ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの入り口に、巨大な地球儀がある。
かつては多くの来園者がその前で写真を撮り、待ち合わせをし、時には台座に手を触れた。
現在、その周囲にはロープが張られている。
地球儀に触れることは禁止されている。
文化財ではない。
危険だからでもない。
そこに残された、1つの指紋を保存するためである。
その指紋は、1万5000年前から人類に投げかけられてきた挑戦状だった。
最初の指紋が発見されたのは、現在のイスラエル周辺にあたる地域だった。
およそ1万5000年前。
農耕が人々の生活を支配するよりも前、ナトゥーフ文化と呼ばれる時代の遺跡から、多数の粘土製装飾品が発掘された。
その多くは小さなビーズだった。
形も大きさも不揃いで、丸いものもあれば、潰れたものもある。
手で粘土を丸めたのだから当然だった。
だが、その中に1つだけ奇妙なものがあった。
異様なほど滑らかだった。
一見すれば球体である。
しかし精密に測定すると、完全な球ではない。
わずかに歪んでいる。
乾燥による収縮か、長い年月による変形だろう。
当初、それ以上の関心を持つ者はいなかった。
注目されたのは、その表面に残された指紋だった。
粘土が柔らかいうちについたものらしく、隆線がはっきりと残されていた。
分析された隆線幅から推定された年齢は、およそ6歳。
人間の子供のものだった。
それ自体は、不思議なことではない。
子供が粘土に触れた。
ただ、それだけのことである。
奇妙なのは、同じ指紋が別の場所からも見つかったことだった。
年代も違う。
文化も違う。
大陸すら違う。
現在までに同一人物のものではないかと指摘された遺物は、5点確認されている。
1万5000年前のレバント地方の粘土製ビーズ。
古代メソポタミアで作られた粘土製の球状品。
地中海沿岸で発見された古代のガラス玉。
日本の古墳時代の遺跡から発掘された半球状の焼き物。
そして、中南米の遺跡から出土した円形の焼成品。
素材も用途も異なっていた。
ただし、いずれにも共通点があった。
同時代の類似品と比較して、異常なほど滑らかに成形されていたこと。
そして、6歳程度の子供のものと推定される指紋が残されていたこと。
指紋の特徴点は酷似していた。
だが、同一人物のものだとは認められなかった。
当然である。
最古と最新のものには、1万年以上の隔たりがある。
指紋そのものも、風化や摩耗、焼成、素材の変質によって歪んでいる。
特徴点が似ている。
だからといって、1万年以上生き続ける人間を仮定する理由にはならない。
似ているだけだ。
偶然だ。
あるいは、比較方法そのものに問題がある。
そうして5つの指紋は、それぞれ別々の研究資料の中に埋もれていった。
世界中の遺跡がすべて発掘されたわけではない。
発掘された遺物のすべてが詳細に調査されたわけでもない。
博物館の収蔵庫には、まだ分析されていない品々が眠っている。
地中には、それよりはるかに多くの人類の痕跡が眠っている。
6つ目が存在しないのか。
まだ発見されていないだけなのか。
それを気にする者も、やがていなくなった。
6つ目は、土の中にはなかった。
始まりは、故障だった。
ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの地球儀が、回転中、一定の位置で引っ掛かるようになった。
異音がする。
回転が一瞬止まり、再び動き出す。
施設側は駆動装置の不具合を疑った。
しかし、モーターにも軸にも異常はなかった。
問題があったのは、地球儀そのものだった。
歪んでいた。
原因を特定するため、地球儀の三次元形状測定が行われた。
レーザーによって表面形状が記録され、設計時のデータと比較された。
確かに変形している。
だが、その解析に参加していた1人の研究者が、奇妙なことに気づいた。
変形には規則性があった。
熱による膨張ではない。
自重による変形でもない。
衝撃を受けた形跡もない。
試しに、測地観測によって得られた地球の形状データと重ね合わせた。
結果を見た研究者は、測定をやり直した。
同じ結果が出た。
地球儀は歪んだのではなかった。
縮尺を除けば、地球の形に近づいていた。
誰かが、地球儀を修正していた。
事件として警察による調査が始まった。
表面から複数の指紋が採取された。
