鎧を壊されたディレイさんの問題は、僕の予想以上だった。
「あの鎧と剣は特別なんだよー。あれはもともと、『ディレイの聖剣』を鍛冶屋で打ち直したものだからさー」
「聖剣を!? そういえば、ディレイさんも呪われる前は勇者だったって……」
この世界で勇者を名乗るには、世界中にある聖剣に選ばれる必要がある。
僕の聖剣リーナストーンはこのルーナ神聖領国の建国から伝わる特別な剣だけど、聖剣は他にも古代の遺跡やダンジョンの奥、小さな村の武器屋に雑に置かれてることもある。
昔のディレイさんが勇者だったってことは、彼もどこかで聖剣に選ばれて、その剣で魔族と戦ってたことになるんだ。
「じゃあ、あの呪いを防げるような力を持つ鎧は……」
「少なくとも、すぐに代わりを用意するのは無理だねー……エルルのリーナストーンを溶かして鎧になんてできないしー……」
これまで、ディレイさんがそこにいることを教えてくれた鎧はもう存在しない。
この事実は僕にとっても、ディレイさんにとっても……これまで、ディレイさんを不気味に思いつつも、表面上は普通に接してくれていたお城のみんなにとっても、大きな問題だった。
「これまであの男をここに置いておくことができたのは、呪いを封じるという鎧の存在を加味してのことでした。その鎧もなくなり、いつどこにいるのかもわからない人間に城内をうろつかれては気味が悪いと……他の者から懸念があがっております」
「そんなっ!」
「護衛としてあの男の人となりを多少なりともご存知の姫様と、他の者は違います。私としても心苦しいことではありますが……もしディレイ・ハーレンの存在を周囲に知らせる方法が他にないということであれば、城内の安全と士気を鑑み、やはり護衛の任を解くべきだと強く進言させていただきます」
「っ……」
ヴェルテウスさんの言い分はよくわかる。
だって、もし……。
もしディレイさんと初めて会った日の僕が、同じことを言われていたら。
きっと、間違いなく……『そんなやつは追い出せ』って言ったに違いないんだから――
――――――
――――
――
「えーっと……で、これは?」
「鈴ですっ! どやっ!」
ディレイさんの鎧問題が表面化してからすぐ。
部屋にディレイさんを呼んだ僕は、そこでノルンに頼んで集めた色んな形や大きさの鈴をテーブルの上に広げて見せた。
「いや、それは見ればわかるけど……って、もしかして!?」
「はいっ! この鈴をディレイさんにつけてもらえば、他のみんなにも鈴の音でディレイさんがどこにいるのかわかるんじゃないかなって思ったんです!」
「猫じゃん!?」
ふっふっふーん。
なんだかディレイさんは驚いてるけど、僕には結構自信があるんだ。
彼が身につけている物は全部見えなくなるけど、消えたわけじゃない。
僕のプレゼントした服は今も着てくれてるし、普通の鎧や剣を装備して戦うことだってできる。
「だからこの鈴の音が鳴ったら、近くにディレイさんがいる証拠です! これならみんなも安心ですね!」
「そ、そうなのかな……? 本当にこんなのでいける?」
「鈴でだめなら太鼓でもシンバルでも、もっと大きな音が鳴る楽器にしましょう!」
「それ別の意味で追い出されるよね!? ほんとに大丈夫!?」
多分、大丈夫だと思う。
というより、僕が『大丈夫にする』んだ。
だってヴェルテウスさんは、ディレイさんがどこにいるのかがわからないことが不気味だって言った。
なら音でディレイさんの存在を周りに伝えることができれば、そこについてはクリアできる。
なにか条件くらいは出される可能性があるけど、まずはディレイさんが僕の護衛騎士を続けられるように、話し合いの材料を作るのが大切なんだ。
「みんなが言ってることもわかるんです。僕は剣が使えるので、ディレイさんのことは気配でわかりますけど、みんなには無理でしょうし……」
