アスファルトから立ち上る陽炎と、耳を刺すような蝉時雨。
9年前のあの夏、俺の''当たり前''は音を立てて崩れ去った。
「幸平、あのね……私、引っ越すことになったの」
近所の公園、夕道に照らされたジャングルジムのてっぺんで、瑠華がぽつりと告げた言葉。
その意味を理解した瞬間、全身の血がスーッと引いていく感覚がした。
共働きの両親はいつも忙しく、誰もいない暗い家に帰るのが当たり前だった俺にとって、隣の家に住む瑠華は単なる''幼なじみ''ではなかった。
学校が終われば当たり前のように一緒に過ごし、くだらないことで笑い合い、寂しい夜を埋めてくれる存在。
俺の心の平穏は、すべて瑠華という存在の上に成り立っていたのだ。
「なんで……? なんで行っちゃうんだよ…っ!」
「お父さんのお仕事だから、仕方ないの……ごめんね、幸平」
申し訳なさそうに眉を寄せる瑠華の前で、俺は必死に涙を堪えた。
引き止めたい。
行かないでと泣き叫びたい。
けれど、子供の俺たちに大人の事情を覆す力なんてあるはずもなかった。
引っ越しの前夜、二人で交換したあの小さな星のガラスキーホルダー。
『大人になっても、俺の一番は瑠華だから。ずっと待ってる』
瑠華の手を握り締めながら口にしたあの言葉に、嘘偽りなんて一つもなかった。
瑠華だって「私も待ってる」と、涙を浮かべて頷いてくれた。
けれど、本当の地獄は、瑠華を乗せた車が去ったその夜から始まった。



