「それでは最後の課題です。今から皆様にはこの場で二人一組となり、実際に踊っていただきます」
昼食休憩を挟んで続いたダンスのレッスンも、いよいよ最後。
みんなの顔にも疲労の色が浮かび始めた頃、サレンさんは僕たちにそう告げた。
「人数は問題ないはずです。また、一つ留意していただきたいこととして、このダンスは皆様の技術を測るものではありません」
「そうなんですか?」
「ほーほー?」
技術を測るものではない。
そう口にしたサレンさんに、僕と見えないディレイさんはほとんど同時に声を上げた。
「レッスンの初めにも言ったとおり、社交の場における舞踊とはどれだけパートナーのことを考え、お互いに高め合えるかが最も重要です。技術は一度のレッスンで身につくものではありません。ですから今日ここにお集まりいただいた皆様には、この舞踊の心構えだけでも覚えてお帰りいただければと……そう考えた次第でございます」
「相手のことを考えて……」
サレンさんの言葉にすっかり納得した僕は、うんうんと頷いて心の中で繰り返す。
まだよくわからないけど、きっとサレンさんはとっても大事なことを教えてくれてる。
だから、僕も頑張らないと!
「ならディレイさんっ!」
「ほいよー?」
「僕とペア! もちろん組んでくれますよねっ!」
振り向きざま、僕は隣にいるはずのディレイさんに宣言する。
鈴の音がチリンって鳴って空気が動いて、ディレイさんが一歩下がったのがわかった。
「ええっ!? そりゃあ、俺もエルルと組めるなら嬉しいけど……本当に俺でいいの?」
「俺でいいのって……当たり前じゃないですか。どうしてそんなこと言うんですか?」
「いや、だってほら……」
一回、二回……三回。
寂しそうな鈴の音が鳴る。
きっとディレイさんは今、僕の前でダンスの振り付けを踊って見せたんだと思う。
「こんな感じで、俺が踊っても見えないし……」
「それは――」
「――最後の課題を受けるかどうかは、ディレイ様にお任せします」
するとそんな僕たちを見ていたサレンさんが、相変わらずの無表情でそう言った。
「ディレイ様が課題を辞退された場合、余った方とは私がペアになる予定でした。ですから、なにも問題はございません。けれど――」
僕と同じだ。
サレンさんには、ディレイさんがいる場所がわかっているみたいだった。
目線をなにもない空中に合わせて、その綺麗で鋭い眼差しで……見えないはずのディレイさんを、まっすぐに捉えて言葉を続けた。
「たった今言ったように、最後の課題は技術を見るものではありません。貴方がこの場になにを求めて参加しようとしたのか……その理由を思えば、辞退するのはいささかもったいないのではないかと……私はそう考えます」
「サレンさん……!」
か、かっこいいー!
思わず、僕は心の中でそんな声を漏らした。
「あー、そりゃそうだ……サレンさんのおかげで目が覚めたわ。ありがとうございました」
「お気になさらず。参加者のモチベーション維持も講師の務めですから」
そう言い残して、サレンさんは僕たちに背を向ける。
「ってなわけだから……エルル」
「え……は、はいっ!?」
「せっかくエルルから誘ってくれたのに、馬鹿なこと言って悪かった。けどもう大丈夫……俺と一緒に踊ってほしい。いいかな?」
「はわ……っ」
な、なんで?
どうして?
ずるいよ。
こんなの、絶対にずるい。
最初に誘ったのは僕だったのに。
気づいたら、僕がディレイさんに誘われて真っ赤になってるなんて。
本当に、ディレイさんはずるい――
――――――
――――
――
「では、私が拍子を取ります。お好きなタイミングで始めてください」
「すー、はー……」
最後の課題もあっという間に進んで、気づいたら残りのペアは僕とディレイさんだけ。
まさかの最後だったけど、その分二人で打ち合わせとか、簡単な呼吸合わせはできた。
「……じゃあ、ディレイさん」
「ん……よろしくね、エルル」
差し出した手を、ディレイさんの大きな手がそっと掴む。
僕はそこにあるはずのディレイさんの目を見上げて、目線で小さくリズムを取った。
「――1、2、3、どうぞ」
サレンさんの手拍子に合わせて、僕が最初のステップを踏んだ。
そうしている間にも、ディレイさんに触れる僕の手が呪いに飲み込まれて消える。
だけどそれでも、僕たちはしっかりとお互いの手を握り合ったままだった。
「お、おい見ろ……なんなんだよこれ……」
「す、すごい……っ」
「いったい姫様は、どこでこれほどの……?」
一定のリズムで刻まれる手拍子に合わせて、足を出して、引いて、手を入れ替えて、ゆっくりと回る。
すると鈴の音も一緒に鳴って、二つの音がホールに心地よく響いた。
「このくらいで大丈夫ですか?」
「うんうん、もっと速くてもいいくらい」
「ふふ、なら――!」
基本的には、僕がディレイさんをリードする。
僕はディレイさんよりダンスの経験があるし、そうすれば周りで見ているサレンさんや他のみんなにも、ディレイさんのステップの位置がわかるんじゃないかと思ったんだ。
「すごい、すごいわ! エルルーナ姫もそうだけど、あの騎士様の姿まで浮かび上がってくるみたい!」
「た、たしかに私にもそう見える……いやはや、なんと……」
楽しかった。
すごく楽しかった。
いつのまにか、僕は夢中になっていた。
やっぱり、ディレイさんはすごい。
ダンスの経験なんてないはずなのに、僕が次にどう動くのか、どこに足を置きたいのか。
握り合った手の感覚だけで僕の気持ちを全部先に理解して、僕がリードしやすいように動いてくれた。
だから僕もお返しに、ディレイさんの重心をちょっと強引に引っ張ってみたり、繋ぐ手を変えたりする。
「ひ、姫様が消えた!?」
「いや待て! すぐに出てきたぞ!」
突然、周りからみんなが驚く声が聞こえた。
夢中になりすぎた僕は、気づいたらディレイさんの体にぎゅって身を寄せて、また離れるようなステップまで踏んでいたんだ。
「あ……もしかして今、僕の体まで消えちゃってました?」
「消えてた、思いっっきり消えてたよ! だから俺に近付きすぎないようにって、あんなに――」
「えへへ……そうですか」
けどそのときの僕はあまりにも楽しくて、嬉しくて。
みんなの目なんてどうでもよくなるくらい、ディレイさんとずっとこうしていたいって……そう思ってた。
だって――
「――やっぱり、全然怖いことなんてなかった!」
「うわわっ!?」
一回、二回、三回。
僕は何度もディレイさんに身を寄せて、そのたびにディレイさんとみんなを慌てさせる。
「ちょ、ちょっとエルル!?」
「さっき、僕の誘いを素直に受けなかったお返しでーす!」
「なにそれ!?」
あとから聞いたんだけど、そのときにはもうサレンさんの手拍子は終わってたらしい。
けど僕たちがあまりに楽しそうだったから、気が済むまで待っててくれたんだって。
「なら次に僕が誘ったら、迷わず受けてくださいね! そうしたら許してあげますっ!」
「わ、わかった! わかったから! だからごめんって――!」
結局、このレッスンでディレイさんがみんなとの距離を縮められたかはわからない。
でも僕はとっても楽しかったし、多分ディレイさんもそうだと思う。
他にも、サレンさんがとってもいい人だっていうこともわかったし。
とりあえず、ディレイさんには『これからも二人でダンスのレッスンしましょう!』って、念入りに伝えておいた――。
