帝都にあるフォルテリア侯爵家の別邸へと帰宅したリュミリアを、家族たちは総出で迎えた。両親と2人の妹たちが、何か問たげな目で彼女を見つめる。リュミリアは家長である父、エリオスを見つめ返した。見合うこと、しばし。先に根を上げ、口を開いたのはエリオスだった。
「……皇太子殿下から早馬があった。リュミリア、お前を婚約者にしたいと……」
「……えぇ。……どうやら前回、皇城であったパーティの時に、見初めて頂いたようで」
ルミナリアはライアンと打ち合わせておいた説明を父に告げた。
「……そうか」
エリオスは難しい顔をしたものの、皇太子からの早馬まで来たのだ、拒否は出来ない。それでも娘が心配なのだろう。
「嫌なら断ってもいいんだぞ?」
「お父様」
相変わらず優しい父にリュミリアは思わず笑った。と同時に、そんな父を含めた家族を騙すことに罪悪感を覚える。
(この密命を終えたら、絶対、家のためになる結婚相手を殿下に探してもらいますから!)
「皇太子殿下のご意向ですもの。断れるわけがありませんわ」
「……そうだな」
エリオスは苦々しく頷いた。そんな父を安心させるようにリュミリアは微笑んだ。
(お父様を……家族を巻き込まなくて、良かった)
「大丈夫ですわ、お父様。……私、上手くやってみせます」
「お前が、そう言うのならそうなのだろう。だが、何かあれば直ぐ相談しなさい」
前世のリュミリアは生まれた時からルシアだった。だから両親に愛され、家臣に愛され、民に愛されても満足できなかった。ただルシアンの前世の愛とライラの前世への復讐だけを追い求めた。
けれどリュミリアは違う。愛してくれる家族を、彼女もまた愛していた。
「リュミリア、これは早馬が持ってきた皇太子殿下からお前への手紙だ」
「ありがとうございます、お父様。早速、部屋で読みますわ。お母様、ラリューヌ、エトワール、詳しい、お話は、また後日いたしましょう」
「えぇ、そうね。それでは明日の午後、一緒にお茶でも、どうかしら?」
「明日の午後なら予定もありませんし、大丈夫ですわ。皆でお茶が出来るのを楽しみにしておりますわ」
まだ何か言いたげな妹たちにも微笑んで、リュミリアは自室へと下がった。
————
自室に戻ると、リュミリアはさっさと机に向かった。艶やかな高級と分かる紙に紫の封蝋がされた手紙をリュミリアを躊躇いなく開ける。
(本当は開けたくなんてないけれど。どうせ面倒なことしか書いてないでしょうし)
かと言って読まないわけにもいかないだろう。ならば後回しにするほど、嫌な気持ちが積もるだけだ。リュミリアら溜め息を押し殺して中の文に目を通した。
『やぁ、リュミリア嬢、ご機嫌いかがかな?早速だが、次の光の日にあるソレイユ侯爵令嬢の成人を祝う夜会に供に出て欲しいと思っている。良い返事を期待しているよ』
(……最初の夜会がソレイユ侯爵家なんて、当てつけかしら?)
リュミリアの前世の故国ソレイユ光国はノクティス帝国に取り込まれ、今は侯爵家となっていた。そんな家を最初に出してきたのが嫌がらせのように思える。
(それにしてもソレイユ侯爵家ね……何人かのご令息と、お体の弱いご令嬢がいるのだったかしら?)
ご令息の方はリュミリアも社交の際に見かけたことがある。けれど、ご令嬢の方はお茶会でも会ったことがない。
(どんな方かしら……)
まだ見ぬソレイユ侯爵令嬢に思いを馳せながら、リュミリアはライアンに了承の返事を書いた。
————
ソレイユ侯爵家の夜会は、想像していたよりも、ずっと華やかだった。名門侯爵家らしい、広い庭園を備えた屋敷には多くの貴族が集まっている。
その場にリュミリアとライアンが入場すると、途端に多くの視線が集まった。
「まぁ、あの方が皇太子殿下の……?」
「フォルテリア侯爵令嬢ですって」
「南都の結界を守る家の……」
ひそひそと交わされる声。
けれど、そんなものは気にしない。
今のリュミリアにとって重要なのは、ライラの手掛かりだった。
リュミリアは笑顔を貼り付けながら会場全体を探る。
そして、会場の奥……同じように貼り付けたような笑みを浮かべる一人の令嬢を見つけた。
黒い髪に黒い瞳。
彼女の成人の祝いということもあって、周囲の人々は、こぞって彼女に話しかけていた。
(……あの方が、ソレイユ侯爵令嬢のノワール様)
リュミリアは事前に調べておいた名を思い浮かべつつ、彼女を見つめる。正確には、彼女の魔力を。
(闇属性……ソレイユ侯爵家では、さぞ扱いが悪いでしょうね……)
リュミリアは彼女が社交界に出ない理由を察した。ソレイユ侯爵領では、未だに闇属性への忌避が強いのだろう。きっと彼女は隠すように育てられたのだ。
(まるでライラみたいに……)
「君も、ご令嬢たちと話したいことがあるんじゃないかい、リュミリア」
「えぇ、そうですわね。少しお側を離れますわ、殿下」
同じことを考えたのだろう。ライアンの言葉に、リュミリアは微笑んで頷き、バルコニーへと隠れるように去ったノワールを追った。
「ごきげんよう」
「……ごきげんよう」
黒い瞳が、少し驚いたようにリュミリアを見た。
「ソレイユ侯爵家のノワール様、ですわよね?」
「えぇ」
「私、フォルテリア侯爵家のリュミリアと申します。少しお話しませんか?」
「私とですか?」
「ええ」
ノワールが少し首を傾げる。温度を感じない、全てを諦めたような瞳に見つめられて、リュミリアは前世の罪を突きつけているように感じた。
(……でも、彼女は、ライラではない)
彼女から、ライラの気配が感じられないことに少しホッとした。
「お話したいのは山々ですが、今は少し間が悪いかと……」
「どういう……?」
カキンと、何かが、ぶつかり合う音がした。
一瞬遅れて、それが突然背を向けたノワールの手の中の短刀と、黒装束の人物の短刀が切り結ぶ音だと、リュミリアは気づいた。
(なに……?)
