オフィーリア・ウェインライトは、ウェインライト伯爵家の長女である。
王立学園の入学式を迎えた今日、オフィーリアが身につけているのは若草色のドレスだった。スカートには小さな白い花の刺繍。王都で流行している最新型で、腰からふわりと広がる愛らしい形だ。
髪を緩やかに巻き、サイドの髪だけ結い上げて、白い小花を模した髪飾りが添えられた。専属侍女アンナがテキパキと支度を調える。
「最高に可愛いわ、リア」
満足そうに微笑んだのは、傍らで見ていた叔母のキャサリンだ。
オフィーリアの母は、彼女が幼い頃に亡くなっている。その母に代わってオフィーリアを可愛がってきたのが、父の妹であるキャサリンだった。
キャサリンは独身を通しているが、商才にかけては並ぶ者がなく、一代で王都随一といわれる大商会を築き上げた女傑でもある。
屋敷こそウェインライト伯爵邸の隣に構えているものの、ほとんど自分の屋敷に帰ることがない。そんなキャサリンは、オフィーリアにとって母親も同然だ。
新しいドレスが発表されればオフィーリアへ。珍しい宝石が手に入ればオフィーリアへ。可愛らしい髪飾りを見つければ、それもオフィーリアへ。おかげでオフィーリアの装いは、いつだって王都の最新流行だった。
もちろん、オフィーリアを可愛がっているのはキャサリンだけではない。部屋から出てきたオフィーリアに声をかけるのは過保護な父ウェインライト伯爵と兄ステファンだ。
「忘れ物はないな?」
「ええ、お父様」
「本当に大丈夫かい? 私も学園までついていこうか」
「もう、お兄様ったら」
溺愛するオフィーリアの学園初日とあって、ウェインライト伯爵もステファンも朝から落ち着かない。
みな、揃って玄関先まで見送りに出た。
そこへちょうど、ロズウェル侯爵家の紋章をつけた馬車が門をくぐってきた。停まった馬車から降りてきた婚約者を見つけて、オフィーリアの顔がぱっと輝く。
「アル!」
「おはよう、リア」
彼はアルフレッド・ロズウェル。
侯爵家の嫡男であり、家族同様、オフィーリアをリアと愛称で呼ぶ。
「迎えに来てくれたのね。嬉しい!」
「当たり前だよ。リアは僕がついていないとだめだろう? 毎日迎えにくるよ」
アルフレッドが差し出した手に、オフィーリアは嬉しそうに自分の手を重ねた。オフィーリアはアルフレッドが大好きだった。家同士が決めた婚約ではあったけれど、優しくて格好良くて、会うたびにオフィーリアを大切にしてくれる。
「さあ、行こう。初日から遅刻したら格好がつかない」
「ええ、そうね」
これから三年間、アルフレッドと一緒に学園へ通える。
それだけで、オフィーリアは楽しみだった。
王立学園に到着すると、オフィーリアはたちまち人目を引いた。
緩やかに波打つ艶やかな金髪に、エメラルドグリーンの大きな瞳。
長い睫毛に、薔薇色の頬。
愛らしいという言葉がよく似合う美少女だ。
しかも身につけているのは、王都でもまだほとんど見かけない最新のデザインだ。
「あの方、ウェインライト伯爵家のオフィーリア様ですって」
「まあ、可愛らしい!」
「ドレスも素敵だわ」
「お友達になれたら楽しそうね」
あちらこちらで好意的な会話がされていた。
入学式が終わる頃には、オフィーリアの周りには華やかな令嬢たちが集まっていた。明るく素直で、話しかければにこにこと笑う。そんなオフィーリアはすぐに級友たちとも打ち解け、教室では和やかな会話が続く。
やがて教師が入ってきて簡単な自己紹介を済ませた後、早速算術の授業が始まる。
「オフィーリア様、今のところ、わかりました?」
授業が終わった途端、隣の席にいたエミリー・ギルモア伯爵令嬢が心配そうに尋ねてきた。
「え?」
「少し難しかったでしょう? よかったら、もう一度説明しましょうか?」
オフィーリアが答えるより先に、アルフレッドがやってきた。
「大丈夫だよ。彼女には僕が教えるから」
「まあ、そうですよね。お二人は婚約者でしたわね」
エミリーは微笑ましそうに二人を見て、席を離れていった。
「オフィーリア。さっきの授業は、君にはかなり難しかったよね?」
「……?」
「やっぱりね。君みたいな子に、ああいう難しい計算がわかるとは思えないもの」
