歌う君に恋をした

第一章  現実
 体育祭、前日。
 うち——恋乃葉は体育館倉庫で綱引きの縄を探していた。
 ついに明日は体育祭。今からずっとドキドキしてるんだ。
 せっかくなら優勝したいし、楽しみたいもん。
 サイッコーの思い出にしてやるんだから!
 メラメラと燃える心を、なんとか落ち着かせようとしてる。
 ⋯⋯⋯⋯あと。
 うちは今、誰にも明かしていないヒミツを胸に抱いていた。
 それは、優くんとのこと。
 林間学習の日から付き合い始めて、うちは優くんにたくさん救われた。
 数え始めたらキリがないほどに。
 もうすぐ付き合って半年になる。
 それもすっごく嬉しい。
 でも、そんなにうまくいくばっかりじゃないんだ。
 最近、優くんとあんまり話せてないんだ。
 同じ種目リーダーになったはいいものの、バスケの試合のチームを組んで以来、特に関係はよくならなかった。
 今だって、優くんは違う作業をしてるんだと思う。
 これって、嫉妬なのかな。それとも、溺愛しすぎてるとか?
 そんなの、向こうからしたらめいわくだよねッ?
 こんな気持ち、誰かに相談できるはずもなく。
 モヤモヤしたまま、体育祭が終わっちゃう。
 声をかけようにも、行動しようと思うと足が震えて。
 こんなネガティブなうちはいつから存在したのよ!
 優くん、もしかしてうちのことをもう好きじゃないのかな。だから全然話しかけてくれなくなったとか。
 ひええッ。そんなのイヤだ。
 遠くに感じるキョリ。どうやってより戻せばいいんだろう。

第二章  教室で
 凪と付き合ったんだってね——。
 何度ものこと言葉がリピートされる。
 私、内山葵。
 胸がザワザワして、何かであふれるような感覚。
「ご、ごめん」
 教室のとびらで立ち止まって、蓮くんのことを見つめる。
 蓮くんは日誌に顔を向けていて。
 目すら合わせてくれない。
「いや、謝ってほしいんじゃなくて」
 刹那、ガタッと席を立った蓮くん。
 前髪で瞳を伏せる蓮くんの表情は暗黙に包まれている。
「おめでとう」
 ブワッと涙が溢れた。
 蓮くんを前に、溜めてはのみこみ続けたごめんの涙。
「な、泣かないでよ」
 一方的。ほんとにサイテー。
「ハグしたいけど⋯⋯ダメだよね」
 蓮くんの方が辛いはずなのに。先に泣いちゃってる自分がイヤになる。
「これ以上一緒にいたら凪に怒られちゃうから、もう行きな?」
 蓮くんは突き放そうとしてるんじゃない。
「うん」
 制服の袖で涙を拭う。
 蓮くんは、友達の凪くんを心から大切に思ってるんだ。
 心残りはない。
 私は、静かに教室を出た。

第三章  涙を拭いて
 何事もなかった。大丈夫。フツーに話しかければいい。
 カクカクとひざを曲がらせながら、靴箱を出る。
 ためらわすに待っててくれた凪くん。
「お待たせ!」
 ひらひらと手を振る。
 おかえり、と微笑んでくれる凪くんの笑顔はホンモノ。
「目、赤くない?」
 グーッと、私の顔を覗く凪くん。
 泣いちゃったからだ。どうしよう。
「そ、そんなことないよ」
 誤魔化せるかな?
「嘘つき」
 放たれた言葉は私の胸を貫くほどの威力。
「でも、聞くつもりはないよ。帰ろ」
 そッと手を出す凪くんに、私は首を傾げそうになる。
 バレないように手汗を拭く。
 だ、大丈夫かな?
 ギュウッと握り合う手。
 でも、凪くんの手は私の手よりも一回り大きい。
 男の子だからだよね。
「内山ってさ」
 凪くんは空を見上げた。
 なんだろう。さっきとは違う理由で、胸がザワザワし始める。

「おれに隠してること、あるよね?」

 ジロッと見つめられる凪くんの瞳は凛々しくて、迷いがなくこっちを向いている。
 か、隠してること⋯⋯?
 覚えがあることが一番驚く。
 私は、「群青桜」という名でブイチューバーとして活動している。
 このヒミツは、家族しか知らない。
 いつバレたんだろう。
 拭いたはずの汗が再び流れる。
 なんて言えばいいんだろう。
「⋯⋯」
 思わず黙り込む。
 怒ってる、んだよね?
 顔を見られたくないから見れない。
「無理に言わなくていいけど、おれのヒミツは知ってるじゃん?」
 ぐうの音も出ない。
 凪くんは、顔を隠して「一心」として活動してるんだ。
 些細なことが理由でその正体を知ってしまった私は、善悪でわければ悪。
 自分の都合のいいようにヒミツを隠すなんて。

