「それで、ディレイさんに迷惑って言われちゃったんです……」
「よしよしー……エルルはほんとにいい子だよー。そんなに落ち込まないでー」
次の日の朝。
昨夜のことがあまりにも気まずかった僕は、ディレイさんを避けるようにノルンのいる図書室に駆け込んだ。
「それにエルルの話だと、どー考えても最初に話題を振ったディレイが悪いよー! だからエルルも励まそうとしたんだしさー!」
「それでも、僕がディレイさんの呪いを軽く見てたのは事実です……ディレイさんだって、呪いを解く方法は誰よりも調べてたはずです。それなのに、軽々しく呪いを解いてみせるなんて言ったから……」
ショックだった。
正直、僕が一番びっくりするくらいに凹んでる。
ディレイさんとの出会いは、たしかに最悪だったけど。
それから一カ月がたって、僕たちはとっても仲良くなったんだと思ってた。
また、僕は調子に乗ってたのかな……。
「でもあのディレイが、他人にそんなこと言うなんてねー……落ち込んでるエルルにはごめんだけどー、ちょっぴり羨ましいかもー……」
けどそんな僕を、ノルンはその丸いほっぺたを少しだけ染めて言った。
「羨ましいって……どうしてですか?」
「だってあの子さー。裏切られて呪われたときにだって、一度もわたしやブレイアスに向かって愚痴ったり、当たったりしなかったんだよー?」
「一度も……」
「うんうんー……わたしからすればさ、『どうして俺がこんな目に!』って、怒ってくれた方が楽だったのに。あの子、いっつも我慢ばっかりしてさー……」
ノルンの横顔は、とても寂しそうだった。
ディレイさんのことを話すときにだけ見せる、僕の知らないノルンの表情だった。
「そのディレイがさー、エルルにはそんなこと言ったんでしょー? しかも言ったあとに謝ったりしてさー……きっとわたしなんかより、エルルのほうがずっとディレイに近いところにいるんだろうなーって。ほら、今のディレイってかなりひねくれてるからさー」
「……」
そこまで言ってから、ノルンは思い出すように遠くを見て、『もしかしたらだけど』と前置きしてから、最後にこう教えてくれた。
「昔はディレイも、戦場で『勇者』って呼ばれてたんだー。だから勇者のエルルと自分を重ねて、余計に心配してるのかもねー……」
――――――
――――
――
知らなかった。
ディレイさんが、戦場で勇者と呼ばれるほどの剣士だったなんて。
たった今ノルンに聞かされるまで、僕にそんなすごい人がいたことを教えてくれた人は誰もいなかった。
『そんなこと言えないよー……そんなすごい勇者が、味方に撃たれて戦線離脱なんてさー……』
頭の中でノルンの言葉を思い出した僕は思わず拳を握り締め、奥歯を噛みしめながら歩く速度を速めた。
ディレイさんが呪われて戦場を離れたのは、僕が戦いに出るほんの数週間前だった。
お父様が戦えなくなってから、僕が戦えるようになるまでの数年間。
ずっと戦場を支えていたのはディレイさんだった。
それなのに。
『だから、ブレイアスはディレイに言ったんだよ。ディレイのことは、国の名誉にかけてちゃんと面倒見るって。ディレイはそれだけのことをしてくれたんだって。けど、あの子はそれも断って――』
どうしてディレイさんが、お父様の申し出を断ったのか。
今の僕なら、考えなくてもわかる。
信じていたものに裏切られて、でも恨むこともできなくて。
これまでの自分を否定されて、わけのわからない体にされて。
そんなときになにを言われたって、素直に受け入れられるわけない。
すごく、寂しかったって。
ディレイさん自身が、僕にそう教えてくれたんだから――
「おー、いたいた。今日は早いね、どっか行ってたの?」
どんどん早くなる歩みの先。
僕は自分の部屋の前で、会いたかった相手……灰色の鎧姿のディレイさんを見つけた。
そう、見つけた。
ディレイさんは朝から部屋を抜け出した僕を探してたみたいだけど、僕だってディレイさんを探してたんだ。
「あー……あのさ、昨日の夜のことなんだけど……さすがにどう考えても俺が悪いから、ちゃんと謝りたくて――」
「ディレイさん」
「は、はいっ?」
会うなり肩を落としてしょんぼりするディレイさんを、僕は有無を言わせない強い口調で黙らせた。
「呪い、解きましょう」
「うんうん……? うん!? ちょ……昨日そういうのはいらないって言ったよね!?」
予想どおり、僕の言葉にディレイさんは昨夜と同じことを口にした。
けど、僕はもう怯まない。
引き下がるつもりもない。
「僕のこと、心配ですか? ディレイさんに近付いた僕が、ディレイさんみたいに狙われるんじゃないかって……僕まで呪われるんじゃないかって、そう思ってるんですか?」
「うぐ……」
「だったらなおさら、二人で呪いを解く方法を探したほうがいいはずです。そうすれば僕が呪われても治せますし、犯人だって捕まえられる。だいたいそんな呪いを扱える相手を、野放しにしているほうが危険です。そうでしょう?」
嫌われたっていい。
迷惑でもいい。
こうすることで、ディレイさんが僕を憎んだってかまわない。
それでも、僕はディレイさんを呪いから自由にしてあげたい。
ディレイさんがどう思おうと。
僕は僕の『わがまま』で、こうするってもう決めたんだ。
「……ノルンからなんか聞いた? もう一回言うけど、同情ならいらないよ」
「なら僕もはっきり言います。僕にとって、ディレイさんはとっくに大切な人なんです。そんな人が困ってるのを、放ってなんておけません」
「うわ、勇者だ……」
「そうですけど、なにか?」
真っ暗な兜の、奥にあるはずの瞳。
今の僕にその眼差しは見えないけど、僕にはたしかに、この人の視線がまっすぐに僕の目を見つめているのがはっきりわかった。
「ぷ、ぷははっ。あー……だめだ、負け負け、俺の負けだよ! どっからどう考えても、君の言ってることのほうがちゃんとしてる。ほんと……エルルの言うとおりだ」
やがてディレイさんは、鎧を震わせて笑った。
僕に向かって両手を挙げて、降参したみたいに肩をすくめた。
「けどマジで無理はだめだよ? ただでさえエルルは忙しいんだから、手が空いたときに一緒に探してくれればそれでいいから」
「あ…………はいっ!」
ついにディレイさんからそう言われて、嬉しくなった僕は思わずディレイさんの手を取って握りしめた。
「やったー! これからもよろしくお願いしますね!」
「う、うん……っていうか、ちょっと喜びすぎじゃない? そ、そんなに!?」
「そんなにです! ありがとうございますっ!」
そのままぴょんぴょん飛び跳ねて、子供みたいに喜んで……それくらい、ディレイさんに受け入れてもらったことが嬉しかった。
「『ありがとう』は絶対に俺のほうだと思うんだけど……なんか、あー……いや、困ったな……」
握られた手を僕にブンブンされながら。
ディレイさんは照れたみたいに、小声でぶつぶつ呟いていた――。
