僕のお母様――ユーエルナ・ファルセイオンは、とても強い人だった。
なにがあっても慌てず、冷静で、いつだってみんなのことを考えてた。
僕にも優しくて、勉強や剣の稽古のときは、いつも様子を見に来てくれた。
お母様は平民の出身で、初めの頃はお城での生活にすごく苦労したらしい。
けどお母様の聡明さと優しさは、すぐにお城のみんなからも、国中のみんなからも愛されるようになった。
だけど――
「聞きましたよエルル。先日やってきたばかりの新しい剣の先生を、貴方が打ち負かしてしまったって」
「はい、おかあさまっ! エルルがかちましたー!」
「まあ! 剣がお上手なのはいいことだけど……ごほっ、ごほっ!」
「おかあさまっ!?」
お母様は、とても体が弱かった。
まるでお母様の深い優しさと聡明さが、その強さと引き換えに体から生きる力を奪っているみたいだった。
「いいですかエルル、よく聞きなさい」
「うぅ……」
「貴方の剣の才は、お父様から受け継いだもの……お父様は今も、ずっと遠くで私たちのため、この世界の人々のために戦っています。きっといつか、貴方もお父様の力になれるように……これからも、励むのですよ」
お母様に言われて、僕は頑張った。
毎日毎日、真っ暗になって剣が見えなくなっても、手のひらにまめができて、それが潰れて血まみれになっても、ひたすら剣を握り続けた。
間に合わないと思った。
このままじゃ、『お母様は間に合わない』と思ったんだ。
わかってた。
いくらまだ子供でも、僕も気づいてた。
本当は、お母様だってお父様に会いたいんだって。
何年も帰ってこないお父様と一緒に、家族みんなで暮らしたいんだって。
僕はわかってたんだ。
「つよくなるんだ……! 大魔王をたおして、わたしが戦いを終わらせるんだ! そうすれば、きっと――!」
そうすれば、きっとお父様も帰ってくる。
魔族との戦いが終われば、また家族みんなで一緒に暮らせる。
お母様だって、きっと元気になる。
まだ小さかった僕は、そう固く信じてた。
「お父様が……っ?」
けどそんな僕の願いは、『全然違う形』で叶うことになった。
戦場で大怪我をしたお父様は、一人では歩くこともできない体になって、僕とお母様のところに帰ってきた。
「会いたかったぞ、ユーエルナ、そしてエルルーナよ……長く国を留守にした挙げ句、このような姿で帰還した私を、許してくれ……」
真っ先に駆けつけた僕とお母様に、お父様は許してくれって。
とても辛そうで、痛々しい姿でそう呟いた。
勇者になった今の僕には、なんとなくわかる。
きっとあのとき、お父様は僕とお母様だけじゃなくて、今も戦場で戦っている大勢の仲間たちにも謝っていたんだ。
――――――
――――
――
お父様が戦えなくなって、お城に戻ってきてから一年と少し。
お母様は、ずっと傍で看病していたお父様の手を取りながら、静かに息を引き取った。
僕が夢見た、家族みんなで一緒に暮らす日々。
その夢が叶ったって言うには、一年は……あまりにも短かった。
「僕は――」
きっと僕は、間に合わなかった。
たった一年でも、僕たち家族は一緒に暮らすことができた。
お母様は、最後にお父様と一緒にいられた。
けど、僕は……。
大好きだったお母様は、もういない。
憧れだったお父様の笑顔を、僕はもうずっと見ていない。
自分のことを僕って呼ぶようになったのは、いつからだったかなんて覚えてない。
僕は強くなった。
その強さで大魔王を倒して、戦争だって終わらせたのに。
僕は、今も焦ってる。
今も見えない何かに怯えて、もっと頑張らないとだめだって。
自分でもよくわからないまま、そう思い続けている――
――――――
――――
――
「――僕が頑張る理由、ですか?」
「そうそう」
朝のお話を終えて、いつもどおり二人でお城の中を忙しく歩き回る。
その途中でディレイさんは、僕にそんなことを尋ねてきた。
「ぶっちゃけた話、エルルのこと甘く見てたわ……最初は模擬戦だってあんな感じだったし、強いけど危なっかしい子なのかなーって思ってたんだけど」
「むぅ……なんですかそれ。聞き捨てなりませんね……」
「だからごめんって! けど冗談抜きでさ、エルルがどうしてそんなに頑張ってて、この先どうしたいのかーとか、とにかくいろいろ気になってさー」
「……気になったんですか?」
「う、うん? まあ、そうですけども……」
ふーん。
僕のこと、気になったんだ……。
記憶どおりなら、ディレイさんにそんなことを言われたのは初めてだと思う。
なんだかちょっとだけ嬉しくなって、僕は急いで普段胸の奥にしまっているお母様のこと、お父様のことを心の中で広げて、眺めて、整理する――
「――理由はたくさんあります。でもその中で一番なのは、やっぱりお父様のことかなって思うんです」
「あー……そりゃそうだね……」
「お父様の体調が日に日に悪くなっているのは知ってます……だから僕が立派になって、早くお父様を安心させてあげないとって……今は、それが僕の一番の願いです」
きっと僕は、今も焦ってる。
願って。
そうすると決めて。
最後には、どこにも行き場のなくなった子供の頃の夢。
それがもう、二度と手に入らないものなのか。
もしかしたら、まだ急げば手に入るものなのかもわからないまま。
僕はずっと、一人で焦り続けてるんだ。
「うん……わかったよ。教えてくれてありがと」
「納得してくれたんですか?」
「立派すぎてちょっと引いたわ」
「ちょ……っ!? なんですかそれ!?」
立派だなんて、そんなことない。
僕はまだ、自分のこともみんなのこともなにも知らない。
こうしてディレイさんと当たり前みたいに話していることを、彼がここに来るまでは、誰ともしたことがなかったなんて。
そんなことにも、僕は気づいていなかったんだから――。
