歌う君に恋をした

第一章  取り戻したい
 体育祭当日。バスケの試合も見事一位を掴んだうち——恋乃葉らのクラス。
 ガヤガヤといい雰囲気が教室を包みこんでいる。
 うちの心も、ち(・)ょ(・)っ(・)と(・)違(・)う(・)意(・)味(・)でドキドキしていた。
 今日こそ、優くんに話しかけてみせる!
 そう、決意してきたんだ。
 付き合って半年が経過して、こんなことになるとは思いもしていなかった。
 好きな人ができたことさえ初めてなのに、ここまで発展してしまうなんて。
 きっかけは、優くんとの放課後に一緒に遊んだこと。
 こんなに心が惹かれたのは人生で、初めての感情もたくさんある。
 胸がギュウッと締めつけられるような抱きしめられるような感覚や、目元がジーンと温まるような感覚。
 体育祭が終わって、うちたち種目リーダーは競技器具の片付けをしないといけない。
 綱引きで使った縄を直しに、倉庫へやってきた。
 この匂い。昨日も嗅いだなあ。
「はあ」
 空模様は今日も晴天。
 今日が体育祭でよかったなあ。
 それなのに、どうしてため息なんか出るんだろう。
 知りたくないのに分かってしまう。
 刹那、横でドサッとかごが置かれる音がした。
 その横顔は、彼以外誰でもない。
「優くん⋯⋯」
 思わず名前をつぶやいてしまう。
 疲れてるのかな? 顔色が少し悪そうだけど。
「やっほー」
 ヒラッと手を振る優くんの正面からの顔。久しぶりに感じる。
「大丈夫? 顔が真っ青だよ?」
 いや、大丈夫じゃないよね?
「だ、大丈夫」
 ハッと思って、優くんのおでこに手を当てる。
 絶対に熱があると確信した。
「優くん、保健室行こ?」
 ここは蒸し蒸ししてるから居心地も悪い。
 無理矢理にでも手を引こうとすると。

 ギュウゥ。

 後ろから優くんがバックハグのように抱きついてきた。
 バランスを崩したのかなんなのかわかんないけど⋯⋯!
 後ろから両腕でだ決められるなんて、恥ずかしすぎるよ!
「優くん⋯⋯ッ?」
 熱なんかないのに、うちまで顔が熱くなる。
「⋯⋯行かないで、恋乃葉」
 弱々しく吠えるような優くんの声。
 耳に吐息まじりの声が差し込んでくる。
「どこにも行かないよ」
 うちは小さく囁いた。

第二章  謝罪
 夢でも見てるのかな? それとも、このうちに伝えようとして?
 わかんないけど、優くんはさみしく感じてたんだね。
 うちと同じ状態だったんだ。
「一緒に保健室に行こう」
 こくん、と頷いてくれる優くんにホッとする。
 ほおまで赤くなって。うちが言えることじゃないけど。

 あんまり仲良く話せてなかったと思ってたのは、うちも優くんも同じだった。
 気持ちが分かって安心はした。でも今は、体の調子が悪い優くんを心配してる。
 保健室の先生は出張に行ったらしく、ベッドで優くんのことを寝かした。
 濡らしたタオルをおでこに貼り付けて。
 寝顔もカッコいいなぁ。
 思わず見惚れてしまう。
 今は、うちしか顔を見てないもん。
 見ても見てもバレない。写真みたい。
 寝て少しでも体調が良くなったらいいんだけど。
 今日のバスケの試合での優くんは、いつもとは違うオーラを放っていた。
 スポーツをするときはあんな顔するんだって惚れ惚れして。
 うちだけ、必死に好きみたいでちょっとイヤになる。
 でも、この気持ちはホンモノだから、嘘はつきたくない。
「好きだよ、優くん」
 ボソッとつぶやく告白は、誰の耳にも届かない。
 パチパチと瞬く。
 思わず目を見開いた。
 優くんが、目を開けてこっちを見つめていた。
 えッ——?
「本当?」
 久しぶりに近くで聞いたような優くんの声はかすれていて。
 き、聞かれてたんだ⋯⋯。
「ほんと、だよ」
 ニコッと微笑む。
 すると、ゆっくりと身体を起こす優くん。
「体調悪いんだから、今は寝ておいた方が⋯⋯」
 言おうとした。けど、優くんの真っ直ぐな瞳に思わず息をのんだ。
「ごめん。さっき、倉庫で」
 顔が赤いのは、熱だけだからじゃないと思う。
 ハグしたこと⋯⋯だよね?
「ううん。仕方ないよ」
 うち、優くんとどんな風に話してたっけ。
 あいまいな記憶。

