豪華で煌びやかな夜会ではなく、ライアン皇太子の自室で、静かにその婚約破棄は行われた。
「リュミリア・フォルテリア侯爵令嬢。これで君との婚約を解消する」
満足そうなライアンと、同じく満足そうにリュミリアは微笑んだ。
(やっと婚約破棄できたのね!)
正確には穏便な婚約解消ではあるのだが。リュミリアの中では、長らく破棄を望んでいた婚約なので、今日くらい婚約破棄と呼んで喜んでも良いだろうと思った。
柔らかなソファに、ゆったり凭れ掛かりたい気分になりながらリュミリアは、ここまでの長い道のりを思い出していた。
————
——魂とは何だろうか
自分へと射殺すような視線を向けるノクティス帝国の皇太子を見ながらリュミリアは思った。応接間で侍従も連れている彼の表情自体は、にこやかなものだ。けれど、その目に宿る憎悪を隠しきれていない。
(憎悪……なぜ? 私はライアン皇太子殿下と初めて会うのに?)
胸中で問いながらも、リュミリアは、その答えを知っていた。というより、先程、ライアン皇太子に出会った瞬間、思い出した。
——自分の前世、ルミナリアの記憶を
彼女はノクティス帝国がまだ王国だった頃、隣国ソレイユ光国で生まれた。光の聖女として崇められ、魔物に殺された哀れな女性だった……表向きは。……実際は、自分が愛した男の転生者に溺愛された異母妹を殺そうとして、囚われ、闇の中で孤独に死んでいったのだ。
(まぁ、ルミナリアが悪いわよね)
いくら愛する男性を手に入れるためとはいえ、隣国で魔物を作り出し、異母とはいえ妹を殺そうとする。まぁ、そこには、ルミナリアなりの事情はあったにせよ、リュミリアはルミナリアが悪かったと思う。
(けれど、それで私が憎悪されるのは、納得いかないわ)
だって前世がどうだろうと、リュミリアはリュミリアだ。彼女はノクティス帝国の南に位置するフォルテリア侯爵家の令嬢であり、ルミナリア本人ではないのだ。先程、思い出した記憶は、これから影響するかもしれないが、リュミリアには今まで歩いてきた人生がある。
「呼び出して済まないね、ルミナリア嬢」
「まぁ! ご挨拶が遅れて申し訳ありませんわ、ライアン皇太子殿下。私、フォルテリア家のリュミリアと申します」
ライアンが確認するようにルミナリアと呼んだことを無視して、リュミリアは自己紹介をする。その言葉に彼は視線をますます鋭くした。
「だが、君はルミナリアだ。俺が君を見間違えるとでも?」
(まぁ、私もライアン殿下も、ほぼ前世と同じ姿ですものね)
魂の成し得る技なのか、リュミリアもライアンも前世と、ほぼ同じ姿をしていた。リュミリアは、そっと唇に手を当てて誤魔化すか悩んで、——やめた。相手は、このノクティス帝国で2番目に高貴な……要するに権力のある男性だ。
(詳しく調べられたら、誤魔化し切れなくなるかもしれないわね)
ならば、さっさとルミナリアと彼女が別人格だと納得して貰う方がいいだろうと、リュミリアは口を開く。
「何を持って、私をルミナリアと呼ぶのですか?」
「どういう意味かな?」
「魂とは、何でしょうか? 同じ魂を持てば、同じ人格を持つのでしょうか?」
「それは……」
考えるような仕草をしたライアンに畳み掛ける。
「……察するに、ライアン殿下は前世の影響が色濃いようですわね。でも私は、たった今、前世の記憶を思い出しました。私はリュミリアですわ」
「……そんな言い訳が通じるとでも?」
冷たく睨む紫の瞳に、リュミリアは優雅に微笑む。こういう時は虚勢も必要だ。
「その言い訳を聞くために、私を呼び出したのだと思ったのですけれど?」
「なぜ、そう思ったのかな?」
「貴方の前世はルミナリアを躊躇いなく閉じ込め、殺したからですわ」
彼女の前世の記憶は告げる。ルシアンならば、ルミナリアに容赦するはずがないと。
(……そう、私がルミナリアと全く同じ確証があれば、彼も躊躇いなく私を殺すはず)
ライアンの溜め息が聞こえた。彼の目は未だ鋭いけれど、それでも先ほどよりはマシになっている気がした。
「ならば、証明してくれないか?」
「証明……ですか? ……どのようにして?」
「君には二つ、俺からの命令に従ってもらう」
(命令、ね)
皇太子からの命令だ。どうせリュミリアには断れない。
「ご命令を伺いますわ」
「ライラを探して欲しい」
(相変わらずライラにご執心なのね)
多少の呆れを含みながらリュミリアはライアンを見つめた。と同時に納得もした。皇太子が一人で、存在するかも分からないライラを探すのは大変だろう。その点、まだ令嬢であるリュミリアなら動きやすい。
(……ライラね。前世の私が酷く虐めてしまったみたいだし会って謝罪を、とは思うけれど。……でも、ライアン殿下に溺愛されるのが、本当に幸せなのかしら?)
