放課後、毒キノコに恋をする

 その日から、私は意識的に颯真を避けるようになった。
 朝の挨拶には最低限しか応じず、休み時間は美月と一緒にいる時間を増やし、放課後の作業も、なるべく他のクラスメイトと一緒に行動するようにした。露骨だとわかっていたけれど、そうでもしなければ、自分の中で膨らみ続ける感情に押しつぶされてしまいそうだった。
 颯真は最初、いつもの調子で話しかけてきていた。けれど、私の反応が明らかに素っ気ないことに気づくと、次第に戸惑いを見せるようになった。
「穂乃果、最近そっけなくない?」
「そんなことないです」
「絶対ある。目、合わせてくれないし」
「気のせいです」
「気のせいじゃないでしょ」
 颯真の声には、いつもの余裕が薄れていた。教室でのやり取りは短くなり、私は用事があるふりをして早々に切り上げることを繰り返した。
           ☆
 そんな日が数日続いたある放課後、文化祭の準備で使う道具を片付けている最中、とうとう颯真に呼び止められた。
「穂乃果」
「なんですか」
「なんで避けるの?」
 真正面から尋ねられて、私は言葉に詰まった。
「避けてない」
「避けてる」
「避けてないです」
「じゃあ、なんでこの一週間、まともに話してくれないの」
 颯真の口調には、いつもの軽い調子はなく、はっきりとした苛立ちが滲んでいた。それを向けられたことが、私には少し意外だった。彼がこんな風に、感情を隠さずぶつけてくるところを見たことがなかったから。
 教室には、私たち二人以外にほとんど人がいなかった。文化祭の準備で残っている生徒も、廊下や別の場所に散らばっていて、この空間だけが妙に静かだった。
「一ノ瀬くんは誰にでも優しいから、私が勘違いしそうになる」
 気づけば、そう口にしていた。自分でも制御できないまま、言葉が溢れ出た。
 颯真は少し驚いたような顔をした。
「勘違いって?」
 その問いに、私は答えられなかった。答えれば、それは自分の感情を認めることになる。認めてしまえば、もう後戻りできなくなる気がした。
「……なんでもないです」
 私はそれだけ言うと、颯真の返事を待たずに教室を飛び出した。廊下を早足で歩きながら、後ろから追いかけてくる気配がないことに、安堵と、それから小さな失望を同時に感じている自分がいた。

 その日の放課後、誰もいなくなった教室で、私は一人、机に座ったまま動けずにいた。
 窓の外は、いつものように夕方の光に染まっていた。オレンジ色の陽射しが、机の上に長い影を作っている。埃っぽい空気の中で、その光の筋だけが妙に鮮明に見えた。
 私は、自分の中にある感情と、初めて正面から向き合おうとしていた。
 颯真と話せないと、寂しい。
 彼が他の女子と話しているのを見ると、胸の奥がざわつく。
 メッセージが届くのを、いつの間にか待つようになっている。
 そして――あの笑顔を見ると、理由もなく嬉しくなる。
 一つひとつ思い浮かべるたびに、否定しようのない結論が、私の中でゆっくりと形を成していった。
 ――私は、颯真のことが好きだ。
 それを認めた瞬間、体の力が抜けていくような感覚があった。
 あれほど注意深く距離を保ってきたはずなのに。恋愛トラブルには近づかないと、あれほど自分に言い聞かせてきたはずなのに。よりによって、学年で一番危険な相手を好きになってしまった。
 美月の忠告も、瑠璃子の忠告も、拓翔の指摘も、すべて正しかった。彼は毒キノコだ。綺麗で、人を引き寄せて、近づけば必ず傷つく。それをわかっていながら、私は結局、自分から手を伸ばしてしまったのだ。
「……最悪」
 誰もいない教室に、声が小さく響いた。
「私、毒キノコに恋してる」
 認めてしまえば、もう誤魔化せなかった。
 綺麗で、人を引き寄せて、近づけば危険。
 その分類は、何一つ間違っていない。
 それでも私は、もう目を逸らせなくなっていた。