「おれも恋乃葉のことが好き」

 身体には触れようとしない優くんの瞳はさみしげ。
「多分、これからもずっと好き」
 うちまで発熱しちゃいそう。
「元気になったら、また遊びに来てね」
 うちがそう言うと、優くんは懸命な微笑を見せた。

第三章  好きでいさせて
 失恋したらしい。でもまだ好きらしい。
 そんな噂を、友達から聞いた。
 でも、うち——良菜はほんとのことを知っている。
 蓮くんは振られた夜の部屋で泣いたことも、友達も同じ人を好きで諦めていることも。
 うちが蓮くんにとってそんなことを知れる存在になったことは、とっても嬉しい。
 うちはそんな蓮くんが好き。
 林間学習の日に告白して振られても、まだ好き。
 諦めたくない気持ちが大きすぎて、振られてもそんなに辛くなかった。そういえば嘘になるけど。半分ほんと。
 ったく。この蓮くんを振るなんて、どんな度胸してるのよアイツ。
 でも、どうしても嫌いになれないような無邪気な女。

 ふう。と大きく息を吐いた。
 やっと終わった〜。
 体育祭の日まで日誌を書かせるなんて、狂ってるんじゃない?
 それに、よりにもよってうちが担当だなんて。
 担任退職もいいところよ。
 とまあ、いろいろ思いながら日誌を書き終わった。
 職員室に渡しに行って早く帰ろ。
 長い廊下をひとりでトボトボと歩く。
 体育祭はまあまあだった。
 勝てなかったから悔しくて、楽しいとか言ってる場合じゃなかった。
 あ、誰かがふたりで帰ってる。
 上の階から、校門をのぞき見。
 ——葵と誰?
 名前は知らないけど、付き合ったんだ。
 振った理由も、アイツなんだろうな。
 ドサッ。
 横の窓をジーッと見つめていたら、誰かに衝突してしまった。
 いったーい!
「蓮くん⋯⋯」
 顔を上げたとたん、うちは息をのんだ。
 ぶつかった相手——蓮くんの瞳はひどく虚ろ。
 光がかかっていない、虚無の世界を映し出すよう。
「あ、渡辺」
 ヤバい。会えるなんて思ってなくて身構えが全くできてない!

第四章  諦めない
 いっつも蓮くんとどんな風に話してたっけ?
 もうッ、わかんないよ!
「大丈夫?」
 最終的に出た言葉はそれだった。
 ぶつかったことは、もうどうでもいい。
「何が?」
 プイッと目をそらしてくる。
「目が死んでるよ」
 すると、蓮くんは口元を隠しながら吹き出す。
「死んでるって、直球だなあ」
 笑ってる。笑ってるけど、目が笑ってない。
「失恋したんでしょ」
 うちがこんなこと言っていいのか知らないけど。
「そう」
 あれ? ここで素の笑顔?
「悲しくないの?」
 さすがに深堀りしすぎた?
「悲しいよ」
 微笑してんのに。感情が読めない男だ。
「でも⋯⋯」
 何か言葉を紡ごうとしている蓮くんの横顔が正面に変わる。
「渡辺に話してたら気持ちが楽になる」
 まさかの発言に、耳を疑う。
「へえ」
 それしか返せる言葉がない。
 まずい。ちょっと浮かれてる自分がいる。
 慌てて目線をそらす。
「うちはまだ、諦めてないよ」
 目の下が真っ赤になってそう。
 キモかったよね。
「そうなんだ」
 それだけ? そりゃあ、困るよね。
「おれは、渡辺のことは友達として好きだよ」
 振られた? これは振られたってことなの?
 ガラスにヒビが刻まれるようななかなかなおりそうにない傷。
「でも、渡辺は他の女子とはちょっと違う気がする」
 えッ。
 顔を上げて蓮くんのことを見つめる。
 彼の顔は赤くない。
「ありがとう」
 その顔、いつか必ず赤くしてみせるんだから。
 覚悟してなさいよ、と、うちはほほえむ。
 蓮くんもしぶしぶ笑ったような反応が、窓から差し込む光が混じって橙が彩られた。

