狙われた姫勇者は呪われた透明騎士をみつけたい


「助けてくれーー!」

「は、早く逃げろ! 踏み潰されちまうぞ!」

 突然の爆発と、響き渡る悲鳴。
 崩れる瓦礫と逃げ惑う人混みをかき分けた先――

「まーじか……」

「ご、ゴーレム……!? 『魔族の攻城兵器』が、どうしてこんなところに!?」

「なんでなんでなんでーっ!? こんなことが起きないように、今日一日かけてわたしの結界の点検までしたっていうのにー!」

 そこにいたのは、街の建物よりも大きな岩の化け物。
 僕たちがゴーレムって呼んでる、魔族が使う城攻め用の人型兵器だった。

「むふー! よーし、なら二人はあのお人形さんをおねがーい! わたしはここのみんなに守護の楯を張って、ついでに魔族の気配がないか探ってみるー!」

「わかりました!」

 どうしてゴーレムが街に現れたのかはわからない。
 疑問に思うことは山ほどある。

 けど僕が今やるべきことは、みんなを守ることだ!

「ここは僕がやります! みんなは早く――えっ!?」

 でも勢い良く飛び出したはずの僕の動きは、とても遅くて鈍かった。

 普段の僕なら、一歩目でゴーレムの目の前に飛び込めたはず。
 なのに僕の体はそのずっと手前、ちょうどゴーレムの攻撃範囲で勢いを失った。

 当たり前だ。
 だって今の僕は、重くて動きづらい鎧で姿を隠していたんだから。

『ゴオオオオオ!』

「しまっ――」

 瞬間、僕の体より大きなゴーレムの拳が目の前に迫った。
 意識も体も反応しているのに、鎧の重さと不自由な可動範囲のせいで、肝心の動きがついてこない。

 やられる――!

「いーや、やらせない」

 でも覚悟を決めて防御態勢を取った僕の体は、ふわりと浮いてすぐ隣の屋根の上に着地した。

「ディレイさん……っ」

「いくらエルルでも、さすがにその鎧でいきなり戦うのは無理だって。俺でもまともに動けるようになるまで、三カ月はかかったんだよ?」

 街を見下ろす屋根の上。

 狭い視界に僕を両手で抱きかかえるディレイさんと、その兜の奥に広がる真っ暗な闇が見えた。

「で、でも! 僕がやらなきゃみんなが――!」

「力みすぎ」

「あ……」 

 足元も覚束ない僕を優しく屋根に立たせると、ディレイさんは僕に背を向けて目の前のゴーレムに対峙した。

「こういうときのための護衛騎士()でしょ? だから……こいつは俺がやる」

 そう言って、僕の護衛騎士(ディレイさん)はゆっくりと腰の鞘から鈍色の長剣を抜いた――

 ――――――
 ――――
 ―― 

 夜。

 城下町に現れたゴーレムの襲撃を食い止めた僕たちは、お父様やヴェルテウスさんへの報告や調査を終えて、ようやく自分の部屋に戻ってきた。

「いやー、今日はほんと頑張ったわ。みんなも無事でよかったよかった」

「そうですね……そう思います」

 普段の騎士服姿でベッドに座った僕の少し向こう。
 鎧姿のディレイさんが、ふうと息をついて椅子に腰をおろす。

 ゴーレムは、ディレイさんが倒してくれた。
 模擬戦で僕に勝った実力は本物だった。

 僕はまともに動くこともできなかったのに、ディレイさんは鎧なんてないみたいな動きで、一瞬でゴーレムをバラバラに切り刻んでしまった。

 ノルンの魔法もあって、おかげで怪我人は一人もいなかった。
 崩れた建物も、すぐに修理のための人手を手配することになった。

「僕って、まだまだですね……」

「んー?」

 思わず、弱音が漏れた。

 もちろん不安もあったと思う。
 だってこれまで、魔族が僕たちの街に現れたことなんてなかったのに。

 僕への暗殺予告もそうだけど、もしかしたら魔族は、僕たちの知らない新しい戦い方を編み出したのかもしれない。でも――

「ディレイさんは、僕たち人間から受けた呪いに苦しんで、不自由をして……それでも、ちゃんと剣の修行を続けていました。それに比べて、僕は大魔王を倒しただけでいい気になって、これで平和になるんだって油断してて……」