アルフレッドは当然のように算術の教科書を開いた。
「ほら、ここだよ。この式は先にこちらを計算するんだ。ちゃんと聞いて。僕が順番に説明してあげるから」
「ありがとう、アル」
「リアは難しいことまで無理にわかろうとしなくていいからね。だって君は勉強より、綺麗に着飾って可愛くしている方がずっと似合っているから。何でも聞いて。僕にわからないことなんてないから」
アルフレッドは得意げに胸を張った。
「まあ、アルはすごいのね。ありがとう!」
オフィーリアはにっこりと微笑んだ。
アルフレッドは密かに決意していた。
(これから三年間、自分が守ってやろう。こんなにも頼りないオフィーリアなのだから……)
その日のウェインライト伯爵家の夕食は、いつものように家族揃っての楽しい時間だった。
「リア。学園はどうだったかしら? お友達はできた?」
キャサリンに尋ねられ、オフィーリアは嬉しそうに頷いた。
「ええ。隣の席になった女の子がとても親切だったわ。算術の授業が終わったら、わからなかったところをもう一度説明してあげるって言ってくれたのよ」
「……わからなかったところ?」
「それで、アルも来てくれてね。教科書を開いて、その授業をもう一度説明してくれたわ。アルの説明、とってもわかりやすかったのよ」
嬉しそうに話すオフィーリアとは対照的に、食堂がしんと静まり返った。
やがて兄のステファンが、なんともいえない顔で口を開く。
「うーん……まあ、そうなるか。リアって、どう見ても勉強が得意そうには見えないからなぁ」
「私の娘は妖精のように愛らしすぎる。きっと浮世離れして見えるのだろうよ。確かに算術は苦手そうだ」
ウェインライト伯爵も悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「でもリア。周りがどう思っていても、遠慮することはなくってよ」
キャサリンはくすくすと楽しそうに笑う。
「遠慮?」
「ええ。あなたはあなたらしく、いつも通りになさいな」
「もちろんよ。だって、私は私ですもの」
キャサリンとステファン、ウェインライト伯爵は、意味ありげに顔を見合わせた。
王立学園の入学式を迎えた今日、オフィーリアが身につけているのは若草色のドレスだった。スカートには小さな白い花の刺繍。王都で流行している最新型で、腰からふわりと広がる愛らしい形だ。
髪を緩やかに巻き、サイドの髪だけ結い上げて、白い小花を模した髪飾りが添えられた。専属侍女アンナがテキパキと支度を調える。
「最高に可愛いわ、リア」
満足そうに微笑んだのは、傍らで見ていた叔母のキャサリンだ。
オフィーリアの母は、彼女が幼い頃に亡くなっている。その母に代わってオフィーリアを可愛がってきたのが、父の妹であるキャサリンだった。
キャサリンは独身を通しているが、商才にかけては並ぶ者がなく、一代で王都随一といわれる大商会を築き上げた女傑でもある。
屋敷こそウェインライト伯爵邸の隣に構えているものの、ほとんど自分の屋敷に帰ることがない。そんなキャサリンは、オフィーリアにとって母親も同然だ。
新しいドレスが発表されればオフィーリアへ。珍しい宝石が手に入ればオフィーリアへ。可愛らしい髪飾りを見つければ、それもオフィーリアへ。おかげでオフィーリアの装いは、いつだって王都の最新流行だった。
もちろん、オフィーリアを可愛がっているのはキャサリンだけではない。部屋から出てきたオフィーリアに声をかけるのは過保護な父ウェインライト伯爵と兄ステファンだ。
「忘れ物はないな?」
「ええ、お父様」
「本当に大丈夫かい? 私も学園までついていこうか」
「もう、お兄様ったら」
溺愛するオフィーリアの学園初日とあって、ウェインライト伯爵もステファンも朝から落ち着かない。
みな、揃って玄関先まで見送りに出た。
そこへちょうど、ロズウェル侯爵家の紋章をつけた馬車が門をくぐってきた。停まった馬車から降りてきた婚約者を見つけて、オフィーリアの顔がぱっと輝く。
「アル!」
「おはよう、リア」
彼はアルフレッド・ロズウェル。
侯爵家の嫡男であり、家族同様、オフィーリアをリアと愛称で呼ぶ。
「迎えに来てくれたのね。嬉しい!」
