「見えました。あそこで間違いありません」
深夜。
街の明りもほとんど消えて、頼りになるのは月と星の光だけ。
そんな暗闇の中を、灰色のローブをまとった僕とディレイさんは、遠くに見えてきた古い神殿の廃墟に向かって進んでいた。
「魔族の力を研究する『教団』ね……研究するのはいいけど、もっと世のため人のためになる研究をしてほしかったねぇ……」
「本当にその人たちがゴーレムまで操れるなら、絶対に放ってはおけません。必ずここで食い止めないと!」
暗い闇夜にうっすらと浮かぶ廃墟。
ここからは見えないけど、あの廃墟は僕たち以外にも大勢の兵士にぐるりと囲まれている。
けど他のみんなの役目は教団のメンバーを逃がさないこと。
実際に突入して、現場を制圧するのは僕とディレイさんの役目だった。
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「――以上が、この数日で私が調べ上げた教団の情報です。状況証拠の確度を鑑みて、彼らが実行犯である可能性は非常に高いと判断しております」
「すごい……たったあれだけの間に、ここまで証拠を集めるなんて」
時間は少し戻って、昨日の夜。
サレンさんに呼び出された僕とディレイさんは、早速ヴェルテウスさんの執務室で、ゴーレム事件の犯人についての説明を受けていた。
「ですが問題はここからです。実は本日未明、先んじて少数精鋭の特務騎士を教団の潜伏先に突入させました。しかし結果は失敗……部隊は全滅し、教団員の逃走を許しました」
「そんな……!?」
特務騎士は、この国でも指折りの剣の達人だけが任命される精鋭中の精鋭だ。そんなすごい人たちが、全滅しただなんて……。
「ご安心ください。作戦は失敗しましたが、教団員の動向は依然追跡できております。一度散り散りに逃走したあと、街外れの神殿廃墟で再集結するつもりのようです」
驚く僕と違って、ヴェルテウスさんの様子は冷静そのものだった。
本当に、怖いくらいに。
「ですが、この機を逃せば三度目はありません。そして特務が全滅した今、我が国に残された最高戦力は姫様……かの大魔王を打倒した勇者である、貴方様をおいて他にいないのです。どうか、我らにそのお力をお貸しいただけないでしょうか」
「そういうことだったんですね……」
ヴェルテウスさんの黒い瞳が、まっすぐに僕を射抜く。
一応言い方は『お願い』だけど、今の説明を聞く限り僕に選択の余地はなさそうだった。
「もちろんです。この国とみんなを守るためなら、いくらでも――!」
「あー……ちょっといいですか?」
けど僕が返事をするのと同時。
それまでずっと僕の後ろで黙っていたディレイさんが、片手を上げて口を開いた。
「なにか?」
「ほんとにエルル……あー……エルルーナ姫を戦場に出すんですか? たしかに姫は強いですけど……国王陛下はそのことについてご承知なのかと、少し気になりました」
ディレイさんの質問を聞いて、ヴェルテウスさんは一瞬だけ鼻で笑うような表情を作って……すぐにひっこめた、ように見えた。
「……実にいい質問です。呪い持ちとはいえ、以前貴方が見せた陛下と姫様への忠誠は本物のようですね」
「一応、護衛騎士ですから」
「では質問に答えましょう。まず陛下はこのことをご存知ではありません。陛下の容態は思わしくなく、余計な心労をおかけしないようにとの医師団の配慮でもあります」
そうだと思う。
ヴェルテウスさんの行動は、いつだって隙がない。
どこか疑問に思っても、ちゃんと説明されると『たしかに……』って最後には思ってるんだ。
「そしてもう一つ。エルルーナ様を戦場に出すことについてですが……私はこれも、我が国を守る最善の一手だと考えています。すでに貴重な精鋭である特務騎士を失った以上、犠牲を最小限にするためには、たとえ姫様であろうと、我が国が保有する最高戦力として扱う……それが国を預かる宰相としての、私の覚悟です」
「覚悟ね……」
説明を聞いて、ディレイさんは兜を二度三度と指先で叩く。
これまで何度も見た、ディレイさんが考え事をするときの癖だ。
「わかりました。なら俺も、護衛騎士として必ず姫を守ります。俺にだって、それくらいの覚悟はありますから」
「いいでしょう……そもそも貴方のような輩をこの場に同席させたのは、姫様を模擬戦とはいえ打ち倒した貴方の力を買ってのこと。その呪われた命を賭けてでも、必ずエルルーナ姫をお守りするように」
――――――
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――
結局、僕とディレイさんはヴェルテウスさんの言うとおり、二人で教団のメンバーが再集結するはずのこの神殿跡に乗り込むことになった。
作戦は単純だけど、逆に言えばもうあとがない。
もしここで僕たちが負けてしまえば、もうルーナ神聖領国は多くの犠牲を払ってでも、大軍をぶつけるしかなくなってしまう。
「ふぅ……なんとかここまで来ましたね」
「ん……」
神殿の外壁に背を突いて気配を探る。
逃げ出した教団員は十人以下って話だけど、少なくともここには、そんなに大勢の人の気配があるようには感じられなかった。
「……じゃ、まずは俺が」
「お願いします」
ディレイさんを先に、僕は彼の死角を援護する形で続く。
鞘から抜かれた僕の聖剣が月の光を反射して、蒼白く輝いていた。
「誰も、いない……?」
「――後ろだエルル!」
瞬間、ディレイさんの声が闇夜に響く。
けど僕はその声より一瞬早く反応、背後から迫る刃を聖剣で切り払う。
『……何者だ?』
刃と刃が軋み合う甲高い音が鳴って、竜巻みたいな黒い影が僕とディレイさんの頭上を舞う。
影はそのひと飛びで崩れた神殿の奥、祭壇のような場所に音もなく着地すると、ボロボロの布から突き出す、二刀一対のねじ曲がったサーベルをゆるりと構えた。
『いや、やはり答えなくていい……名乗らずとも、その剣を見ればわかる』
「この人が、ゴーレム事件の犯人……!?」
「悪いけど、さっさと終わりにして帰らせてもらうよ。早く寝たいからさ」
『ほう……その身に宿す邪気、もう一人は呪い持ちか。クク……面白い』
青く光る月を背にして、影がその両手を広げる。
『たとえ誰であろうと、我らの邪魔はさせん。あの魔王を相手取った「二人の勇者」の力……存分に楽しませてもらおうか』
くぐもった声が、崩れた祭壇に響く。
月光の下で枯れ枝のように伸びた細い腕とサーベルが、まるで悪魔の翼みたいに闇の中に漆黒を重ねた――。
