「はうぅぅ……つ、疲れたぁぁ……」
夜。
今日も山ほどの公務を頑張って片付けた僕は、部屋に戻るなり倒れるみたいにしてベッドの上にダイブした。
も、もう無理。
ほんとに限界……。
「お疲れさん。どうする? お茶でも入れてあげようか?」
今にも寝てしまいそうな僕の耳に、いつもどおりのディレイさんの声が届く。
実は疲れてふらふらだった僕を、ディレイさんがここまで連れてきてくれたんだ。
「でも、もう十分助けてくれましたし……」
ディレイさんが僕の護衛になって、もうすぐ二週間。
今のところ魔族が僕になにかをした形跡も、しようとしている気配もない。
ディレイさんは相変わらず、いつも眠そうでマイペース。
でも初めの頃に比べるとすごく頑張ってくれてるし、僕にもいろいろ気を使ってくれるんだ。
「はいはい、どうせそう言うと思ったよ。んじゃ、俺は勝手にやらせてもらうから」
僕がいいとかだめとか言うよりも早く、ディレイさんはすたすた部屋に入ってきて、奥にある『魔石ポット』でお湯を沸かし始めてしまった。
ほら、やっぱり前より優しいよね……?
「ほい。お茶はそんなに得意じゃないから、まずかったらごめんね」
「あう……ありがとうございます……」
差し出されたカップを受け取って、ふうふう冷ましながら口を付ける。
あまりにも疲れてるせいで味はわからなかったけど、いい香りのする温かなお茶が、僕の体をじんわりと巡っていくのはよくわかった。
「あのさ、エルルってずっとこんなに頑張ってんの?」
「それは……」
一息ついた僕に、ディレイさんが兜の向こうからのぞき込むようにして言った。
「もちろんそうです。特にお父様がお怪我をしてからは、他の国の偉い人と会ったり、みんなの前で挨拶するのは僕の役目でした。ただ、ここ一年は魔族との戦いで前線にいたので、こういうお仕事は久しぶりで……」
一年前の僕は、まだ剣が得意なだけの王女だったけど、今はそうじゃない。
今の僕は大魔王を倒して、魔族との戦いを終わらせた勇者なんだ。
久しぶりにみんなの前に出て、はっきりと感じた。
みんなが僕に向ける期待や憧れは、昔とは比べものにならない。
だからもっと頑張らなくちゃって……たしかに今はとても疲れてるけど、弱音なんて吐いていられない。
「でも僕は大丈夫ですっ! 動けないお父様の分も、僕が立派に――!」
「それでもし君が怪我したり、病気にでもなったりしたら……護衛の俺はあのご立派な宰相様に『死刑』って言われちゃうんだけど、ほんとに大丈夫そ?」
「ええええっ!? そ、そんなのだめですよっ!」
「そっか。なら休まなきゃね」
「あ……」
薄明かりの中、ずっと僕に向けられていたディレイさんの兜。
その兜の向こうにあるはずの彼の透明な顔が、ふっと緩んだような気がした。
だけど――
「ごめんなさい……それでも、僕はやっぱり休んだりはできません。明日だって山ほど公務がありますし……街のみんなも、僕が立派に頑張ってるところを見ると元気が出るって言ってくれるんです」
「ふぅ……みんな、みんなね……」
やっぱり、僕はみんなに迷惑をかけたくない。
みんなのために僕ができることがあるなら、どんなことでもしたい。
これまでは戦っているだけでよかったけど、これからはお父様の代わりに、剣以外のこともできるようにならないといけないんだ。
「んー……わかったよ。んじゃ、俺もそろそろ戻るから」
「あ……あのっ」
僕の言い分に、ディレイさんはそれ以上なにも言わなかった。
でも鈍い鎧の音を立てて部屋から出ようとするディレイさんに、僕は思わず声をかけていた。
「うん?」
「心配してくれて、ありがとうございました。他にも、お茶とかいろいろ……」
「ぜんぜん。それにエルルだって、俺に新しい服をくれたでしょ? だからお互い様みたいな?」
僕に背を向けたまま、ディレイさんは笑い混じりに答える。
「それと、まあ……」
「なんです?」
「俺も昔は、今のエルルみたいに頑張ってた時期があったからさ。先輩として、ちょっと心配になっただけ。じゃ、お疲れー!」
「ディレイさん……」
軽く手を振って、ディレイさんの姿はドアの向こうに消えた。
先輩として、か……。
そういうことなら、ディレイさんだって心配させないように頑張ろう。
僕はそう決心して、寝る前にもう一度、心の中でディレイさんにお茶のお礼を言ってから目を閉じた――
――――――
――――
――
「――あのさ。一日だけ俺と交代しない?」
「はい?」
だけど次の日。
目を覚ましてすぐの僕は、ここに来て初めて僕より早起きしたらしいディレイさんの『襲撃』を受けていた。
「交代って……どういうことですか?」
「一回くらい、俺みたいな格好でうろついてみたらってこと。あ、ちなみにノルンと親父さんには許可取ってあるから」
「ええええええっ!?」
わけのわからない提案に驚く僕に、ディレイさんは自分の兜を脱いでひょいと放り投げる。
「俺が言うのもなんだけど、たまになら透明人間もそう悪いもんじゃないよ。特にエルルには、いい気分転換になるかなーと思ってね」