「当たり前だよ。リアは僕がついていないとだめだろう? 毎日迎えにくるよ」
アルフレッドが差し出した手に、オフィーリアは嬉しそうに自分の手を重ねた。オフィーリアはアルフレッドが大好きだった。家同士が決めた婚約ではあったけれど、優しくて格好良くて、会うたびにオフィーリアを大切にしてくれる。
「さあ、行こう。初日から遅刻したら格好がつかない」
「ええ、そうね」
これから三年間、アルフレッドと一緒に学園へ通える。
それだけで、オフィーリアは楽しみだった。
王立学園に到着すると、オフィーリアはたちまち人目を引いた。
緩やかに波打つ艶やかな金髪に、エメラルドグリーンの大きな瞳。
長い睫毛に、薔薇色の頬。
愛らしいという言葉がよく似合う美少女だ。
しかも身につけているのは、王都でもまだほとんど見かけない最新のデザインだ。
「あの方、ウェインライト伯爵家のオフィーリア様ですって」
「まあ、可愛らしい!」
「ドレスも素敵だわ」
「お友達になれたら楽しそうね」
あちらこちらで好意的な会話がされていた。
入学式が終わる頃には、オフィーリアの周りには華やかな令嬢たちが集まっていた。明るく素直で、話しかければにこにこと笑う。そんなオフィーリアはすぐに級友たちとも打ち解け、教室では和やかな会話が続く。
やがて教師が入ってきて簡単な自己紹介を済ませた後、早速算術の授業が始まる。
「オフィーリア様、今のところ、わかりました?」
授業が終わった途端、隣の席にいたエミリー・ギルモア伯爵令嬢が心配そうに尋ねてきた。
「え?」
「少し難しかったでしょう? よかったら、もう一度説明しましょうか?」
オフィーリアが答えるより先に、アルフレッドがやってきた。
「大丈夫だよ。彼女には僕が教えるから」
「まあ、そうですよね。お二人は婚約者でしたわね」
エミリーは微笑ましそうに二人を見て、席を離れていった。
「オフィーリア。さっきの授業は、君にはかなり難しかったよね?」
「……?」
「やっぱりね。君みたいな子に、ああいう難しい計算がわかるとは思えないもの」
アルフレッドは当然のように算術の教科書を開いた。
「ほら、ここだよ。この式は先にこちらを計算するんだ。ちゃんと聞いて。僕が順番に説明してあげるから」
「ありがとう、アル」
「リアは難しいことまで無理にわかろうとしなくていいからね。だって君は勉強より、綺麗に着飾って可愛くしている方がずっと似合っているから。何でも聞いて。僕にわからないことなんてないから」
アルフレッドは得意げに胸を張った。
「まあ、アルはすごいのね。ありがとう!」
オフィーリアはにっこりと微笑んだ。
アルフレッドは密かに決意していた。
(これから三年間、自分が守ってやろう。こんなにも頼りないオフィーリアなのだから……)
その日のウェインライト伯爵家の夕食は、いつものように家族揃っての楽しい時間だった。
「リア。学園はどうだったかしら? お友達はできた?」
キャサリンに尋ねられ、オフィーリアは嬉しそうに頷いた。
「ええ。隣の席になった女の子がとても親切だったわ。算術の授業が終わったら、わからなかったところをもう一度説明してあげるって言ってくれたのよ」
「……わからなかったところ?」
「それで、アルも来てくれてね。教科書を開いて、その授業をもう一度説明してくれたわ。アルの説明、とってもわかりやすかったのよ」
嬉しそうに話すオフィーリアとは対照的に、食堂がしんと静まり返った。
やがて兄のステファンが、なんともいえない顔で口を開く。
「うーん……まあ、そうなるか。リアって、どう見ても勉強が得意そうには見えないからなぁ」
「私の娘は妖精のように愛らしすぎる。きっと浮世離れして見えるのだろうよ。確かに算術は苦手そうだ」
ウェインライト伯爵も悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「でもリア。周りがどう思っていても、遠慮することはなくってよ」
キャサリンはくすくすと楽しそうに笑う。
「遠慮?」
「ええ。あなたはあなたらしく、いつも通りになさいな」
「もちろんよ。だって、私は私ですもの」
キャサリンとステファン、ウェインライト伯爵は、意味ありげに顔を見合わせた。


