狙われた姫勇者は呪われた透明騎士をみつけたい


「怪しい人影……ですか?」

「うんうんー。エルルとディレイがあのゴーレムと戦ってるときに、ちらっとねー」

 城下町でのゴーレム出現から数日後。
 僕の部屋にやってきたノルンは、そう言って不思議そうに首を傾げた。

「しかも、肝心の『魔族の気配はなかった』からさー……それにわたしの結界ってー、外から入ってくるときに反応するから、もともと結界の内側にあるものには反応しないんだよねー……」

「じゃあ、あのゴーレムは最初から街の中にあったってことですか!? 魔族でもないなら、誰がそんな――!」

 言いかけた僕を、ノルンは自分の口元に指を当てて止めた。

「まーまー、まだなにも証拠はないし。とりあえずこういう感じだよーって、エルルも覚えておいてねー」

「……はい、わかりました」

 僕を止めたノルンの目は、ずっと部屋の隅で壁にもたれて黙ったままのディレイさんを見ていた。
 
 魔族じゃなくて。
 僕たちの街で自由に動き回れて。
 ゴーレムみたいな大がかりな兵器を、街中に隠すことができる。

 犯人は僕たちと同じ人間の可能性が高い。

 けどずっと人のために戦って、その人間に呪われたディレイさんにとっては、この推測はきっと気分のいい話じゃないはずだ。

「ただ、わたしもちょっと気になるんだよねー……」

「なにがですか?」

「大魔王の手紙ー。あれがお城に届いてからもう一カ月だよー? けどその間、特に魔族にはなんの動きもないし、エルルの身の回りにもなんにも起きてないでしょー?」

 そう言って、ノルンは杖を頭の上でくるくると回す。
 すると大魔王の手紙の映像が空中にぼんやり浮かんできて、ノルンはもう一度その手紙に目を通した。

「それは……どうなんでしょう。そもそも僕は、こんな手紙は最初から大魔王の負け惜しみだと思ってたんですけど」

「ぶっちゃけ、わたしもそう思ってたよー。だからあんまり気にしてなかったんだけどー、今回の件でちょっと気になったんだよねー……」

 ――――――
 ――――
 ――

「ま……人間なんてそんなもんだよ。特に、俺に言わせればさ」

 話の終わったノルンが退室したあと。
 ディレイさんはぽつりとそう呟いた。

「ディレイさんがそう思う気持ちはわかります。でも人には、いい人も悪い人もいますから……」

「大丈夫、そこは俺もわかってるって。前にも言ったとおり、俺は君の親父さんに救われてるからね。別に今さら、人間がダメだなんて思ったりしてないよ」

「なら、どうして……」

 もしかしたら、僕が踏み込んでいい領域じゃないのかもしれない。

 けど今のディレイさんは、まるで僕に聞いてほしいみたいにこの話を口にした。
 だから僕も、これまでディレイさんが僕にしてくれたみたいに、話を聞いてあげたかった。

「んー……俺にもよくわかんない、かな。恨んでも仕方ないし、俺には犯人捜しをする元気もないし。ただやっぱりこの呪いのことを考えると……寂しいのかも」

 寂しい。

 ディレイさんは、兜に覆われた頭を下に向けて言った。

「俺が戦って、魔族も大魔王も押し返して、それでみんなも喜んでくれてると思ってたんだよ。でも、そうじゃなかったのかなって……まあまあショックでさ」

「……ディレイさんは、その呪いをかけた相手の目星はついてるんですか?」

「全然。俺が呪いを食らったのは、おもいっきり大魔王とバトってるときだったからね。俺が見たのは、『自軍からぶっ放された』魔力でも技でもない呪いの黒い光だけ」

「自軍から……」

 そこまで聞いて、どうしてさっきノルンが僕を止めたのかがよくわかった。

 味方しかいないはずの、安全な場所。
 勇者の僕と、騎士のディレイさんが命をかけて守った、みんなの居場所。

 そんな場所から放たれた敵意に、ディレイさんは撃たれたんだ……。

「なら……僕がディレイさんを守ります」

「うん?」

「ディレイさんのこと、僕はもう友達だと思ってます。だからディレイさんが僕を守ってくれるように、これからは僕もディレイさんを守りたいんです」

 気づいたら、口に出していた。

 思わず拳を握り締めて、もしかしたら、少し怒ってもいたかもしれない。

 それくらい、ディレイさんの寂しさが許せなかった。
 どうしてディレイさんがこんな思いをしないといけないのか、我慢できなかった。

「あー……」

「だから今回のことが終わったら、今度は僕がディレイさんの呪いを解く方法を探します! お父様だって、きっと――!」 

「――いらないよ。そういうの」

 けど抑えきれずに飛び出した僕の気持ちは、その暗い兜の隙間を僕に向けたディレイさんの声に遮られた。

「え……?」

「嬉しいけどさ。そんな簡単に俺みたいなやつに入れ込まないほうがいい」

「ディレイさん……」

 まだディレイさんの話は続いていたけど。

 彼のその声には、『僕たちの距離はここまで』っていう、はっきりとした境界線が張られているのを感じた。

「俺はただの護衛で、君は立派な姫で勇者様だ。これまで、俺に色々してくれたことにはマジで感謝してる。けどだからって、俺の呪いを解くとか犯人を捜すとか……君にそこまでされるのは迷惑だ」

「っ……」
  
 拒絶だった。
 
 はっきりと告げられたディレイさんの言葉に。
 さっきまでとは違う気持ちで握り締められた拳を、僕はただ、震わせることしかできなかった。

「あー……っと、ごめん。ちょっと強く言いすぎた。先にこんな話をしたのは俺のほうだってのに……」

 言い切ったあとで、ディレイさんはバツが悪そうに兜に手を当てて、逃げるように僕に背を向けた。

「君のことが嫌いなわけじゃないんよ。ただ……これは俺の問題だから。ほんと、ごめんね……」

「あっ……」

『頭を冷やしてくる』
 
 そう言い残して、ディレイさんは部屋から出ていった。

 残された僕は一人。

 静かになった部屋で、ディレイさんが出て行ったドアをじっと見つめた――。