狙われた姫勇者は呪われた透明騎士をみつけたい


「魔法とも、技とも違う力。人も魔族も分け隔てなく行使できるが、その発動には相応の代償が必要となる。それが、呪い……」

 夕暮れの図書室。

 公務を早めに切り上げた僕は、早速ディレイさんと一緒に呪いについての本や文献を調べ始めていた。

「ここでわかる内容なら、ノルンに聞いたほうが早いんじゃないの?」

「そうだと思います。でもせめて、呪いについての初歩的な知識は自分で勉強しておこうと思って。そのほうが、ノルンの手間も省けるはずですしっ」

「ま、真面目すぎる……」

 ディレイさんがなにか言っているのが聞こえたけど、まずは呪いについての勉強が先。

 別件で留守にしてるノルンが置いていってくれた本をぺらぺらとめくって、僕はこれまで少しも知らなかった、呪いの力について興味深く読み進めていく。

「僕たち人間の世界にも、魔族の世界にも呪いはあるんですね……」

「んだね。しかも魔法と違って呪いには訓練とかいらないっぽいし」

「だけど魔法よりも成功率も低くて、その効果や威力にも大きな波がある……これだけ見ると、たしかに昔から伝わる祈りとか儀式とか、そういうものに近い感じがします」

 呪い。

 魔法よりもずっと前から僕たちの世界に存在した、最古の術。
 
 魔法よりも効果の幅が広い分、扱いははるかに難しい。
 効果の程度もまちまちで、発動してもなにも起きなかったりもする。

 実際に呪いを自在に操れた人は、長い歴史の中でも数えるくらいしかいない。

 使うだけなら誰にでも使えるけど、誰もまともには使えない。
 けどもし使いこなせれば、魔法よりもずっと大きな力がある。

 このあたりが、ぱっと見た僕の呪いへの印象だった。 

「でもディレイさんの呪いは、大魔王と戦っていたディレイさんに正確に命中した上に、一年以上もずっと効果を発揮し続けているんですよね……」

「そーいうこと。つまり俺を呪ったやつの『実力はガチ』だ。もし狙われれば、エルルもやられる可能性はマジであると思ってる。まあ、だから関わらせたくなったんだけど……」

「……」

 いつもはどこか冗談めかした口調のディレイさんだけど、その言葉は真剣そのもの。
 この前の夜、僕を冷たく突き放したときと同じ声だった。

「ありがとうございます……心配してくれて」

「あー……いや、それはほら……エルルまで呪われたりしたら、護衛の俺が……」

「僕はいいですよ? だってもし僕が呪いで透明になっても、僕にはディレイさんがいますから。そうですよね、先輩?」

「せ、先輩!?」

 言いながら、僕はディレイさんの兜をのぞき込むみたいにして笑ってやった。

 だって、実際に僕はそう思ってる。
 ディレイさんが虚無の呪いを受けたとき、ディレイさんは一人だった。

 だけどもし僕も呪われたら、透明人間は一人から二人になるわけで……そうしたら、今みたいに二人で『あーでもない、こーでもない』って、また一緒に悩んだりできるんだ。

「なので、僕のことなら心配無用です。もし僕まで透明になったら、そのときはまたいろいろ教えてください」

「はぁ……なんか最近の俺って、エルルに押されっぱなしな気がするわ……」

「ふふ、それはよかったです」

 ディレイさんは、ずっと一人で頑張ってきた。

 そのことを考えれば、もし僕が同じ目に遭っても一人じゃないって……そう思えることが、どれだけ心強いか。

 その気持ちを早く形にしてお返ししたくて、僕はまた別の本に手を伸ばした。

「――なにを、していらっしゃるのですか?」

 でもそのときだった。

 突然聞こえてきた声に、伸ばした僕の手がぴたりと止まる。
 僕とディレイさん、二人が同時に声のしたほうに目を向けると、そこには銀色の長い髪を三つ編みにした、白い執務服姿の女性が立っていた。

「貴方は……ヴェルテウスさんの……」

「宰相ヴェルテウスの秘書官、サレン・リーファです。エルルーナ様のお用事を妨げてしまい、申し訳ございませんでした」

 そう言って、現れた女性……サレンさんは、僕とディレイさんに完璧な所作で頭を下げた。

 これまで、僕はこのサレンさんと何度も顔を合わせてるし、彼女がヴェルテウスさんの秘書だってことももちろん知ってる。

 けど……彼女から僕に話しかけてきたのは、これが初めてだった。

「謝らないでください、少し勉強をしてただけなんです」

「勉強、ですか……」

 頭を上げたサレンさんは、僕たちから見て影になっている通路の奥からゆっくりと近付いてくる。

 そのまま目の前まできて……机の上に広げられている何冊もの本を、長いまつげが綺麗な切れ長の目で鋭く見つめた。

「承知しました。実は先ほどより、ヴェルテウス様がエルルーナ様をお捜しになっておいでです。私も主の命を受け、エルルーナ様を探していたところでした」

「ヴェルテウスさんが僕を? なんでしょう?」

 そんな必要なんてないはずなのに、サレンさんに見つめられると……とても緊張する。
 でもそんな気持ちを態度に出したら、サレンさんにすごく失礼だ。

 だから僕は一度深呼吸して、背筋をぴっと伸ばしてからサレンさんの言葉を待った。

「先日のゴーレムによる城下町襲撃に関して、実行犯の目星がつきました。その件について、エルルーナ様にお話があるとのこと」

「事件の犯人がわかったんですか!?」

「詳細は主よりお伝えします。またその際には、エルルーナ様の護衛騎士である、ディレイ・ハーレン様も必ず同行されるようにと……そう申しつけられております」