「教団の頭目と思われる男と、その側近の騎士は共に死亡。残る残党も全て廃墟付近にて我が軍によって捕縛いたしました。さすがはエルルーナ姫、鮮やかな討伐戦でございました」
「……」
あの戦いから一夜明けて。
お城に戻った僕は、状況確認を終えたヴェルテウスさんから説明を受けていた。
「これで、我が国の脅威となる組織は潰えました。民に向けても、エルルーナ姫が恐るべき邪教団を討伐したと、大々的に喧伝するとしましょう」
「……ディレイさんは」
「……?」
「ディレイさんの怪我は、どうなったんですか? 僕はなにもできなかった……あの影も黒い鎧の騎士も、倒したのはディレイさんです! それだけじゃない……ディレイさんは無理に飛び出した僕をかばって大怪我まで……!」
今、ここにディレイさんはいない。
僕の代わりに黒い光を受けたディレイさんは、鎧も剣も壊されて倒れた。
本当は、すぐにその場で手当したかった。
でも僕にはディレイさんがどんな怪我をしていて、どこに傷口があるのかもわからなくて。
とにかく周りで待機しているはずの、治癒術士を大声で呼ぶことしかできなかった。
「あの者のことなら心配には及びません。応急処置はもちろんのこと、ノルン様自らが治療に当たっていると聞いております」
「そうなんですね……よかったです……」
「たかが護衛騎士一人の負傷への対応としては破格と言えます。まあ、その身を挺して姫様をお守りしたことを考えれば、この程度はしてもよいでしょう……」
「そんな……! たかがなんて、そんなこと……」
その口ぶりに、僕は思わず声を荒げそうになる。
でも……我慢した。
ヴェルテウスさんがディレイさんを良く思っていなくても、ディレイさんのために治療を手配してくれたのは事実だし、宰相として間違ったことはしていない。
それにこんなときだからこそ、大切な仲間同士で言い争うなんて、絶対にしたくなかったから。
「もう一ついいですか? あのとき、ディレイさんが受けた力は魔法じゃありませんでした。もし捕まえたあの人たちの中にあの力を扱う人がいたら、僕にも教えてくれませんか!?」
「なるほど……承知致しました。取り調べの際には、留意するようにと申しつけておきましょう」
「ありがとうございます」
きっと……ううん。
間違いなく、僕が見たあの力は呪いだ。
たった数年だけど、僕は人とも魔族とも数え切れないくらい戦った。
その戦いの中で、あんな力は見たことがなかった。
あの力を使ったのがディレイさんを呪った犯人じゃなくても、呪いを使えるなら、呪いを解く手がかりも知ってるかもしれない。
「……それでは、私はこれで。今回の件については、後ほど改めて国王陛下立ち会いの下でご報告させていただきます。本日の公務は取り止めとしておりますので、どうか姫様もお体をお休めになりますよう……」
「わかりました……ありがとうございます、ヴェルテウスさん」
話を終えて、執務室から出て行くヴェルテウスさんを見送る。
だけど僕はじっとなんてしていられなくて、すぐに立ち上がって部屋から出た――
――――――
――――
――
「ふぅ……」
「ノルン! ディレイさんは!?」
ヴェルテウスさんとの会談を終えた僕が向かった先。
そこはディレイさんが治療を受けている魔術院で、ちょうど治療を終えたノルンが部屋から出てきたところみたいだった。
「怪我はちゃんと治せたと思うよー。あの子の意識もはっきりしてるし、もう元気に喋ってるよー」
「そう、なんですね……よかった……本当に……っ」
ノルンの答えに、全身の力が抜けて。
足が震えた僕は、そのままぺたんと尻餅をついてしまった。
「うんうんー……今回のことはいろいろ話したいこともあるんだけどー、まずはディレイに会ってあげてー。あの子、わたしが治してる間もずーっとエルルのこと心配してたんだよー?」
「ディレイさんが、僕を……?」
「そうだよー。だからさ……あとのことは、エルルにお願いするねー!」
そう言って、ノルンはひらひらと手を振って歩いていってしまった。
僕はその背中を呆然と見送ったあと、我に返って立ち上がる。
そこで一度深呼吸して……静かに三回、ディレイさんがいる部屋のドアをノックした。
「エルルーナです……入ってもいいですか?」
「おー? どうぞどうぞー」
返ってきたのは、いつもと同じどこか気の抜けたディレイさんの声。
その声を聞いた僕はやっと心の緊張が解けて、逸る心を抑えながら部屋の中に入った。
「あ……」
「ほい、おつかれー」
けど部屋に入った僕は、それ以上なにも言えなかった。
元気に響くディレイさんの声に、返事をすることもできなかった。
「怪我は大丈夫だった? 俺もさー、ノルンが気合い入れて治してくれたから、もう全然平気っぽいよ」
見えなかった。
僕が期待したディレイさんの姿は、どこにもなかった。
あるのは不自然な形に消えたベッドだけ。
ディレイさんの声はたしかに聞こえるのに。
ディレイさんの姿は、その部屋のどこにもなかった。
「ディレイさん……その……」
「んー……やっぱり、あの鎧がないと困るよね? けど俺の鎧はあいつらに吹っ飛ばされちゃったから、しばらくはこのままっぽくてさ……」
ディレイさんの沈んだ声に、僕はすぐに顔を上げてはっとなる。
なにをやってるんだ。
あの鎧がなくなって、誰よりもつらいのはディレイさんなのに。
ディレイさんはそれでもいつもどおりに、明るく僕に接してくれた。
なのに僕が悲観して、暗くなったり驚いたりしたら、どれだけディレイさんを傷つけることになるだろう。
「ごめんね……やっぱり、ずっとこのままってのはさすがに厳しいよね。もしエルルが嫌なら、俺は――」
「――嫌なわけないっ!」
だから、僕はそのまま部屋の奥に進んだ。
見えなくても。
ディレイさんがいるはずの場所に、少しでも近付くために。
「助けてくれて、ありがとうございました……っ。僕が無事だったのは、ディレイさんのおかげです……本当に、ありがとう……っ」
「エルル……」
自分でもわけがわからないまま、思わず視界が涙で滲んだ。
自分への不甲斐なさと、悔しさ。
ディレイさんへの感謝と、これまで一度も感じたことのない強い感情。
いろんな気持ちが胸の中で渦を巻いて、いったいどうするのが正しいのか、なにを言えば正解なのかもわからなくなっていた。
「手、取れますか……?」
「え?」
「もし、ディレイさんが嫌じゃなければ……」
気づいたら、涙目のまま手を伸ばしていた。
なにも見えない場所に向かって。
けどたしかに、そこにあるはずの場所に向かって。
見えなくても、応えてほしくて。
僕は、手を伸ばしていた。
「……これでいい?」
「はい……十分です……」
返ってきたのは、温かなぬくもり。
伸ばした僕の手はそのぬくもりに包まれて。
大きくて優しい手の感触を、はっきりと感じた。
考えないといけないことは、いくつもあった。
問題は解決するどころか、もっと悪くなったのかもしれない。
けど今の僕には。
きっと、ディレイさんにも。
今は、このぬくもりが必要なんだって。
僕たちはお互いの手を触れ合わせたまま。
なにも言わずに、しばらくそうしていた――。
