は思わず顔をしかめた。

「何それ……」

女の子とすれ違ってから横を見る。

まだキメ顔を保っている。

「はぁ……」

我が幼馴染ながら、見ているこっちが恥ずかしい。

すると蒼が、得意げにこちらを向いた。

「今のいい感じだった?」

「キモい」

「き、キモいは酷くない!?」

「あの子、蒼のこと好きなんだね」

面倒くさくなって、話題を変える。

「よかったね〜」

そう言って先に歩き出した、その時。

ぎゅっと腕を掴まれた。

「ん?」

振り返る。

蒼が、何か言いたそうな顔で私を見ていた。

「どうしたの?」

「…………」

「蒼?」

少しの間、黙っていた蒼は、

「……もういい」

「何が?」

「もういいもん!」

子どもみたいにそう言って、私の腕を離した。

そのまま、ずんずん先へ行ってしまう。

「ちょっ、待ってよ!」

「遅刻するぞー」

蒼の背中を追いかける。

これが、私たちの朝だった。

特別なことなんて、何もない。

明日も蒼とこの道を歩いて。

学校へ行けば、いつもの友だちがいて。

くだらないことで笑って。

誰かが困っていたら、手を伸ばす。

そんな毎日が、ずっと続く。

私は本気で、そう思っていた。

困っている人がいたら、助ければいい。

手を伸ばせばいい。

そんなことは、当たり前だと思っていた。

――この時までは。

私はまだ知らなかった。

伸ばした手が、届かないこともあることを。

そして――

どうしても、この手だけは離したくない。

いつか、そう願う人に出会うことも。