「……ごめん」
不意に、近くから小さな声が聞こえた。
見ると、一人の女子が床にしゃがみ込んでいた。
この子は、小川さんだっけ?
クラスメイトだけど、あまり話したことがない。
足元に、落とした教科書やノートが散らばっている。
その横を、何人かの女子が通り過ぎていく。
「またやってる」
「ほんとドジだよね」
わざわざ聞こえるように、悪口を言っていく。
それでも、小川さんは何も言わず、俯いたままノートを拾っていた。
その表情は、暗く沈んでいるように見えた。
私は、小川さんのことをよく知らない。
だけど、あんなあからさまに嫌がらせをするなんて許せない。
「…………」
私は席を立つ。
「大丈夫?」
一緒にしゃがんで、床に落ちた教科書やノートを拾った。
「え……」
驚いたように、小川さんが顔を上げる。
なぜか、信じられないと言った様子で私をみている。
「これ、数学?」
「あ……うん」
「次、数学だっけ?」
「そう……」
「やば。宿題やってない」
「え?」
「見せてくれない?」
手を合わせて、頼み込む。
小川さんは一瞬きょとんとしたあと、小さく笑った。
「いいけど……」
「やった」
最後のノートを拾って渡す。
「はい」
「……ありがとう」
「ううん。こっちこそありがと」
そのままノートを借りて、自分の席へ戻ろうとした時だった。
「ねぇ、莉愛ちゃん」
「ん?」
さっき通り過ぎていった女子の一人が、私のところへやってきた。
「小川さんと、仲良かったっけ?」
「別に普通だけど?」
私は、その質問の意図がなんとなくわかっていた。
「ふーん……」
その子が、ちらっと後ろを見る。
「でも小川さんって、ちょっと変じゃない?」
「そう?」
「なんか暗いし、喋っててもつまんないっていうか……。みんなも苦手って言ってるよ」
「そうかな?」
「莉愛ちゃんもそう思わない?」
私に話しかけてきた子は、小川さんのことを、馬鹿にするように言った。
でも、私はそんなことどうでもよかった。
「私はそんなふうに思わないけど?」
「え……」
「普通にいい子じゃない?」
「でも――」
これ以上、人の悪口に付き合うのはめんどくさい。
私は、このように話しかけられることも多いが、全く興味がない。
ろくに関わったことのない相手を悪く言うことができるのが、不思議でたまらない。
「あ、やば!」
時計を見る。
「私、数学の宿題やんなきゃ!」
「え?」
「次の授業までに終わらせないと怒られる!」
さっさと、話を切り替え、急いで席に戻り、借りたノートを開く。
「うわ、結構あるじゃん……」
なんで昨日やらなかったんだろ。
必死になってノートを写していると、隣から小さな声がした。
「……莉愛ちゃん」
「ん?」
顔を上げる。
そこには小川さんが、少し困ったような顔で立っていた。
「……ありがとう」
「え?」
「さっき……」
「ああ」
私は再びノートに目を落とす。
「なんで?」
「え……」
「私、普通のこと言っただけだよ?」
「でも……みんな、私のこと――」
その言葉に、ペンを止める。
「みんながどう思ってるかは知らないけど」
顔を上げる。
「私はそう思わないよ」
「…………」
「それに今、ノート見せてもらってるし」
借りているノートを持ち上げる。
「むしろ、こっちがありがとうなんだけど」
「…………」
その子が、ほんの少し笑った。
「……うん」
「あとさ」
「え?」
「ここ、字ちっちゃすぎて読めない」
「えっ」
「これ何て書いてある?」
「そこは……」
小川さんが、私の隣にしゃがむ。
「ここがこうなって――」
「待って待って。全然分かんない」
「えっとね……」
いつの間にか、私に数学を教えてくれていた。
「なるほど!」
「分かった?」
「全然」
「えっ」
「もう一回お願い」
今度は、小川さんが声を出して笑った。
こんなに笑っているのは、初めてみたかもしれない。
同じクラスメイトなのに。
なんだか、勿体無いと感じた。
そんなことを考えていると、
「莉愛、数学やばすぎ!」
少し離れたところから美月と結衣の笑い声が聞こえてきた。
「うるさい!今教えてもらってるの!」
教室に、笑い声が広がった。
私は別に、小川さんを助けたつもりなんてなかった。
困っていたから、一緒にノートを拾った。
悪口に同意できなかったから、そう言った。
ただ、それだけ。
困っている人がいたら、普通、助けない?
