彼は3度「君を愛するつもりはない」と言った

「君を愛するつもりはない」

 アステロイド伯爵の言葉に対して、そういうこともあるだろうなとフォルトゥナは他人事のように思った。アステロイド伯爵と彼女は、所謂(いわゆる)、政略結婚だ。他に愛する人がいる場合もあるだろうし、家族になって一緒に暮らしたとて、愛が芽生えない場合だってあるだろう。

 そんな事はフォルトゥナだって重々、承知だ。けれど、最初にそれを告げるのは愚かだとしか思えない。

──一緒にいるうちに芽生えるかもしれない愛を、わざわざ断ち切る必要はあるのですか?

 普段の彼女なら、一言、そう言い返したかもしれない。
 けれど今、それをしないのは、愛さないと告げた彼の方が傷ついたような顔をしているからだ。

——なぜ?

 疑問と同時に、頭が痛んだ。思わず膝をついたフォルトゥナな、アステロイドが駆け寄ってくる。

「フォルトゥナ?!」

 青ざめ心配そうに歪めた顔は、愛さないと言った人には相応しくない。……けれどフォルトゥナのよく知る彼の表情だった。

——最初の彼も愛さないと言ったわ

 一度目のアステロイドも、最初の日に愛さないとフォルトゥナに告げた。彼には愛しい幼馴染がいて、フォルトゥナは邪魔者だった。そうして縁を断ち切ったアステロイドたちは冷めた夫婦となり……彼が愛した幼馴染によって二人とも殺された。

 二度目のアステロイドは、全てを思い出した今思えば、一度目の記憶があるようだった。フォルトゥナは全てを忘れていたというのに。
 彼の愛憎劇に巻き込まれた、形ばかりの妻に罪悪感をもったのだろうか。二度目の彼は愛さないと宣言することはなく。二度目の彼らは愛し合った。穏やかな愛に包まれて……二度目のフォルトゥナは、彼の幼馴染に殺された。愛する者を奪ったからだと、幼馴染は言った。

 三度目のアステロイドは、最初からフォルトゥナを大切にした。幼馴染を排除し、大切にフォルトゥナを守った彼の目を掻い潜り、フォルトゥナは毒殺された。伯爵家の傍系が、伯爵家を乗っ取るためにはフォルトゥナが邪魔だったらしい。

 四度目、五度目、六度目……数えきれないほど、アステロイドはフォルトゥナを愛し、慈しみ、守り——失い続けた。彼は失敗を省みて、努力をした。けれど、どれだけ足掻いてもフォルトゥナは死んだ。……そして彼は、一つの可能性に気づいた。

「君を愛するつもりはない」

 何度目か数えることも忘れてしまった中で、彼は2度目のセリフを言った。そしてフォルトゥナと離縁した。彼は愛する人を失い孤独に生きたが、フォルトゥナは殺されることなく天寿を全うした。これが正解なのだと、彼は思った。

「……貴方は、私をずっと守ってくれていたのですね」

 全て思い出してフォルトゥナは愛しい人の頬に手を伸ばした。アステロイドが驚いた顔で彼女を見る。

「フォルトゥナ、君は……」
「全てを思い出しました。まずは数えきれないほどの間、私を守ってくれて、ありがとうございます」
「あぁ……」
「けれど、一人で何とかしようとするのは愚行ではありませんか? (わたくし)は、それほど頼りい存在ですか?」

 何もできなかった自分への憤りを隠そうとして、自然とフォルトゥナの声は冷たさを帯びた。感情を押し殺した静かな彼女の声ににアステロイドは、違うと首を振った。

「……私が弱かっただけだ。真実を告げて頭がおかしいと思われ、嫌われるのが怖かった。……君に嫌われる選択をするまで、あれだけかかったのだ」

 呟くように言った彼にフォルトゥナは何も言えなくなった。愛する人に真実を告げて、嘘つきだと嫌われるよりも……ただ嫌われて遠ざける方が、まだ楽だと彼女にも理解できた。

「……過去を責めてもしかたありませんわね。私たちの未来のために動かなくては」
「君を巻き込みたくはない。……大人しく離縁してくれ、フォルトゥナ」
「そして貴方を孤独に死なせるのですか? 私が、それを選ぶ女だとお思いですか?」
「……思わない」

 そうやって一緒に戦おうとする彼女を、彼は愛したのだ。

「二人で知恵を絞れば、よい思案も浮かぶというものですわ」

 ニッコリ笑ったフォルトゥナにアステロイドは困ったように笑って。

 ——そうして愛し合う二人は、数々の困難を乗り越え、末長く幸せに暮らしましたとさ。