第五章  不安と変化
 体育祭の次の日。
 いつも通り、教室へやってくると。
 教室に入るためのとびらのひとつが、ある人たちで埋め尽くされていた。
 あの子たちは——!
 思わず目を丸くする。
 私、葵。三週間くらい前から、凪くんと付き合う女。
 あと、凪くんの正体を唯一知っている。そして、私のヒミツを唯一知っている彼。
 彼は、昨日の体育祭で大活躍したんだ。
 蓮くんとのアシストもすっごく輝いていた。
 それはとってもいいことで、体育祭でも優勝できたんだけど⋯⋯。
 バスケの試合を見ていた一年生の女の子五人くらいが、凪くんの虜になっちゃってるんだ。
 しかも、今学校に来てみれば、五人どころじゃなくなってる。
 もうひとつのとびらから教室に入って、凪くんの席を確認する。
 蓮くんと眉をひそめていた。
 一年生が教室に侵入しようとしているのを、優くんや学級委員が必死に止めている。
「あ、やっときた!」
 すると、恋乃葉が私の肩をガシッと掴むなり、ゆらゆらと揺らす。
「工藤と蓮が女子に大人気になってるの! 蓮は前からだけど、工藤の場合はファンが蓮の倍くらいいて⋯⋯!」
 蓮くんの倍ってことは、絶対にここにいる子たち以外にもたくさんファンがいるってこと?
 胸のザワザワがなおらないせいで、昨日もあまり眠れていない。
 なのに、状況は全く良くならない。
「みんな! 早く帰って!」
「蓮たちが困ってるだろッ!」
 学級委員やクラスのみんなが、一年生に必死に発する。
「昨日の先輩だ!」
「こっち向いてくださーい!」
 それでも、一年生はひるむ様子を見せていない。
「凪くん」
 勇気を持って、凪くんに朝から話しかける。
「おはよう」
 凪くんは私にスッとあいさつする。
「大丈夫?」
 問うと、凪くんは首を横に振る。
「けっこうまずい」
 そうだよね?
 人気者になる凪くんと地味な私。
 どんどんキョリがうまれる。

第六章  宣言
 その日は、ホームルームが始まってやっと一年生は退散した。
 と思ってたら、休み時間になると毎回教室へ走りこんで凪くんと蓮くんにファンサを求める人であふれる日々が続いた。
 それがきっかけで、ふたりは極力教室から出ないことが増えて。
 なんとかしてあげたいけど、私にできることはないし。
 そんなこんなで、一年生が興味を持って一週間。
 ある疑惑が発生してしまった。

 凪くんは誰かと付き合っている。

 どこからそんな噂ができたのか知らないけど、どうしてバレたんだろう。
 恋乃葉と優くんと蓮くんくらいしか知らないヒミツなのに。
 それには凪くんも驚いていた。
 あと、たくさんの女子が凪くんと蓮くんに告白され始めているらしく。
 私は不安で仕方なかった。
 凪くんのファンにはもちろんかわいい子がたくさんいる。
 凪くんがいつ私から心がわりするかなんかわかんないもん。
 私は別れたくない。
 相手がどう思ってるのかは分からないけど、私は叶うなら別れたくない。
「⋯⋯! 葵!」
 耳元で恋乃葉の叫ぶ声がして、ガバッと振り返る。
「ひええッ」
 と思わず声が出る。
 振り向くと、恋乃葉はほおを膨らませていて。
「やっと気づいた〜。じゃあ、うちはこれで!」
 ん? 状況が理解できないんだけど?
 はてなマークを浮かべている間に、恋乃葉はかばんを背負って帰っていった。
 あれ? もう放課後ッ?
 ボーッと考えてたら一日が終わってたみたい。
 一日って一瞬で終わっちゃうからこわ〜い。
 なんて思いながら、私ももう帰ろ。
 外は茜色に染まってる。
 言ってる間に、もうクリスマス。そして年末。
 一年ってほんとに早い。
「葵ッ!」
 ヒッ!
 教室を出た途端、聞こえた声に肩が震えた。
 今日は心臓が大忙しだ。
「凪くん——!」
 そこには、汗を流した凪くんの姿。
 教室まで戻ってきたの?
「一年生を撒いてきた」
 撒いてきたって言い方ッ。
 思わず笑ってしまう。
 呑気に笑ってるけど、凪くんたちにとっては一大事だよね。
「言いたいこと、言っていい?」
 すると、凪くんの表情は一気に真面目に変換された。
 もしかして、別れ——?
 でも、ちゃんと受け止めてあげないと、だよね。
 拳に力を込める。
 刹那、凪くんは正面から私のことを抱きしめた。
 ——えッ?
「今、一年生のこととかで大げさに言えないけど」
 凪くんの吐息が耳に残る。

「誰よりも葵のことが好きだし、葵はおれのことを好きでいてほしい」

 ——ッ! 別れじゃなかった。
「いつか、おれの曲を顔を見ながら聴いてほしい」
 聴きたい。ずっと夢だった。一心くんのライブ。
 私のための、ライブ。

「こんなおれを好きになってくれて、ありがとう」

 茜色に反射する凪くんの横顔は、とっても生き生きとしている。
 これは、凪くんが。一心くんが作った歌のひとつの歌詞——。