竜の羅針盤 お硬い師匠の裏の顔は執着心で狂っていました

「エ、エヴ様は平気なんですか?エヴ様だって、私の気持ちも何もかも、全部見ちゃったでしょ」

 ネネティアの頬は、鮮やかに染まっているままだ。
 その問いかけは、エヴァンを完璧に直撃した。

「何もかも」

​ エヴァンはゆっくりと目を閉じ、自分のあごに手をやった。​
 平静をたもとうと呼吸を整えてはいるが、動揺は隠しきれていない。

「ああ。見たよ、ティア。……もちろん、衝撃はあった……」

 エヴァンは顔をそむけた。
 普段の冷徹な顔はどこへやら、耳の端が赤く染まっている。精神リンクという禁じ手を通じて流れ込んできた、ネネティアのまっすぐすぎる恋心や日々の場面の数々を思い起こしたようだった。

「もっとも、俺は普段からそのままを聞いていたからね。ティアよりは、ショックが少なかったようだ」

​「わああ……っ!」

​ ​ネネティアは両手で顔をおおい、その場で小さく身悶えした。

​「そ、そうですか?た、……たしかにね?」

 普段通りに振る舞おうとしてはいるが、お互い、肩に力が入っていてどうにもぎこちない。
 ネネティアのいつもの口説き文句もすっかり鳴りをひそめていた。

​ 呼吸の仕方も忘れてしまいそうなほど耐えられない空気を変えようと、ネネティアは机に視線を向けて言った。

「あー、エヴ様」

 ​彼女は両手で自分の頬をパタパタとあおぎながら、視線を机に向けた。
 机の上の二つの、封印の箱。それぞれの箱の中には羅針盤が静かにしまわれている。

「羅針盤が竜の家だったなんて、大発見ですね」

 一つはエヴァン自身の体から摘出されたもの、もう一つは王都から届けられたものだ。どちらも今は、ただ静かにそこにある。
 この羅針盤の中で、竜が静かに眠っているのだ。

「そうだな。マナが枯渇した竜はこうして冬眠状態で器に身を包み、長い時間をかけてマナの源流を目指す、ということのようだ。文献のどこにもなかった、真実だな」

​ 助け舟が出たと、エヴァンもホッとしたようだった。表情を作って机の前に歩み寄ると、話題を合わせる。

「精神リンクのあの嵐の中で、そんな発見をするなんて!エヴ様はやっぱりすごいです」

​ ネネティアの顔が尊敬と喜びに輝く。エヴァンは彼女を見つめて目を細めた。

「ティアには負けるさ。穏やかな記憶を触媒に、竜を鎮静する。そんな発想は俺では出せなかった」

「えっへへへー!そしたらまずは、王都への報告書を作成ですね!」

「そうだな。この羅針盤をどう扱うかは、その報告書で決まるだろう」

 ネネティアは大きく息を吸うと、ペンを手に取ろうとした。
 その手首を、エヴァンはそっとつかむ。

「ティア」

 それだけで、ネネティアの顔は沸騰したように真っ赤になった。

「は、ははい」

「その前に、大事な話がある」

 エヴァンはまっすぐにネネティアを見つめた。その目には確かな決意が宿っている。

「えっ!?まだ話すこと、あります?」

 顔を赤くしたまま、ネネティアの目が泳ぎまわる。

「ああ。ティア」

 エヴァンの真剣な表情に、ネネティアは気をとりなおし、姿勢を正した。
 エヴァンは息を止め、沈黙の後に、一語ずつはっきりと伝える。

「俺の助手になってくれるか」

「――!」

 思わぬ言葉に、ネネティアの時間は一瞬止まった。彼女は、すぐに花が咲くような笑みを浮かべる。

「喜んで!一番の特等席っ!私がいただいちゃいますね!」

 二人は自然と顔を見合わせ、やわらかく微笑み合った。