「確信を持ちたいだけだよ。内山は、群青桜?」

 ヒュッと息をのんだ。
 ば、バレてる。
 凪くんになら、明かしても大丈夫かな?
 まだ迷ってる。
 親友の恋乃葉にさえ言っていないヒミツ。

「そうだよ」

 後悔はないはず。
 冷たい風が、手と手の間をすり抜けていく。

第四章  当日
 次の日。ついに今日は体育祭!
 人生で二度目のはちまきをていねいに頭に巻いてきた。
 教室へ行くと、ほとんどの人がもう居ても立ってもいられない様子でいた。
 まず、凪くんの方へ視線がいく。
 蓮くんと仲睦まじい様子で話している様子が、なぜか痛々しい。
 蓮くんは、凪くんのことを憎んだりしないのかな。
 私は絶対に同情できないことだけど、気になって仕方ない。
 付き合ってることが正解なのか、たまにわからなくなる。
「内山、おはよー」
 席が隣の優くんがよお、と手を振る。
 今までは凪くんが隣だったから、まだ少し慣れないや。
「おはよう」
 そういえば。恋乃葉と優くんは今、どんな状況なんだろう。
 自分のことで精一杯になってたせいで、恋乃葉と全然話せてないんだ。
 瞬間、凪くんと目線がぶつかる。

 プイッ。

 ⋯⋯えッ?
 今、そらされた、よね?
 いつもなら、微笑んでくれるのに。
 凪くんのあんな冷たい視線、知らない。
 昨日流したはずのものが、また蓄積した。

 ついに、これから学年種目が始まる。
 不安と緊張がどんどん募っていく。
 勝てるかな。失敗しないといいな。
 みんなははしゃぎあって緊張をほぐしているように見える。
 当たり前のように隣にいてくれる恋乃葉の背中さえ、遠く感じてしまう。
 ピーッと、一年生試合終了の笛が鳴る。
「あ、次はおれたちだ」
 蓮くんがみんなに声をかけた。
 さすが。人気者はリーダーシップもある。
「行こうぜ、凪」
 隣にいた凪くんが強く頷く。
 ああ、と返事をして歩いてくふたり。
 ふたりの背中は、とっても大きくて。
「葵、どうしたの? 早く行こーよ!」
 恋乃葉が私の手を引いて小走りしてくれる。
「あ、うんッ」
 私、何ボーッとしてるんだろう。

第五章  活躍
 ピーッと試合開始の笛が鳴った。
 コートに入ってる人数は多いから、ほとんど私の役割はないけど。
 頑張ろうッ!
「蓮、パス!」
「おう!」
 チームメイトからパスをもらった蓮くんが、相手のリングに向かって走り出す。
「させるか!」
 相手のクラス、一組の男子のディフェンス!
 それにも動じず、蓮くんはディフェンスをドリブルで軽々かわして⋯⋯。
 パサッとポイントを入れた蓮くんに、歓声があがった。
「さすがー!」
「キャー! カッコいい〜!」
 あまりにも華麗な動きの彼に、私まで思わず見惚れてしまう。
 相手のボールになって、パスを出した女子。
 みんながその人に守りに行こうとしたとき──。
 風を操るように、凪くんがボールをカットした!
「凪ナイスゥ!」
 そして、大きくパスを出していく凪くん。
 見事、そのボールはゴールに入った!
「ナイシュー!」
 シュートをしたクラスメイトも、流れを持ってきた凪くんのアシストもすっごく滑らか。
 開始早々、ものすごいプレーが続いてる!