それほど広くないバルコニーで、打ち合いが始まる。それをリュミリアは見守るしか出来ない。
普通の令嬢とは思えない動きでノワールは黒装束と渡り合っていた。けれど身軽な黒装束の人物とドレスを着たノワール……黒装束の短刀がノワールの胸元に傷をつける。
(ダメ!)
膝をついたノワールに、ようやくリュミリアは動けた。黒装束の短刀に向かって光属性の魔弾を撃ちつける。カキンと短刀が飛んでいった。
チッと舌打ちする音がバルコニーに響いて、黒装束がリュミリアを見た。その視線に負けじとリュミリアは睨み返し、威嚇するように、いくつもの魔弾を周囲に浮かべた。
もう一度舌打ちして、黒装束の人物はヒラリとバルコニーから去っていく。それを見送ってからリュミリアはノワールに駆け寄った。
「ノワール様、お怪我は大丈夫ですか?!」
怪我した胸元あたりを光を生み出し、確認する。幸いにも傷は深くない。
けれど、別の事実にリュミリアは、気づいてしまった。
「……ノワール様……その、貴方……男性、ですの……?」
傷ついた胸元は、女性らしい膨らみはなくガッシリとしていた。
「……皇太子殿下から早馬があった。リュミリア、お前を婚約者にしたいと……」
「……えぇ。……どうやら前回、皇城であったパーティの時に、見初めて頂いたようで」
ルミナリアはライアンと打ち合わせておいた説明を父に告げた。
「……そうか」
エリオスは難しい顔をしたものの、皇太子からの早馬まで来たのだ、拒否は出来ない。それでも娘が心配なのだろう。
「嫌なら断ってもいいんだぞ?」
「お父様」
相変わらず優しい父にリュミリアは思わず笑った。と同時に、そんな父を含めた家族を騙すことに罪悪感を覚える。
(この密命を終えたら、絶対、家のためになる結婚相手を殿下に探してもらいますから!)
「皇太子殿下のご意向ですもの。断れるわけがありませんわ」
「……そうだな」
エリオスは苦々しく頷いた。そんな父を安心させるようにリュミリアは微笑んだ。
(お父様を……家族を巻き込まなくて、良かった)
「大丈夫ですわ、お父様。……私、上手くやってみせます」
「お前が、そう言うのならそうなのだろう。だが、何かあれば直ぐ相談しなさい」
前世のリュミリアは生まれた時からルシアだった。だから両親に愛され、家臣に愛され、民に愛されても満足できなかった。ただルシアンの前世の愛とライラの前世への復讐だけを追い求めた。
けれどリュミリアは違う。愛してくれる家族を、彼女もまた愛していた。
「リュミリア、これは早馬が持ってきた皇太子殿下からお前への手紙だ」
「ありがとうございます、お父様。早速、部屋で読みますわ。お母様、ラリューヌ、エトワール、詳しい、お話は、また後日いたしましょう」
「えぇ、そうね。それでは明日の午後、一緒にお茶でも、どうかしら?」
「明日の午後なら予定もありませんし、大丈夫ですわ。皆でお茶が出来るのを楽しみにしておりますわ」
まだ何か言いたげな妹たちにも微笑んで、リュミリアは自室へと下がった。
————
自室に戻ると、リュミリアはさっさと机に向かった。艶やかな高級と分かる紙に紫の封蝋がされた手紙をリュミリアを躊躇いなく開ける。
(本当は開けたくなんてないけれど。どうせ面倒なことしか書いてないでしょうし)
かと言って読まないわけにもいかないだろう。ならば後回しにするほど、嫌な気持ちが積もるだけだ。リュミリアら溜め息を押し殺して中の文に目を通した。
『やぁ、リュミリア嬢、ご機嫌いかがかな?早速だが、次の光の日にあるソレイユ侯爵令嬢の成人を祝う夜会に供に出て欲しいと思っている。良い返事を期待しているよ』
(……最初の夜会がソレイユ侯爵家なんて、当てつけかしら?)