そのほとんどは施設関係者のものだった。
しかし、1つだけ該当者のいない指紋があった。
隆線幅から推定された年齢は、およそ6歳。
子供。
その事実が報道されると、奇妙なニュースとして世界中へ広がった。
そして、そのニュースを見ていた1人の考古学者が、画面を止めた。
彼は過去の論文を探した。
最初は1件。
次に2件。
やがて5件すべての資料を集めた。
USJから採取された指紋は新しい。
風化していない。
摩耗していない。
現代の技術によって鮮明に記録された、6歳程度の子供の指紋。
それを基準に、過去の五つの指紋が再解析された。
結果は、それまでの常識を否定した。
同一人物。
少なくとも、現在の指紋鑑定技術はそう結論した。
1万5000年前の粘土に触れた子供と、数日前、大阪の巨大な地球儀に触れた子供。
同じ指だった。
世界中の研究機関が5つの遺物を再調査した。
そこで、もう1つの共通点が発見された。
形だった。
5つの遺物は、どれも異常なほど滑らかだった。
しかし、完全な球や円ではない。
これまで、それは製造時の誤差だと考えられていた。
違った。
1万5000年前の粘土製ビーズの歪みを、その時代の地球の推定形状と比較した。
一致した。
別の時代の球状品も調べた。
一致した。
半球状の器は、地球の曲面の一部に対応した。
円形品もまた、地球の特定の断面と一致した。
そしてUSJの地球儀。
すべて同じだった。
その子供は、1 万年以上前から地球を作っていた。
その時代、その場所に存在する素材を使って。
人々が粘土を丸めていた時代には、粘土で。
ガラスを加工するようになれば、ガラスで。
焼き物を作れば、焼き物で。
人間たちの作る品々の中に紛れるように、1つだけ。
正確な地球を作った。
目的は分からない。
なぜ地球なのかも分からない。
そして、なぜ6歳ほどの子供の姿なのかも。
科学者たちは、1つの解釈を提示した。
挑戦状。
1万5000年間、人類が決して作ることのできなかった形。
地球。
ならば、作ればいい。
計画は世界規模で始まった。
測地学。
地球物理学。
天文学。
材料工学。
精密加工。
計測工学。
各国の研究機関、大学、企業が参加した。
目標は単純だった。
地球を作る。
ただし、地球は静止していない。
潮汐によって変形する。
地殻は動く。
大気も海洋も変化する。
現在の地球、という言葉には幅がある。
そこで計画の発足日時が基準とされた。
2027年4月12日、協定世界時12時00分00秒。
その瞬間に存在した地球を作る。
世界中の観測データが集められた。
解析された。
再解析された。
異なる観測方法の誤差が検証された。
そして、その形状を縮小した鉄球が設計された。
製作には約1年を要した。
完成した鉄球は、完全な球ではなかった。
肉眼では分からない。
触れても分からない。
だが、人類が知り得る限り、その微細な起伏と曲率は、1年前の地球そのものだった。
何度も検査された。
設計値との誤差は、計測限界以下。
人類はついに地球を作った。
鉄球は公開された。
理由は1つだった。
あの子供に見せるためである。
USJの地球儀を修正したのが偶然でないなら。
1万5000年間、地球を作り続けているのなら。
これほど目立つ地球を無視するとは考えにくい。
展示室にはライブカメラが設置された。
映像は世界中へ配信された。
1日目。
何も起こらなかった。
2日目。
何も起こらなかった。
3日目。
変化なし。
6日目。
視聴者数は当初の半分以下になっていた。
7日目。
ライブカメラが、人影を捉えた。
小さい。
子供ほどの身長だった。
フードのようなものを被っており、顔は見えない。
性別も分からない。
人影は鉄球へ近づいた。
世界中の視聴者が画面を見ていた。
研究者たちは息を呑んだ。
子供は鉄球に触れなかった。
数歩離れたところで止まり、ただ見ていた。
1分。
2分。
長い時間だった。
やがて子供は、小さく息を吐いたように見えた。
肩が落ちた。
そのまま踵を返した。
画面の外へ消えた。
世界は沸いた。
子供は敗北を認めた。
そう解釈された。
1万5000年間、人類に答えられなかった問題。
その答えに、とうとう人類が到達した。
科学者たちは祝杯を上げた。
計画に参加した研究者たちは英雄になった。
映像は繰り返し放送された。
肩を落とす子供。