次期皇帝で将来は有望だなのだろう。けれどリュミリアにとっては、突然呼び出し前世を理由に断罪し、前世の自分を殺した相手だ。
(……私なら、こんな男性、絶対に嫌だけれど。とはいえ、この場で逆らえはしないわね。……私がライラを見つければ、もし彼女が嫌がった時、見つかりませんでした、と逃がせるかもしれないもの)
彼は皇太子であり、リュミリアは所詮、侯爵令嬢なのだから逆らえはしない。それならば、少しでもリュミリアとライラに利がある選択肢を取ろうと、リュミリアは彼の一つ目の命令に頷いた。
「……御下命、承りましたわ。もう一つは?」
「俺と婚約してもらう」
「……は?」
(この男、何を言っているの? 先ほどライラを探すと言ったばかりではないの!)
リュミリアの思考はライアンに読まれてしまったのだろう。ライアンは鋭い視線のまま、笑みを深めて口を開いた。
「当然、君と結婚したいわけじゃない。知っての通り、俺はノクティス帝国の皇太子だ。最近、何かと婚約者をと、周りが騒がしくてね」
(なるほど、契約結婚ならぬ、契約婚約……。ライラが見つかったら用済みってことね。 それなら条件次第ではアリかしら。幸いにも私の婚約者は、まだ決まってないし)
この男との結婚なんて、絶対に嫌だが、身の潔白のための契約婚約くらいなら受け入れられる。とはいえ婚約解消となって名が落ちるのはライアンではなくリュミリアだ。
「……婚約解消後の私の縁談について、殿下がご配慮下さるのでしたら」
「もちろん、ライラを見つけて君の潔白が晴れたなら、協力は惜しまないよ」
「分かりました。ただし婚約者を決めるのは父ですので、そちらの根回しもお願いいたしますね」
ちゃっかりと、もう一つ条件をつけてリュミリアは微笑んだ。
「リュミリア・フォルテリア侯爵令嬢。これで君との婚約を解消する」
満足そうなライアンと、同じく満足そうにリュミリアは微笑んだ。
(やっと婚約破棄できたのね!)
正確には穏便な婚約解消ではあるのだが。リュミリアの中では、長らく破棄を望んでいた婚約なので、今日くらい婚約破棄と呼んで喜んでも良いだろうと思った。
柔らかなソファに、ゆったり凭れ掛かりたい気分になりながらリュミリアは、ここまでの長い道のりを思い出していた。
————
——魂とは何だろうか
自分へと射殺すような視線を向けるノクティス帝国の皇太子を見ながらリュミリアは思った。応接間で侍従も連れている彼の表情自体は、にこやかなものだ。けれど、その目に宿る憎悪を隠しきれていない。
(憎悪……なぜ? 私はライアン皇太子殿下と初めて会うのに?)
