竜の羅針盤 お硬い師匠の裏の顔は執着心で狂っていました

「エヴ様、王都から依頼された魔導具が届きましたよ」

「ああ、ありがとう」

 ネネティアの差し出した四角い包みを、エヴァンは受け取った。
 ネネティアは包みについていた書類を読み上げる。

「古代遺跡からの発掘品を鑑定してほしいみたいですね。何をしても何の反応もない、危険もない遺物、ですって」

「古代の発掘品か……」

 嫌な予感がして、エヴァンの胸はざわついた。
 慎重に包みをほどく。

 保護と封印の箱が現れた。心なしか、箱は不穏な空気を放っているように見える……。
 胸の鼓動が勝手に速くなる。
 エヴァンはゆっくりと、箱の封印を解いた。

 厳重にしまわれていた、古代の遺物が現れる。
 金属の円盤に、散らばる文字のような模様。中央には玉がはまっている。そこから針のような形の棒が伸びている。

――羅針盤だ……!

「エヴ様?」

 異変に気づいたネネティアが顔を向ける。

 羅針盤が現れた瞬間、エヴァンの胸の羅針盤の脈動が速くなる。
 それに合わせたかのように、目の前の羅針盤も明滅を始めた。

「わっ!光りだした!?」

 彼女の驚いた声。
 同時に、目の前の羅針盤から紫色の瘴気がもくもくと吹き出始めた。

「離れろ、ネネティア」

 エヴァンは目を鋭くすると、魔法を発動した。

「シールド」

 発生させた結界で、羅針盤を包む。

「エヴ様!?」

 ネネティアの強い声。

「シールドを出しっぱなしにするなんて、無茶です!瘴気も浴びちゃってるのに!」

 エヴァンの体はこわばっていた。息が詰まり、胸の奥――羅針盤が埋め込まれたその場所が熱くなる。

「そんなに魔力を注いだら、エヴ様が保たない!」

 エヴァンはとっさにネネティアの腕を押し離した。

「来るな……!離れろ、ネネティア、今、すぐ」

 その声には、ネネティアがこれまで聞いたことのない切迫感がにじんでいた。
 エヴァンの皮膚に、青黒いうろこが急速に広がっていく。目の色が、赤く、獣じみた光を帯び始める。
 届いた羅針盤は瘴気を吐き出しきったのか、沈黙している。

「エヴ様……!体が――うろ、こ……!?」

 エヴァンは苦しげに顔を歪めながら、必死に首を振る。

「逃げるんだ、ティア――このままでは、俺は」

 言葉の途中で、エヴァンの喉から獣のような低い唸り声が漏れた。理性の糸が、目に見えて焼き切れかけている。
 それでもなお、彼の瞳の奥には、はっきりとした光が残っていた。逃げろ、と。お前だけは、傷つけたくないと。

「いや!」

 ネネティアははっきりと言いながら、震える手でエヴァンの腕をつかんだ。エヴァンに触れた瞬間、指先から燃えるような熱が伝わってくる。

「私が、私がなんとかするから、エヴ様、しっかりしてね――」

 その言葉が終わるより早く、二人の足元に光る紋様が広がった。それは小屋の地下に書かれていたのと同じ魔導陣――竜化の兆候を察知して自動的に発動する、緊急転移の術式だった。

「えっ、何、これっ」

 驚くネネティアの視界が、まばゆい光に包まれる。
 次の瞬間、二人の体は光の粒となって消えた。作業場には静寂だけが残された。


 二人が現れた先は、小屋の地下室だった。

「――っ!」

 転移の衝撃で床に倒れ込んだネネティアは、すぐさま身を起こし素早く周囲を確認する。

――ここ、もしかして地下室?

「近づくな」とエヴァンから言われ、一度も降りたことのない部屋。

 足がすくんだ。だがネネティアは、かたわらに倒れ込むエヴァンに急いで駆け寄った。

「エヴ様」

 彼の体からはうっすらと、紫色のもやが立ち上っている。服の隙間から見える青黒いうろこは、首筋から、腕、胸元に広がっている。呼吸は獣のように荒い。

「……ティア」

 朦朧とした意識のなか、エヴァンが目を開いた。

「ケガはない?エヴ様っ」

 エヴァンは震える腕を伸ばし、彼女に触れようとした。だが、その指先が触れる寸前、彼は目を見開き、腕を引く。

「……行くんだ」

「こんなエヴ様を、置いていけるわけないでしょっ!」

「いいから、早く!!」

 叫ぶように言い返すエヴァンの声には、怒りではなく、剥き出しの恐怖がにじんでいた。理性を失った自分が、大切な人を傷つけてしまうかもしれない――その恐れが、彼を内側から食い破ろうとしている。

「信じて、エヴ様」

 ネネティアは、震えるエヴァンの手を、両手でしっかりと握りしめた。
 その言葉に迷いはなかった。

「頼むから……」

 エヴァンの体が、大きくけいれんする。

「くっ……ぐっ、ああ……」

 喉の奥から、獣とも人ともつかないうめき声がもれた。
 地下室の壁が、彼の放つ魔力の余波でみしみしときしみ始めた。