去っていく小さな背中。
その姿は、人類科学の勝利を象徴する映像になった。
鉄球には、いつしか名前がついた。
『人類の勝利』。
役目を終えたライブカメラは撤去された。
『人類の勝利』は世界有数の科学博物館へ移され、特別展示室の中央に置かれた。
連日、多くの人々が訪れた。
1万5000年間の挑戦に勝利した証。
人類が、自分たちの住む星を完全に理解した証。
展示開始から10日後。
開館前の清掃員が、その部屋へ入った。
そして、警備員を呼んだ。
『人類の勝利』の隣に、
もう一つ、鉄球が置かれていた。
博物館は封鎖された。
誰が運び込んだのか分からなかった。
警報装置は作動していない。
搬入口の記録にもない。
監視カメラにも、それらしい人物は映っていなかった。
鉄球は『人類の勝利』とほぼ同じ大きさだった。
そして表面から、1つの指紋が採取された。
鑑定に時間はかからなかった。
6歳程度。
USJの地球儀から採取されたものと一致。
五つの古代遺物とも一致。
あの子供だった。
世界中の研究者が再び集められた。
2つの鉄球は徹底的に分析された。
数週間後。
調査結果が発表された。
発表を担当した研究者は、用意された文書を読み上げた。
「第2球は、『人類の勝利』と同一の素材によって構成されています」
会見場が静まった。
「鉄および微量元素の含有比率に有意差は認められません。質量、密度についても、測定誤差の範囲内で一致しました」
研究者は一度、言葉を切った。
「ただし、形状については一致しませんでした」
スクリーンに2つの三次元モデルが映された。
肉眼では違いなど分からなかった。
「第2球は『人類の勝利』よりも、計画の基準日時、2027年4月12日12時00分00秒における地球の観測形状と、より高い整合性を示しました」
誰も声を発しなかった。
「現在利用可能な測地観測結果を用いて検証したところ、第2球と地球との形状差は」
研究者は手元の紙へ目を落とした。
「実際の地球上の寸法に換算して、1ミリメートル未満です」
記者の1人が手を挙げた。
「つまり、その子供の鉄球にも、最大1ミリ程度の誤差があるということですか」
「違います」
研究者は即答した。
「1ミリメートル未満の誤差がある、と確認されたわけではありません」
「では、誤差は?」
研究者はしばらく黙った。
そして答えた。
「分かりません」
「分からない?」
「我々の観測精度では、これ以上の差異を確認できないという意味です」
会見場が静まり返った。
「第2球が実際の地球から1ミリメートル近くずれている可能性はあります。さらに小さい可能性もあります。あるいは」
研究者は言葉を止めた。
「完全に一致している可能性も、現在の我々には否定できません」
その日の夜。
1年前の映像が、再び世界中で再生された。
小さな人影が展示室へ入ってくる。
人類が総力を挙げて作った鉄球の前に立つ。
触れない。
測らない。
道具すら使わない。
ただ見る。
そして、
ため息をつくような仕草。
落ちる肩。
去っていく背中。
あの日、人類はそれを敗北した者の姿だと思った。
今となっては、その意味を知る者はいない。
子供が何者なのか。
なぜ1万5000年以上、姿を変えないのか。
なぜ地球を作り続けるのか。
どうやって、その形を知るのか。
何一つ分かっていない。
分かったことは、1つだけだった。
人類があらゆる科学を集めて作った地球を、
その子供は、
見ただけで間違っていると知った。
現在、『人類の勝利』は展示を再開している。
その隣には、第2球も置かれている。
どちらが人類の作ったものなのか分かるよう、床には小さなプレートが設置された。
そして大阪。
ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの入り口では、今日も地球儀が回っている。
その周囲にはロープが張られている。
誰も触れることはできない。
地球儀には、1つの小さな指紋が残っている。
1万5000年前の粘土にも残されていた、
6歳の子供の指紋である。
世界のどこかには、まだ見つかっていない彼の作品があるのかもしれない。
土の中に。
海の底に。
博物館の収蔵庫に。
あるいは、誰かの家の棚に。
人類は今も探している。
いつから彼が地球を作っているのか。
そして、いつか人類が彼と同じ地球を作れる日が来るのか。
その答えは、まだ分からない。