胸中で問いながらも、リュミリアは、その答えを知っていた。というより、先程、ライアン皇太子に出会った瞬間、思い出した。
——自分の前世、ルミナリアの記憶を
彼女はノクティス帝国がまだ王国だった頃、隣国ソレイユ光国で生まれた。光の聖女として崇められ、魔物に殺された哀れな女性だった……表向きは。……実際は、自分が愛した男の転生者に溺愛された異母妹を殺そうとして、囚われ、闇の中で孤独に死んでいったのだ。
(まぁ、ルミナリアが悪いわよね)
いくら愛する男性を手に入れるためとはいえ、隣国で魔物を作り出し、異母とはいえ妹を殺そうとする。まぁ、そこには、ルミナリアなりの事情はあったにせよ、リュミリアはルミナリアが悪かったと思う。
(けれど、それで私が憎悪されるのは、納得いかないわ)
だって前世がどうだろうと、リュミリアはリュミリアだ。彼女はノクティス帝国の南に位置するフォルテリア侯爵家の令嬢であり、ルミナリア本人ではないのだ。先程、思い出した記憶は、これから影響するかもしれないが、リュミリアには今まで歩いてきた人生がある。
「呼び出して済まないね、ルミナリア嬢」
「まぁ! ご挨拶が遅れて申し訳ありませんわ、ライアン皇太子殿下。私、フォルテリア家のリュミリアと申します」
ライアンが確認するようにルミナリアと呼んだことを無視して、リュミリアは自己紹介をする。その言葉に彼は視線をますます鋭くした。
「だが、君はルミナリアだ。俺が君を見間違えるとでも?」
(まぁ、私もライアン殿下も、ほぼ前世と同じ姿ですものね)
魂の成し得る技なのか、リュミリアもライアンも前世と、ほぼ同じ姿をしていた。リュミリアは、そっと唇に手を当てて誤魔化すか悩んで、——やめた。相手は、このノクティス帝国で2番目に高貴な……要するに権力のある男性だ。
(詳しく調べられたら、誤魔化し切れなくなるかもしれないわね)
ならば、さっさとルミナリアと彼女が別人格だと納得して貰う方がいいだろうと、リュミリアは口を開く。
「何を持って、私をルミナリアと呼ぶのですか?」
「どういう意味かな?」
「魂とは、何でしょうか? 同じ魂を持てば、同じ人格を持つのでしょうか?」
「それは……」
考えるような仕草をしたライアンに畳み掛ける。
「……察するに、ライアン殿下は前世の影響が色濃いようですわね。でも私は、たった今、前世の記憶を思い出しました。私はリュミリアですわ」
「……そんな言い訳が通じるとでも?」
冷たく睨む紫の瞳に、リュミリアは優雅に微笑む。こういう時は虚勢も必要だ。
「その言い訳を聞くために、私を呼び出したのだと思ったのですけれど?」
「なぜ、そう思ったのかな?」
「貴方の前世はルミナリアを躊躇いなく閉じ込め、殺したからですわ」
彼女の前世の記憶は告げる。ルシアンならば、ルミナリアに容赦するはずがないと。
(……そう、私がルミナリアと全く同じ確証があれば、彼も躊躇いなく私を殺すはず)
ライアンの溜め息が聞こえた。彼の目は未だ鋭いけれど、それでも先ほどよりはマシになっている気がした。
「ならば、証明してくれないか?」
「証明……ですか? ……どのようにして?」
「君には二つ、俺からの命令に従ってもらう」
(命令、ね)
皇太子からの命令だ。どうせリュミリアには断れない。
「ご命令を伺いますわ」
「ライラを探して欲しい」
(相変わらずライラにご執心なのね)
多少の呆れを含みながらリュミリアはライアンを見つめた。と同時に納得もした。皇太子が一人で、存在するかも分からないライラを探すのは大変だろう。その点、まだ令嬢であるリュミリアなら動きやすい。
(……ライラね。前世の私が酷く虐めてしまったみたいだし会って謝罪を、とは思うけれど。……でも、ライアン殿下に溺愛されるのが、本当に幸せなのかしら?)
次期皇帝で将来は有望だなのだろう。けれどリュミリアにとっては、突然呼び出し前世を理由に断罪し、前世の自分を殺した相手だ。
(……私なら、こんな男性、絶対に嫌だけれど。とはいえ、この場で逆らえはしないわね。……私がライラを見つければ、もし彼女が嫌がった時、見つかりませんでした、と逃がせるかもしれないもの)
彼は皇太子であり、リュミリアは所詮、侯爵令嬢なのだから逆らえはしない。それならば、少しでもリュミリアとライラに利がある選択肢を取ろうと、リュミリアは彼の一つ目の命令に頷いた。
「……御下命、承りましたわ。もう一つは?」
「俺と婚約してもらう」
「……は?」
(この男、何を言っているの? 先ほどライラを探すと言ったばかりではないの!)
リュミリアの思考はライアンに読まれてしまったのだろう。ライアンは鋭い視線のまま、笑みを深めて口を開いた。
「当然、君と結婚したいわけじゃない。知っての通り、俺はノクティス帝国の皇太子だ。最近、何かと婚約者をと、周りが騒がしくてね」
(なるほど、契約結婚ならぬ、契約婚約……。ライラが見つかったら用済みってことね。 それなら条件次第ではアリかしら。幸いにも私の婚約者は、まだ決まってないし)
この男との結婚なんて、絶対に嫌だが、身の潔白のための契約婚約くらいなら受け入れられる。とはいえ婚約解消となって名が落ちるのはライアンではなくリュミリアだ。
「……婚約解消後の私の縁談について、殿下がご配慮下さるのでしたら」
「もちろん、ライラを見つけて君の潔白が晴れたなら、協力は惜しまないよ」
「分かりました。ただし婚約者を決めるのは父ですので、そちらの根回しもお願いいたしますね」
ちゃっかりと、もう一つ条件をつけてリュミリアは微笑んだ。



