「――今日、こうして皆さんの前でご挨拶できたことを嬉しく思います。たとえ大魔王が何度攻めてきても、僕の勇気とこの聖剣リーナストーンの輝きがある限り、この国に生きる全ての命を絶対に傷つけさせたりはしません。どうか、それを忘れないでください!」
「「 姫様ー! 」」
「「 エルルーナ姫こそ、我らルーナの至宝だ! 」」
「「 勇者エルルーナに、栄光あれ! 」」
お城のバルコニーから見下ろす街の広場から、雷よりも大きな歓声が上がる。
集まった大勢の人たちはみんな僕に手を振って、心の底から僕のことを信じてる目を向けている。
僕もそんなみんなに応えたくて、何度も広場に向かって手を振って、たっぷり時間を使ってからようやくお城の中に戻る。
「ふぅ……」
「おつおつー」
奥まった場所まで戻ってきたところで、暗がりで壁にもたれていたディレイさんが、僕にタオルを放り投げてくれた。
「しかし話には聞いてたけど、マジですごい人気じゃん。ぶっちゃけちょっと引いた……」
「みんな僕のことを信じてくれているんです。みんなからあんなに応援してもらえるなんて、光栄なのは僕の方ですから」
「くそ真面目……」
その少しのやりとりだけで、僕とディレイさんの間に待機していた侍女さんが割り込んでくる。
三人の侍女さんはあっという間に僕のマントやアクセサリーを付け替えてくれて、そのすぐあとに文官の偉い人がやってきて、一礼してから今日の僕の予定を一つ一つ読み上げた。
「うへぇ……」
そんな僕の姿に、ディレイさんが壁際で肩をすくめるのが横目に見える。
実は昨日までの僕は、大魔王の暗殺予告のせいで公務は『お休み』してたんだ。
けどディレイさんっていう頼れる護衛騎士も決まって、僕のお休みもお終い。
警戒はそのままに、今日からはまた忙しい毎日が始まっていた。
「本日はこの後、国境沿いの集落からの陳述が六件、前線指揮官から魔族軍の動向についての報告が三件、魔術指南役との鍛錬、最後に孤児院への訪問予定が入っております」
「えっぐ……」
「わかりました! 頑張りますっ!」
「えぇ……? ちょっと頑張りすぎじゃない……?」
お休みしてた分、いつもより少しだけ予定が多いけど、このくらいならなんとかなる。
お父様が倒れて、お母様も亡くなって……この国で王族として動けるのは僕しかいない。
だからみんなの分も、僕が精一杯頑張らないと!
「素晴らしい、立派な演説でございました。エルルーナ姫」
「あ……ヴェルテウスさん」
その時、お城の奥に続く廊下から長い金髪をなびかせた、白い執務服姿の男の人――宰相のヴェルテウスさんが、秘書官の女の人を連れて歩いてきた。
「このヴェルテウス、先ほどの姫様のお言葉に強く心を打たれ、いても立ってもおれずにこうしてやって参りました。やはり、姫様こそ我が国を……いえ、世界を導くに相応しいお方です」
「そ、そんな……ありがとうございます」
聞くだけで恥ずかしくなるような言葉を、ヴェルテウスさんは少しの淀みも迷いもなしにさらっと言い切る。
ヴェルテウスさんは、僕をいつも褒めてくれる。
もちろん、そう言ってもらえるのは嬉しいけど。
正直僕は、自分がそんな立派な人間とは思ってないから……。
「事実として、すでにはるか遠方諸国からもエルルーナ姫との謁見を望む使者が連日のように訪れております。魔王を打倒した救世の勇者にして、我が国の至宝と名高い可憐な容姿、さらには民と国を思う深い優しさと勇気……私は臣下として姫様にお仕えできたことを、誇りに思います」
「あの、その……そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど、あんまり大げさに言われると、ちょっと……」
「ふふ……ご安心を、エルルーナ姫。姫様の抱えておられる責務の重さ、そしてその心にのしかかる重圧も、私は当然心得ております」
「えっ……?」
そう言って、ヴェルテウスさんは突然僕の手をそっと握った。
突然のことに驚く僕をじっと見つめて、ヴェルテウスさんは薄く笑う。
「あ、あの……?」
「私は貴方の味方です、エルルーナ姫。私は貴方が抱えているその重荷を共に背負い、共に支えたいと思っているのです。そう、姫様さえ望むのなら今すぐにでも――」
「はい、そこまでー」
ヴェルテウスさんのお話は、そこまでだった。
横からゆっくりと、だけど有無を言わさない圧で割って入ってきたディレイさんが、ヴェルテウスさんの手を僕から引き離した。
「おや……誰かと思えば、呪い持ち殿でしたか。なにか私に言いたいことでも?」
「いくら宰相様だからって、女の子の手を勝手に握るのは『ふつーにアウト』なんじゃないかなー……なんて、どう思いますかエルルーナ姫?」
「ええっ? あ、そうですね……できれば、僕もそういうのは控えてもらえると……」
「……」
たしかに、今のはいくらなんでも突然すぎた。
ヴェルテウスさんも……これまで僕を褒めちぎることはあってもこんなことはしなかったのに、なにかあったのかな。
「……失礼いたしました。この私としたことが、姫様のあまりに胸を打つ演説に、いささか高揚してしまったようです。どうかお許しください」
「い、いえ。僕は気にしてませんから」
申し訳なさそうに眉を歪めて頭を下げるヴェルテウスさんに、僕は両手を振った。
「では、私はこれで……ああ、そうそう。最後に、そちらの呪い持ち殿に一つご忠告をさせていただきましょうか」
「ほーん? なんでしょ?」
「貴方も護衛というのなら、せいぜい命がけでエルルーナ姫をお守りすることです。万が一姫様の御身になにかがあれば、それはすべて貴方の不手際……我が国の至宝を傷つけたとなれば、その咎は貴方の命をもって償うことになる……そのこと、ゆめゆめ肝に銘じておきなさい」
去り際、ヴェルテウスさんがディレイさんに向けた眼差しは、僕がこれまで戦ってきたどんな魔族よりも鋭くて、冷たかった――。
