チリン、チリン。
「うん、やっぱり猫だわ」
お城の中を歩く僕の隣から、二つの音が聞こえてくる。
一つは透き通った鈴の音。
もう一つは、見えないけど隣にいる僕の騎士の気の抜けた声。
「そうだとしたら、とっても大きな猫さんですっ」
「いっそのこと、本当に猫にでもなれれば楽だったんだけど」
結局、僕が提案した鈴作戦はぎりぎりで認められた。
ぎりぎりで……っていうのは、認めるための条件がつけられたからだ。
「ヴェルテウスさんは、『実際にこの鈴をつけたディレイさんへの、みんなの反応次第で追い出すかどうかを決める』って言ってました。だから鈴があってもまだ苦情が上がってきたら、今度こそ追い出されちゃうかもしれませんね……」
「だと思うよ。あの宰相さん、なんか俺のこと嫌いみたいだし……うーん、俺なんかしたかなー?」
実際、昨日の今日で反応なんてわからない。
でも僕がこの鈴の話をしたとき、ヴェルテウスさんはあまりにも嫌そうな顔をしていて、思わず申し訳なくなるくらいだった。
「ヴェルテウスさんにも事情があるんだと思います。でも――」
――僕は、ディレイさんのことが好きですから。
そこまで言いかけて、僕ははっとなって胸に手を当てた。
そのまま思わずちらっと顔を横に向けて、いつもディレイさんの顔があったあたりに目を向ける。
「ん? どうしたの?」
「あっ……いえ、その……」
べ、別に……深い意味なんてない。
ないと、思う。
今言おうとした言葉は、僕の素直な気持ちで。
これまでにも僕は、ディレイさんが大切な友達だって、何度か伝えてきた。
だから、今の言葉もそのまま言えばいいだけ。
うんうん……やっぱりそうだ!
「ぼ、僕は味方……ディレイさんの『味方』ですからっ! またいろいろ考えて、一緒に頑張りましょう!」
「あははっ! ありがとね。なら俺も、エルルを見習ってちょっと頑張ってみるかなー」
む、無理!
やっぱり言えない!
あんなに覚悟して、決心して、大魔王と戦ったときと同じくらい頑張ったのに。
僕の口から出たのは、言おうとした言葉とは違う言葉だった。
なんで?
どうして?
しかもさっきから、ずっと胸の奥が痛くて、鼓動が速い。
こんなこと、今まで一回もなかったのに……。
『この先もずっと、俺はエルルを守りたい。それくらいのことを、俺はエルルからたくさんもらったよ』
「はうぅぅ……」
「ま、マジでどうしたん? 調子が悪いなら、ノルンのとこに連れてくよ?」
「ご、ごめんなさい……大丈夫です……たぶん……」
ディレイさんを心配させたくなくて。
きっと真っ赤になってるはずの顔を手で隠しながら、僕は歩く速度を上げた。
ディレイさんには大丈夫って言ったけど、もしかして僕、本当に病気なのかな……。
あのとき、二人きりの部屋で言われたディレイさんの言葉。
あの日からずっと、あの言葉を思い出すたびに、僕の胸はこうなってしまう。
チリン、チリン。
全然思いどおりにならない鼓動に、早く落ち着けって思いながら。
後ろから聞こえるディレイさんの透き通った鈴の音に、僕はどこか、温かな気持ちにもなっていたんだ――
――――――
――――
――
「ええええっ!? ダンスですか!?」
「そうそう、いいと思わない?」
次の日、公務の休憩時間にディレイさんは突然そんなことを言い出した。
「ノルンから聞いたんだけど、ダンスの授業はエルルも受けるんでしょ? 今回のレッスンは規模も大きくて、侍女や近衛も参加するって」
「そうですけど……そのレッスンに、ディレイさんも参加するつもりなんですか?」
「そーいうこと!」
チリンチリン、チリン。
昼食を終えた僕の近くで、ディレイさんの鈴の音が二回、三回って鳴り響く。
きっと今、ディレイさんは僕の前でダンスを踊って見せたんだと思う。
たぶん、ひらひらーって……。
「でもその……僕が言うのもなんですけど、今のディレイさんのお姿でダンス……本当にできるんでしょうか?」
「なんとかなるんじゃない? それにもしできなくてもさ、みんなと一緒に同じことをやるってのが大事かなーって思っててさ」
ディレイさんの言葉に、僕は心の中で手を叩いた。
たしかにそうだ。
鎧があってもなくても、鈴があってもなくても。
これまでディレイさんは、僕やノルン以外の人とほとんど関わろうとしてこなかった。
だからみんなディレイさんを気味悪がっていたし、ディレイさんがどういう人なのかもわからないままだった。
「この前言ったでしょ? 俺は臆病者で、エルルを見てたらもっとそう思ったって」
「それは……」
「正直、今でも怖いのは怖いんだけど……でもこれまで、エルルはずっと俺のためにいろいろやってくれた。だからこれからは、俺が頑張らないとだめだと思ったんだ」
やっぱり、違う。
ディレイさんはもう、ここに来たときと全然違う。
声も、雰囲気も。
その言葉から伝わる、温かさも。
「もちろん、みんなの前に出たせいでもっと怖がられて、追い出されちゃう可能性もあるんだろうけど……同じ追い出されるなら、やれることはやっておきたいんだ。どうかな?」
「も、もちろんいいですよっ!」
嬉しかった。
本当は、また涙が出るんじゃないかってくらいに嬉しかった。
うまく言葉にできないけど。
初めの頃、あんなに寂しそうだったディレイさんが、僕との時間で少しでも明るくなれたなら。
少しでも寂しくなくなって、また頑張れるようになったのなら。
そう考えるだけで、僕は自分の心が火の付いた暖炉みたいに温かくなるのを感じた。
「なら、まずはダンスについて教えてよ。ぶっちゃけ戦い以外のことはさっぱりでさー」
「わかりましたっ! 僕でよければ、なんでも!」
「助かるー! なら、よろしくね」
チリン。
そう言って差し出した僕の手を、熱くて大きな手の感触が包む。
正面から向き合って、手も取り合ってしまって。
思わず、顔が緩んで笑顔になった。
今の僕の顔は、さっきよりずっと真っ赤になっていたと思うけど。
今度はもう、隠したりはできなかった――。