「あー……」

 本当なら、伝えないといけないのは、こんな愚痴じゃないことはわかってた。
 だけど完全に予想外の魔族の襲撃に、僕の心はすっかり弱気になっていた。

 思わず、こんなことを大切な恩人に漏らしてしまうくらいに。
 
「んー……なんていうかなー……」

 けどディレイさんは、出会ってから今日までで一番っていうくらいにうんうん悩んで、自分の兜を指先でコンコン叩いたり、上を向いたり下を向いたり……たっぷり一分はそうしてから、ゆっくり口を開いた。

「俺は今のエルルの話、そこまで悪いことじゃないと思うんだよなー……」

「え……? なんでですか?」

「だってエルルはあのクソ強大魔王に勝って、ずっと続いた戦争を実際に止めてるし。言っとくけど、俺だって大魔王とは何回か戦ったことあるからね?」

「ええええっ!? そ、そうだったんですか!?」

 さらっと飛び出したその話に、僕は思わず身を乗り出して声を上げた。

「うん。だからエルルはマジで凄いよ。他の誰にもできなかったことをやったんだし、ちょっとくらいいい気になって、油断してもいいんじゃない?」

「で、でもそれじゃあみんなが……」

「ぬわー! だからさー!」

「はわっ!?」

 僕の言葉に、ディレイさんは椅子の上で手足を伸ばして、『もう駄目だー』って感じで天を仰いだ。

「エルルが油断してるなら、他のやつらがその分頑張ればいいんだって! 魔法はノルンが得意だし、街を上手く回すのはあの怖い宰相さんの専門。エルル一人でなんでも頑張る必要なんてないって」

「それは……」

「ついでに、エルルが『重い鎧のせいで動けないとき』にゴーレムを倒すのは俺の役目ってこと。だから安心して、もうちょっと肩の力抜いてみたら?」

 僕は、気を張りすぎている。
 あの模擬戦の日にも、同じことを言われた。

 たしかに僕が今日街で見たみんなはとても元気で、僕がいてもいなくても、忙しい毎日を一生懸命に生きていた。

「みんなを、頼る……」

「みんなだってさ、エルルに頼られたら嬉しいんじゃない? 姫様からお願いされたーなんて、俺だったら一生自慢しちゃうよ」

「うぅ、わかりました……」

 頼られたら、嬉しい。

 ディレイさんに言われて、僕はようやく心の緊張が少し緩んだのを感じた。
 僕だって……誰かから頼られて嬉しい気持ちは、よくわかるから。

「あと、その……今日は、ありがとうございました」

「なにが?」

「お出かけのことです。最後はあんなことになっちゃいましたけど、あんな風に誰にも気づかれずに街を散歩するなんて初めてで……少しだけ、楽しかったです」

 だから、今度こそ僕はちゃんとお礼を伝えた。
 
 ディレイさんは僕のことを考えて休ませてくれて、ゴーレムから助けてくれて、愚痴まで聞いてくれたんだから。

「ほっほーう? 少しだけねー?」

「あう……いえ、その……正直に言うと、かなり楽しかったかも……」

「ぷははっ! なら、また今度一緒に行こうよ。君の親父さんや、あの怖い宰相さんにみつからないように、たまにね」

「は、はいっ!」

 今日あったこと、思ったこと、感じたこと。
 全部まとめて言葉にするには、もう少し時間が必要だったけど。

 ディレイさんがくれた僕の透明な一日は。
 本当に、すごく楽しかった――。