そもそも、
彼が我々に挑戦していたのかどうかさえ、誰も知らない。
かつては多くの来園者がその前で写真を撮り、待ち合わせをし、時には台座に手を触れた。
現在、その周囲にはロープが張られている。
地球儀に触れることは禁止されている。
文化財ではない。
危険だからでもない。
そこに残された、1つの指紋を保存するためである。
その指紋は、1万5000年前から人類に投げかけられてきた挑戦状だった。
最初の指紋が発見されたのは、現在のイスラエル周辺にあたる地域だった。
およそ1万5000年前。
農耕が人々の生活を支配するよりも前、ナトゥーフ文化と呼ばれる時代の遺跡から、多数の粘土製装飾品が発掘された。
その多くは小さなビーズだった。
形も大きさも不揃いで、丸いものもあれば、潰れたものもある。
手で粘土を丸めたのだから当然だった。
だが、その中に1つだけ奇妙なものがあった。
異様なほど滑らかだった。
一見すれば球体である。
しかし精密に測定すると、完全な球ではない。
わずかに歪んでいる。
乾燥による収縮か、長い年月による変形だろう。
当初、それ以上の関心を持つ者はいなかった。
注目されたのは、その表面に残された指紋だった。
粘土が柔らかいうちについたものらしく、隆線がはっきりと残されていた。
分析された隆線幅から推定された年齢は、およそ6歳。
人間の子供のものだった。
それ自体は、不思議なことではない。
子供が粘土に触れた。
ただ、それだけのことである。
奇妙なのは、同じ指紋が別の場所からも見つかったことだった。
年代も違う。
文化も違う。
大陸すら違う。
現在までに同一人物のものではないかと指摘された遺物は、5点確認されている。
1万5000年前のレバント地方の粘土製ビーズ。
古代メソポタミアで作られた粘土製の球状品。
地中海沿岸で発見された古代のガラス玉。
日本の古墳時代の遺跡から発掘された半球状の焼き物。
そして、中南米の遺跡から出土した円形の焼成品。
素材も用途も異なっていた。
ただし、いずれにも共通点があった。
同時代の類似品と比較して、異常なほど滑らかに成形されていたこと。
そして、6歳程度の子供のものと推定される指紋が残されていたこと。
指紋の特徴点は酷似していた。
だが、同一人物のものだとは認められなかった。
当然である。
最古と最新のものには、1万年以上の隔たりがある。
指紋そのものも、風化や摩耗、焼成、素材の変質によって歪んでいる。
特徴点が似ている。
だからといって、1万年以上生き続ける人間を仮定する理由にはならない。
似ているだけだ。
偶然だ。
あるいは、比較方法そのものに問題がある。
そうして5つの指紋は、それぞれ別々の研究資料の中に埋もれていった。
世界中の遺跡がすべて発掘されたわけではない。
発掘された遺物のすべてが詳細に調査されたわけでもない。
博物館の収蔵庫には、まだ分析されていない品々が眠っている。
地中には、それよりはるかに多くの人類の痕跡が眠っている。
6つ目が存在しないのか。
まだ発見されていないだけなのか。
それを気にする者も、やがていなくなった。
6つ目は、土の中にはなかった。
始まりは、故障だった。
ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの地球儀が、回転中、一定の位置で引っ掛かるようになった。
異音がする。
回転が一瞬止まり、再び動き出す。
施設側は駆動装置の不具合を疑った。
しかし、モーターにも軸にも異常はなかった。
問題があったのは、地球儀そのものだった。
歪んでいた。
原因を特定するため、地球儀の三次元形状測定が行われた。
レーザーによって表面形状が記録され、設計時のデータと比較された。
確かに変形している。
だが、その解析に参加していた1人の研究者が、奇妙なことに気づいた。
変形には規則性があった。
熱による膨張ではない。
自重による変形でもない。
衝撃を受けた形跡もない。
試しに、測地観測によって得られた地球の形状データと重ね合わせた。
結果を見た研究者は、測定をやり直した。
同じ結果が出た。
地球儀は歪んだのではなかった。
縮尺を除けば、地球の形に近づいていた。
誰かが、地球儀を修正していた。
事件として警察による調査が始まった。
表面から複数の指紋が採取された。
そのほとんどは施設関係者のものだった。