 試合時間が半分を過ぎたころ。
 相手を負けじと点数を稼いできてる。
 私なんか、数回パスを出しただけ。ほとんどなんにもできてない。
 蓮くんと凪くんのシュート数が減ってきてる。
 きっと、相手が徹底的にマークしてるんだと思う。
 どうにか流れを三組にしないといけない状況。
「パス!」
 あッ、恋乃葉にパスがいった!
 でも、すぐにディフェンスが恋乃葉の動きを遮ろうとする。
 必死にドリブルを刻む恋乃葉。
 きっと、何か企んでる動きだ。
 その瞬間、スリーポイントラインから、恋乃葉のシュートが放たれた。
 スパッ。
 わー! と歓声が止まない。
 恋乃葉の周りに、一軍集団が集まって肩を組み始める。
 恋乃葉のスリーポイントが決まった!
 これで、同点! 流れも一気につかんだ。

第六章  今までと同じ
 バスケ対決、全ての試合が終了。
 見事、あれからシュートを続けた三組のAチームが勝ちを握ったんだ!
 私はほとんど空気だったけど。
 蓮くん、凪くん、恋乃葉の活躍が大きかったと思う。
 さらに、Bチームの試合は優くんと大和くんが大きな柱となって勝ったんだ。
 すごいよねッ。三組が勝っちゃったよ!
 こんな私まで喜びたくなる。
 ⋯⋯それにしても。
 疲れた〜。
 実は、もう解散していい時間なんだ。
 実行委員は最後の仕事で、片付けをしてくれてるらしい。
 でも、足がなかなか動かないよ〜。
「内山、大丈夫そ?」
 ははっと笑いながら机に突伏する私の前に現れたのは──。
「凪くん」
 まさかの凪くんに、目を丸くする。
 朝は全く声をかけてくれなかったのに、突然?
 もしかして、朝のはただの偶然だったってこと?
 ゲホッとガラガラの声を無理矢理直そうとしても、全然なおりそうにないや。
「うん。大丈夫だよ」
 よかった、と微笑する凪くんに、思わずキュンとする。
「今日の凪くん、一段と輝いてたね」
「そう? ありがとう」
 強がってるふりだろうけど、ほんとは照れてるのバレバレだよ。
 ふふっ。見るだけで分かっちゃうもん。
「転校するまでは、バスケ部だったからかな」
 そうなんだ。それにしても、さすがだなあ。
「今日も、一緒に帰る?」
 手に持つ凪くんのはちまきが、窓から入ってくる風にかすかに揺れる。
「うん。帰る」
 よかった。ちょっと、気にしすぎたんだろうな。

第七章  まさかのモテ期
 靴箱を出たとき。
 毎回、同じ空が見える。
 今日はいつにも増して真っ青だ。

「あの!」

 靴箱を抜けた、外の空間にやってきたとたん、キレのいい声に思わず後ずさる。
 そこにいたのは、一年生⋯⋯かな?
 二年生では見ない顔だから。
「な、凪先輩ですよね?」
 五人くらいの固まり。興味は全部、凪くんに集まっているみたい?
 凪くんも首を傾げて。
「なんですか?」
 と一言。
 女の子たちは誰が言うやらあなたが言ってやらヒソヒソと話す仕草を見せたあと。
「あたしたち、凪先輩のファンなんですッ」
 と、ひとりの女の子が代表して言ったとき。
 凪くんは何を考えていたのかな。
「あの、どういう?」
 意味が理解できていない様子の凪くん。私も同じ。
「今日の体育祭のバスケの試合、観てたんです」
「凪先輩のプレーがカッコよくて⋯⋯!」
 もしかして、ライバル?
「はあ⋯⋯」
 無関心そうな凪くんの表情が見えると、とたんに安心してしまう。
 でも、胸がキューッと締めつけられるような痛みはなくならない。

「みんな、凪先輩のことが好きなんです!」

 不意に大きな声で、そして顔を赤らめる一年生。
 イヤだ。どうして私がこの話題に参加しないといけなかったの?
「急にそんなこと言われても困るんだけど」
 ポリポリと後頭部をかく凪くん。
 早くこの時間が終わってほしい。
「それにおれ⋯⋯」
「それはほんとにすみませんっ。でも、どうしても、こう——」
 凪くんの言葉を遮って、言葉を紡ぐ一年生。
 背中がゾワゾワと震える。

「あたしたちを意識してほしいんです!」

 ひとりの女の子が一番前に立った。
 意識ってそれ⋯⋯。薄々感じてたけど、やっぱりみんなは凪くんに一目惚れしたんだ。
「きょ、今日はそれだけ伝えたくて」
 ひとりの発言に、こくこくと頷くみんな。
「絶対に惚れさせますから! では!」
 瞬間、みんなは背中を見せて一斉に学校から出ていった。
 ポツンと立つことすら辛く感じる。
 無言。それから隣を立つ凪くんに話しかける勇気が出なかった。