この時の私は、本気でそう思っていた。
不意に、近くから小さな声が聞こえた。
見ると、一人の女子が床にしゃがみ込んでいた。
この子は、小川さんだっけ?
クラスメイトだけど、あまり話したことがない。
足元に、落とした教科書やノートが散らばっている。
その横を、何人かの女子が通り過ぎていく。
「またやってる」
「ほんとドジだよね」
わざわざ聞こえるように、悪口を言っていく。
それでも、小川さんは何も言わず、俯いたままノートを拾っていた。
その表情は、暗く沈んでいるように見えた。
私は、小川さんのことをよく知らない。
だけど、あんなあからさまに嫌がらせをするなんて許せない。
「…………」
私は席を立つ。
「大丈夫?」
一緒にしゃがんで、床に落ちた教科書やノートを拾った。
「え……」
驚いたように、小川さんが顔を上げる。
なぜか、信じられないと言った様子で私をみている。
「これ、数学?」
「あ……うん」
「次、数学だっけ?」
「そう……」
「やば。宿題やってない」
「え?」
「見せてくれない?」
手を合わせて、頼み込む。
小川さんは一瞬きょとんとしたあと、小さく笑った。
「いいけど……」
「やった」
最後のノートを拾って渡す。
「はい」
「……ありがとう」
「ううん。こっちこそありがと」
そのままノートを借りて、自分の席へ戻ろうとした時だった。
「ねぇ、莉愛ちゃん」
「ん?」
さっき通り過ぎていった女子の一人が、私のところへやってきた。
「小川さんと、仲良かったっけ?」
「別に普通だけど?」
私は、その質問の意図がなんとなくわかっていた。
「ふーん……」
その子が、ちらっと後ろを見る。
「でも小川さんって、ちょっと変じゃない?」
「そう?」
「なんか暗いし、喋っててもつまんないっていうか……。みんなも苦手って言ってるよ」
「そうかな?」
「莉愛ちゃんもそう思わない?」
私に話しかけてきた子は、小川さんのことを、馬鹿にするように言った。
でも、私はそんなことどうでもよかった。
「私はそんなふうに思わないけど?」
「え……」
「普通にいい子じゃない?」
「でも――」
これ以上、人の悪口に付き合うのはめんどくさい。
私は、このように話しかけられることも多いが、全く興味がない。
ろくに関わったことのない相手を悪く言うことができるのが、不思議でたまらない。
「あ、やば!」
時計を見る。
「私、数学の宿題やんなきゃ!」
「え?」
「次の授業までに終わらせないと怒られる!」
さっさと、話を切り替え、急いで席に戻り、借りたノートを開く。
「うわ、結構あるじゃん……」
なんで昨日やらなかったんだろ。
必死になってノートを写していると、隣から小さな声がした。
「……莉愛ちゃん」
「ん?」
顔を上げる。
そこには小川さんが、少し困ったような顔で立っていた。
「……ありがとう」
「え?」
「さっき……」
「ああ」
私は再びノートに目を落とす。
「なんで?」
「え……」
「私、普通のこと言っただけだよ?」
「でも……みんな、私のこと――」
その言葉に、ペンを止める。
「みんながどう思ってるかは知らないけど」
顔を上げる。
「私はそう思わないよ」
「…………」
「それに今、ノート見せてもらってるし」
借りているノートを持ち上げる。
「むしろ、こっちがありがとうなんだけど」
「…………」
その子が、ほんの少し笑った。
「……うん」
「あとさ」
「え?」
「ここ、字ちっちゃすぎて読めない」
「えっ」
「これ何て書いてある?」
「そこは……」
小川さんが、私の隣にしゃがむ。
「ここがこうなって――」
「待って待って。全然分かんない」
「えっとね……」
いつの間にか、私に数学を教えてくれていた。
「なるほど!」
「分かった?」
「全然」
「えっ」
「もう一回お願い」
今度は、小川さんが声を出して笑った。
こんなに笑っているのは、初めてみたかもしれない。
同じクラスメイトなのに。
なんだか、勿体無いと感じた。
そんなことを考えていると、
「莉愛、数学やばすぎ!」
少し離れたところから美月と結衣の笑い声が聞こえてきた。
「うるさい!今教えてもらってるの!」
教室に、笑い声が広がった。
私は別に、小川さんを助けたつもりなんてなかった。
困っていたから、一緒にノートを拾った。
悪口に同意できなかったから、そう言った。
ただ、それだけ。
困っている人がいたら、普通、助けない?
この時の私は、本気でそう思っていた。