しかし、1つだけ該当者のいない指紋があった。
隆線幅から推定された年齢は、およそ6歳。
子供。
その事実が報道されると、奇妙なニュースとして世界中へ広がった。
そして、そのニュースを見ていた1人の考古学者が、画面を止めた。
彼は過去の論文を探した。
最初は1件。
次に2件。
やがて5件すべての資料を集めた。
USJから採取された指紋は新しい。
風化していない。
摩耗していない。
現代の技術によって鮮明に記録された、6歳程度の子供の指紋。
それを基準に、過去の五つの指紋が再解析された。
結果は、それまでの常識を否定した。
同一人物。
少なくとも、現在の指紋鑑定技術はそう結論した。
1万5000年前の粘土に触れた子供と、数日前、大阪の巨大な地球儀に触れた子供。
同じ指だった。
世界中の研究機関が5つの遺物を再調査した。
そこで、もう1つの共通点が発見された。
形だった。
5つの遺物は、どれも異常なほど滑らかだった。
しかし、完全な球や円ではない。
これまで、それは製造時の誤差だと考えられていた。
違った。
1万5000年前の粘土製ビーズの歪みを、その時代の地球の推定形状と比較した。
一致した。
別の時代の球状品も調べた。
一致した。
半球状の器は、地球の曲面の一部に対応した。
円形品もまた、地球の特定の断面と一致した。
そしてUSJの地球儀。
すべて同じだった。
その子供は、1 万年以上前から地球を作っていた。
その時代、その場所に存在する素材を使って。
人々が粘土を丸めていた時代には、粘土で。
ガラスを加工するようになれば、ガラスで。
焼き物を作れば、焼き物で。
人間たちの作る品々の中に紛れるように、1つだけ。
正確な地球を作った。
目的は分からない。
なぜ地球なのかも分からない。
そして、なぜ6歳ほどの子供の姿なのかも。
科学者たちは、1つの解釈を提示した。
挑戦状。
1万5000年間、人類が決して作ることのできなかった形。
地球。
ならば、作ればいい。
計画は世界規模で始まった。
測地学。
地球物理学。
天文学。
材料工学。
精密加工。
計測工学。
各国の研究機関、大学、企業が参加した。
目標は単純だった。
地球を作る。
ただし、地球は静止していない。
潮汐によって変形する。
地殻は動く。
大気も海洋も変化する。
現在の地球、という言葉には幅がある。
そこで計画の発足日時が基準とされた。
2027年4月12日、協定世界時12時00分00秒。
その瞬間に存在した地球を作る。
世界中の観測データが集められた。
解析された。
再解析された。
異なる観測方法の誤差が検証された。
そして、その形状を縮小した鉄球が設計された。
製作には約1年を要した。
完成した鉄球は、完全な球ではなかった。
肉眼では分からない。
触れても分からない。
だが、人類が知り得る限り、その微細な起伏と曲率は、1年前の地球そのものだった。
何度も検査された。
設計値との誤差は、計測限界以下。
人類はついに地球を作った。
鉄球は公開された。
理由は1つだった。
あの子供に見せるためである。
USJの地球儀を修正したのが偶然でないなら。
1万5000年間、地球を作り続けているのなら。
これほど目立つ地球を無視するとは考えにくい。
展示室にはライブカメラが設置された。
映像は世界中へ配信された。
1日目。
何も起こらなかった。
2日目。
何も起こらなかった。
3日目。
変化なし。
6日目。
視聴者数は当初の半分以下になっていた。
7日目。
ライブカメラが、人影を捉えた。
小さい。
子供ほどの身長だった。
フードのようなものを被っており、顔は見えない。
性別も分からない。
人影は鉄球へ近づいた。
世界中の視聴者が画面を見ていた。
研究者たちは息を呑んだ。
子供は鉄球に触れなかった。
数歩離れたところで止まり、ただ見ていた。
1分。
2分。
長い時間だった。
やがて子供は、小さく息を吐いたように見えた。
肩が落ちた。
そのまま踵を返した。
画面の外へ消えた。
世界は沸いた。
子供は敗北を認めた。
そう解釈された。
1万5000年間、人類に答えられなかった問題。
その答えに、とうとう人類が到達した。
科学者たちは祝杯を上げた。
計画に参加した研究者たちは英雄になった。
映像は繰り返し放送された。
肩を落とす子供。
去っていく小さな背中。
その姿は、人類科学の勝利を象徴する映像になった。