リュミリアの前世の故国ソレイユ光国はノクティス帝国に取り込まれ、今は侯爵家となっていた。そんな家を最初に出してきたのが嫌がらせのように思える。
(それにしてもソレイユ侯爵家ね……何人かのご令息と、お体の弱いご令嬢がいるのだったかしら?)
ご令息の方はリュミリアも社交の際に見かけたことがある。けれど、ご令嬢の方はお茶会でも会ったことがない。
(どんな方かしら……)
まだ見ぬソレイユ侯爵令嬢に思いを馳せながら、リュミリアはライアンに了承の返事を書いた。
————
ソレイユ侯爵家の夜会は、想像していたよりも、ずっと華やかだった。名門侯爵家らしい、広い庭園を備えた屋敷には多くの貴族が集まっている。
その場にリュミリアとライアンが入場すると、途端に多くの視線が集まった。
「まぁ、あの方が皇太子殿下の……?」
「フォルテリア侯爵令嬢ですって」
「南都の結界を守る家の……」
ひそひそと交わされる声。
けれど、そんなものは気にしない。
今のリュミリアにとって重要なのは、ライラの手掛かりだった。
リュミリアは笑顔を貼り付けながら会場全体を探る。
そして、会場の奥……同じように貼り付けたような笑みを浮かべる一人の令嬢を見つけた。
黒い髪に黒い瞳。
彼女の成人の祝いということもあって、周囲の人々は、こぞって彼女に話しかけていた。
(……あの方が、ソレイユ侯爵令嬢のノワール様)
リュミリアは事前に調べておいた名を思い浮かべつつ、彼女を見つめる。正確には、彼女の魔力を。
(闇属性……ソレイユ侯爵家では、さぞ扱いが悪いでしょうね……)
リュミリアは彼女が社交界に出ない理由を察した。ソレイユ侯爵領では、未だに闇属性への忌避が強いのだろう。きっと彼女は隠すように育てられたのだ。
(まるでライラみたいに……)
「君も、ご令嬢たちと話したいことがあるんじゃないかい、リュミリア」
「えぇ、そうですわね。少しお側を離れますわ、殿下」
同じことを考えたのだろう。ライアンの言葉に、リュミリアは微笑んで頷き、バルコニーへと隠れるように去ったノワールを追った。
「ごきげんよう」
「……ごきげんよう」
黒い瞳が、少し驚いたようにリュミリアを見た。
「ソレイユ侯爵家のノワール様、ですわよね?」
「えぇ」
「私、フォルテリア侯爵家のリュミリアと申します。少しお話しませんか?」
「私とですか?」
「ええ」
ノワールが少し首を傾げる。温度を感じない、全てを諦めたような瞳に見つめられて、リュミリアは前世の罪を突きつけているように感じた。
(……でも、彼女は、ライラではない)
彼女から、ライラの気配が感じられないことに少しホッとした。
「お話したいのは山々ですが、今は少し間が悪いかと……」
「どういう……?」
カキンと、何かが、ぶつかり合う音がした。
一瞬遅れて、それが突然背を向けたノワールの手の中の短刀と、黒装束の人物の短刀が切り結ぶ音だと、リュミリアは気づいた。
(なに……?)
それほど広くないバルコニーで、打ち合いが始まる。それをリュミリアは見守るしか出来ない。
普通の令嬢とは思えない動きでノワールは黒装束と渡り合っていた。けれど身軽な黒装束の人物とドレスを着たノワール……黒装束の短刀がノワールの胸元に傷をつける。
(ダメ!)
膝をついたノワールに、ようやくリュミリアは動けた。黒装束の短刀に向かって光属性の魔弾を撃ちつける。カキンと短刀が飛んでいった。
チッと舌打ちする音がバルコニーに響いて、黒装束がリュミリアを見た。その視線に負けじとリュミリアは睨み返し、威嚇するように、いくつもの魔弾を周囲に浮かべた。
もう一度舌打ちして、黒装束の人物はヒラリとバルコニーから去っていく。それを見送ってからリュミリアはノワールに駆け寄った。
「ノワール様、お怪我は大丈夫ですか?!」
怪我した胸元あたりを光を生み出し、確認する。幸いにも傷は深くない。
けれど、別の事実にリュミリアは、気づいてしまった。
「……ノワール様……その、貴方……男性、ですの……?」
傷ついた胸元は、女性らしい膨らみはなくガッシリとしていた。