「そういえば、たしかにエルルは俺が見えなくてもあんまり困ってなさそうだね」
「そんなの当たり前じゃないですか。だって僕たち、もう二ヶ月もずっと一緒に――」
「……」
二ヶ月。
ディレイさんと会ってから、もうそんなにたったんだ。
そう気づいたとき、驚くくらい一瞬のように感じた。
「……一つ、聞かせてもらっていい?」
思わず言葉が途切れた僕に、ディレイさんが切り出す。
けどそのディレイさんの声は、これまでに聞いたどんな彼の声よりも真剣だった。
「どうしてエルルは、俺にこんなによくしてくれるの?」
「どうしてって……」
「自分で言うのもなんだけど、俺はあの宰相さんが言うとおりの臆病者で卑怯者だよ。まだ魔族との戦いは続いてたのに、こんな体になったショックで逃げ出した……もし俺が逃げなければ、死ななくてすんだやつもいたかもしれない」
その声は、後悔でいっぱいだった。
あの謁見の間で同じことを話したときより、ずっとつらそうだった。
「ぶっちゃけ、エルルはマジですごいよ……自分でもビビってたこの体に触れてくれて、普通の人と同じように扱ってくれた。そんなエルルを見てたらさ……俺はなんて臆病だったんだろうって、もっと思うようになったんだ」
「そんな……! ディレイさんは臆病なんかじゃありません! だからあんな大怪我までして、大切な鎧や剣までなくして……! そんなディレイさんが、臆病者だなんて僕は思いません!」
もしディレイさんがいなかったら。
少なくともあの神殿の戦いで、僕は間違いなく死んでいた。
そのディレイさんが自分を臆病だと卑下する姿に、僕は我慢できなかった。
「そう……『だから』だよ」
「え……?」
「そんな風に言ってくれる君だから……絶対に守らなきゃって思った。もし俺が死んでも、エルルだけは必ず守らないといけないって、本気で思ったんだ」
わかる。
見えなくても、ちゃんとわかった。
目の前で椅子に座っているディレイさんが、僕の目をまっすぐに見つめているのが。
僕にはそこにいるディレイさんが見えているみたいに、はっきりわかったんだ。
「改めて言う……俺に君を、エルルを守らせてほしい。もしこの城から追い出されても、護衛騎士っていう肩書きがなくなっても……この先もずっと、俺はエルルを守りたい。それくらいのことを、俺はエルルからたくさんもらったよ」
息が、できなかった。
自分でも、どうして僕の体がこんなことになったのかわからなかった。
見えてなんていないのに。
目線なんて、あってるかどうかなんてわからないはずなのに。
はっきりと感じるディレイさんの想いの熱に射抜かれた僕は、呼吸することもできずに固まってしまったんだ。
「あ……う……その……僕……っ」
「……なんて、ちょっと真面目になりすぎたかな?」
「あ……っ」
自分でも、なにを言おうとしたのかはわからなかった。
僕が『なにか』を口にするよりも早く、ディレイさんはふっと緊張を解いて、テーブルの上に置かれたたくさんの鈴から、一つをひょいとつまみ上げた。
「へっへっへー、どうかなこれ? さっきはああ言ったけどさ、せっかくエルルが用意してくれたんだし、まずは五個くらいつけてみよっか? それとも、もっと多いほうがいい?」
チリン、チリン。
なにも見えない透明な場所から、楽しそうな鈴の音が響く。
きっと、そう言っているディレイさんは笑ってくれている。
僕を見ながら。
僕の持ってきた鈴を鳴らして、笑ってくれているんだと思う。
「えーっと……そう、ですね……あの、その……とっても、いい音だと思いますっ」
「あはは、さすがノルンが選んだだけあるって感じ? んじゃとりあえず、これで宰相様に相談してみよっか!」
「……はいっ!」
高鳴りっぱなしの胸を、手のひらで必死に押さえて。
目の前にあるはずのディレイさんの笑顔に、僕は精一杯の笑顔で応えた――。