鉄球には、いつしか名前がついた。
『人類の勝利』。
役目を終えたライブカメラは撤去された。
『人類の勝利』は世界有数の科学博物館へ移され、特別展示室の中央に置かれた。
連日、多くの人々が訪れた。
1万5000年間の挑戦に勝利した証。
人類が、自分たちの住む星を完全に理解した証。
展示開始から10日後。
開館前の清掃員が、その部屋へ入った。
そして、警備員を呼んだ。
『人類の勝利』の隣に、
もう一つ、鉄球が置かれていた。
博物館は封鎖された。
誰が運び込んだのか分からなかった。
警報装置は作動していない。
搬入口の記録にもない。
監視カメラにも、それらしい人物は映っていなかった。
鉄球は『人類の勝利』とほぼ同じ大きさだった。
そして表面から、1つの指紋が採取された。
鑑定に時間はかからなかった。
6歳程度。
USJの地球儀から採取されたものと一致。
五つの古代遺物とも一致。
あの子供だった。
世界中の研究者が再び集められた。
2つの鉄球は徹底的に分析された。
数週間後。
調査結果が発表された。
発表を担当した研究者は、用意された文書を読み上げた。
「第2球は、『人類の勝利』と同一の素材によって構成されています」
会見場が静まった。
「鉄および微量元素の含有比率に有意差は認められません。質量、密度についても、測定誤差の範囲内で一致しました」
研究者は一度、言葉を切った。
「ただし、形状については一致しませんでした」
スクリーンに2つの三次元モデルが映された。
肉眼では違いなど分からなかった。
「第2球は『人類の勝利』よりも、計画の基準日時、2027年4月12日12時00分00秒における地球の観測形状と、より高い整合性を示しました」
誰も声を発しなかった。
「現在利用可能な測地観測結果を用いて検証したところ、第2球と地球との形状差は」
研究者は手元の紙へ目を落とした。
「実際の地球上の寸法に換算して、1ミリメートル未満です」
記者の1人が手を挙げた。
「つまり、その子供の鉄球にも、最大1ミリ程度の誤差があるということですか」
「違います」
研究者は即答した。
「1ミリメートル未満の誤差がある、と確認されたわけではありません」
「では、誤差は?」
研究者はしばらく黙った。
そして答えた。
「分かりません」
「分からない?」
「我々の観測精度では、これ以上の差異を確認できないという意味です」
会見場が静まり返った。
「第2球が実際の地球から1ミリメートル近くずれている可能性はあります。さらに小さい可能性もあります。あるいは」
研究者は言葉を止めた。
「完全に一致している可能性も、現在の我々には否定できません」
その日の夜。
1年前の映像が、再び世界中で再生された。
小さな人影が展示室へ入ってくる。
人類が総力を挙げて作った鉄球の前に立つ。
触れない。
測らない。
道具すら使わない。
ただ見る。
そして、
ため息をつくような仕草。
落ちる肩。
去っていく背中。
あの日、人類はそれを敗北した者の姿だと思った。
今となっては、その意味を知る者はいない。
子供が何者なのか。
なぜ1万5000年以上、姿を変えないのか。
なぜ地球を作り続けるのか。
どうやって、その形を知るのか。
何一つ分かっていない。
分かったことは、1つだけだった。
人類があらゆる科学を集めて作った地球を、
その子供は、
見ただけで間違っていると知った。
現在、『人類の勝利』は展示を再開している。
その隣には、第2球も置かれている。
どちらが人類の作ったものなのか分かるよう、床には小さなプレートが設置された。
そして大阪。
ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの入り口では、今日も地球儀が回っている。
その周囲にはロープが張られている。
誰も触れることはできない。
地球儀には、1つの小さな指紋が残っている。
1万5000年前の粘土にも残されていた、
6歳の子供の指紋である。
世界のどこかには、まだ見つかっていない彼の作品があるのかもしれない。
土の中に。
海の底に。
博物館の収蔵庫に。
あるいは、誰かの家の棚に。
人類は今も探している。
いつから彼が地球を作っているのか。
そして、いつか人類が彼と同じ地球を作れる日が来るのか。
その答えは、まだ分からない。
そもそも、
彼が我々に挑戦していたのかどうかさえ、誰も知らない。



