『さて……先の騎士どもよりは遊べるといいがな』
「来ます!」
「わーってる!」
黒い影が夜を飛ぶ。
ねじれた二振りのサーベルが月の光を受けてきらめいて、僕の首めがけて一直線に加速する。
「お前の相手は俺だ。姫様になにかあったら、俺の首まで飛んじゃうし」
『お前はそうでも、こちらはお前に用などない』
「なぬっ!?」
けど僕と影の間に割って入ったディレイさんを、今度はさらに横から別の人影が吹き飛ばす。
弾かれたディレイさんはごろごろと石畳の上を転がると、重い鎧なんて着てないみたいに片手を突いて跳ね起きる。
「大丈夫ですか!?」
「ちぃ……なんだこいつ? どっから出てきた!?」
『……』
『お前の相手はそいつだ。せいぜい遊んでもらうがいい』
飛び起きたディレイさんと僕の目に、黒い全身鎧の騎士の姿が映る。
騎士はなにも言わないまま、手に持った剣の切っ先をディレイさんに向けた。
『さあ、これでもう邪魔は入らん』
「それは……僕の台詞です!」
踏み込む。
僕の一歩で足元の石畳が蜘蛛の巣みたいに砕けて、弾け飛んだ石粒が宙を舞う。
巻き上げられた石粒を押しのけながら前へ。
そのまま目の前の影を、渾身の斬撃で横一文字に斬り抜ける。
『速く、鋭く、強い。噂に違わぬ力だ。だが――』
「躱した――!?」
『――私の敵ではない』
影の一撃は背後から。
僕は咄嗟に腰から鞘を引き抜いて側宙回転。
振り下ろされた影の斬撃を鞘で弾き、着地と同時に反対の手に持った聖剣で思いっきり斬り上げる。
『戦闘の感覚も天性か。さすがと言っておこう』
「貴方みたいな人に褒められたって、ちっとも嬉しくないです!」
僕の一撃で、影が着ているボロボロのローブが斜めに裂ける。
フードから見える顔には、月の光に照らされた白い仮面。
裂けたローブの下には、薄汚れた包帯でぐるぐる巻きにされた細い体が見えた。
「気をつけろエルル! こいつら妙だ!」
「はい!」
一瞬の均衡から、僕と影はほとんど同時に激突。
ディレイさんのほうも、黒い鎧の騎士とはほとんど互角。
もしここで僕が押されれば、一気に崩されかねない状況だった。
まさか、こんな強い人がまだいたなんて……!
「はぁああああああああああああああ――っ!」
『凄まじい剣気……これが魔王すら飲み込んだ勇者の剣か』
激しさを増す剣戟の渦。
僕の一撃は地面を砕いて、影の背後にある分厚い石の壁を真っ二つにする。
影の持つサーベルも少しずつ刃こぼれしていて、あと何度か撃ち合えば無理矢理叩き折ることもできそうだった。
『だが、ぬるいな』
「く――っ!」
けど数分にも満たない打ち合いのあと、追い詰められたのは僕のほうだった。
影の攻撃は正確に僕の急所を狙っていて、戦いが長引けば長引くほど、その攻撃は鋭く、速くなっていった。
『どうやら、お前は大きな勘違いをしているようだ』
「勘違いだって!?」
『そうだ……たしかに私は強いが、決してお前のように大魔王を倒せるほどではない。もし私が大魔王と戦えば、私はなにもできずに死ぬだろう』
言いながら、影は二振りのサーベルで挟み込むように僕の左右を捉える。
僕は即座に身を屈めて躱すと、その場で影の足首めがけて地面すれすれの回し蹴りを叩き込む。
『だが私はお前に勝てる。お前は全てが素直すぎる。クク……「哀れ」だな』
「なにが――っ!!」
けど影は僕の蹴りを飛び上がって回避。
しかも空中で身をひねった状態でサーベルを風車みたいに振り回し、蹴り出した僕の足に無視できないダメージを与えた。
「あぐっ……!」
『そうだろう? お前が倒せるのは魔王だけ。お前にできるのは魔王を倒すことだけだ。立派に国を治めることも、民を豊かにする方法も知らず、ただ姫や勇者という「お飾り」として振る舞うことしかできない……これを哀れと言わずなんという?』
「……っ」
心が揺れた。
今はそんなことを考えるときじゃない。
それはよくわかってた。
なのに目の前の影が発したその言葉は、僕の心と芯を深々と貫いていた。
『哀れと言えば、あの国王も同じか……このような不甲斐ない娘が世継ぎでは、病など治るはずもない』
「黙れ……! 僕は、僕は――っ!」
お父様のことを言われて、ついに目の前が真っ赤になった。
足を斬られた痛みも、他の傷の痛みも一瞬で吹き飛んでいた。
許せない。
こいつだけは、絶対に――!
「違う! 下がれ、エルル――!!」
「っ!?」
『もう遅い』
でもその瞬間。
飛び込んだ僕の目の前で、影がすっと後ろに引いた。
影が消えた先、怒りに我を忘れていた僕の視界に、『どす黒く輝く不気味な光』が放たれたのが見えた。
「あれは……!?」
違う、あの光は違う。
魔法じゃない。
魔族の使うブレスでもない。
初めて見る力の流れ、まるでディレイさんと二人で調べた――!
『終わりだ、姫勇者。永劫の闇に沈むがいい』
踏み込みすぎた。
怒りに身を任せて、普段よりもずっと強い力が出たのが裏目に出た。
加速する僕の体はもう止まらなくて。
迫る黒い光を避けることも、受けることもできない。
そう思った。
「エルル――ッ!!」
『なに!?』
でも僕は見た。
僕を呼ぶあの人の声に、振り向いた先。
その鎧から『黒い炎』を立ち上らせたディレイさんが、目の前の黒騎士を一太刀で両断するのを。
「うぉおおおおおおおおおおおおお――ッ!!」
信じられない加速で僕の位置を追い越して、僕をあれだけ追い詰めた影まで、ついでみたいに真っ二つにするのを見た。
『がぁ……っ!? ば、かな……――』
そして――
「間に、合った……かな……――」
「ディレイさんっ!!」
僕を庇うために前に出たディレイさんの姿が、黒い光に飲まれる。
光はディレイさんの鎧を簡単にひしゃげさせて、金属が砕けて潰れる嫌な音を響かせたあと――目も開けられないほどの閃光を発して、爆発した。
