歌う君に恋をした

第一章  ついに夏休み!
 七月の中盤。
 ついに、今日から夏休みなんだ!
 夏休みは、平日よりも長い時間の生配信ができるから、毎年楽しみにしてる期間なんだ。
 そう。私——葵は、ブイチューバー「群青桜」として活動もしている地味な女。
 このヒミツを知ってるのは、家族だけ。
 だって、みんなに明かしたら事件に巻き込まれたりする原因になっちゃうから。
 当たり前だけど、絶対に守りきらないといけないことなんだ。

 そして、私が一番待ち遠しく感じていること。
 それは、八月十日の夏祭り。
 といっても、ドキドキして仕方ない。こう言う方が正しいのかもしれない。
 私は、学年⋯⋯いや、学校一のモテ男子、蓮くんに告白された。
 未だに信じられないけど。
 返事は夏祭りでって約束しちゃったんだ。
 でも、返事はもう決まってる。
 ⋯⋯断ろうと思う。
 蓮くんはカッコよくて優しいけど、付き合うと私には似合わない気がするんだ。
 それに——。
 蓮くんのことを心の底から好きな人が、近くにいるから。

第二章  張り切りのお姉ちゃん
 そしてむかえた、八月十日。
 朝からずっと鏡を見つめていた。
 お祭り会場に六時に集合なのに、気が早すぎるよね。
「葵ー! ちょっと来てー!」
 お昼ご飯を食べ終わったころ。
 一階のお姉ちゃんに呼ばれて、階段を下りた。
 ⋯⋯ああ、やっぱり。
 部屋を離れるとき、毎回見てしまう。
 少し開いたカーテンから見える、隣の家のカーテン。
 隣の家には、今年から引っ越してきた工藤凪くんが暮らしている。
 凪くんは、実は顔を隠して活動している有名アーティストの「一心」くんなんだ。
 知ってしまったのは、ほんとに些細なこと。
 一心くんの正体を知るのは、私だけなんだと思う。
 一心くんの大ファンとして、凪くんのことは尊敬する人。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
 私と同じく鏡を見つめるお姉ちゃんに、首を傾げる。
「ふっふっふっ」
 お姉ちゃんの両手に握られているのは——。
「今回はお姉ちゃんが特別に、髪型を決めてあげるよ」
 おろすかひとつくくりにしか縁がない私に?
 でも、そんな柄じゃないし。
「葵は挑戦しないだけで、なんでも似合うんだから! 来年は、浴衣を着せてあげるね」
 さすがお姉ちゃん。女子力が高い。
「あ、ありがとう」
 別に、誰かに見せたいわけじゃないけど。
 気づいてくれるかな。

第三章  一番
 い、行ってきまーす。
 お姉ちゃんが、玄関まで見送ってくれた。
 ふわふわに巻かれた髪に、いつもより高い位地のポニーテール。
 歩くたびにふわふわ揺れて、私らしくない。
 でも、空が私の気分を晴らそうとしてくれてるみたい。
 お姉ちゃんも、せっかく結んでくれたんだ。せっかくだから、自分を認めてみようかな。
 そうだ。今日の動画、もう登校しておこう。
 歩くスピードを緩めて、スマホを取り出す。
「内山」
 刹那、駆け足で背後からやってきたのは。
「凪くん」
 つい、名前を呼んじゃった。
 一瞬でスマホを隠したつもりだけど、見られてないかな?
 凪くんも、気づいてなさそうだし⋯⋯。
 外で正体がバレるようなことは一切合切しないでおこうと決断。
 凪くんの今日の服装、当たり前だけど私服だ。
 Tシャツに長ズボンを履いた、ごくフツーの格好かもしれない。
 でも、今日の凪くんはいつもより一層カッコいい気がする。
 それに比べて私は⋯⋯。自分でもため息が出そう。
「今日、大瀬に告白の返事するんだよな?」
 し、知ってるの?
 こくりと頷く。
「テンションが低いのも、そのせい?」
「ええッ、そんなに低かったかな⋯⋯?」
 ため息もついてないはずなのに。
「見たらわかる」
 凪くんが隣を歩く。あの日の帰り道を思い出してしまう。
 無性に胸がザワザワして、ドキドキした。

第四章  気まずい
 約束の時間より五分ほど早く会場に到着した私と凪くん。
 それで、素直に蓮くんと良菜ちゃんがやってくるのを待っていたんだけど⋯⋯。
「ふたりとも来ないな」
 約束の時間を圧倒的に過ぎても、ふたりがやってくる様子はみじんもなかった。
「私、ふたりに連絡してみるね」
 どうしたんだろう。何か一大事じゃないといいんだけど。
 パッとスマホを開くと、また個人情報が一番に流れてきて、肝が座った。
 パパッと画面を閉じて、メールを開く。
『凪くんとはもう合流できたよ。大丈夫?』
 う〜ん。こんなのでいいかな?
 送信ボタンを押す。
 凪くん、画面見えてなかったよねッ?
 クルッと振り向くと、凪くんは左右を見渡してふたりの姿を探しているように見えた。
 よかった。見られてなかったみたい。
 ホッと肩をなで下ろす。
 少しキョリを詰めてしまえば、凪くんと肩がぶつかってしまう。
 でも、触れようとしたら動けなくて。
 離れたいわけじゃないけど、遠くに行ってほしくないって思ってしまう。
 この気持ちは、「好き」なのかな。
 まだ自分でも整理できていない感情が、脳裏をぐるぐるとループする。
 凪くんの背中は、想像以上に大きくて。
 あんな大きな背中に、いつか包まれてみたい。
 なーんて、気色悪いよね。
 拳に力を込めて、下を向く。
「⋯⋯大丈夫?」
 刹那、誰かの腕に身体を包み込まれた。
 えッ?
 顔を上げると、抱きついていたのは凪くんで。
 私の肩に顔を潜り込ませて顔を見せないようにしている。
 ハグ? と、突然?

第五章  片思いの予感
 凪くんの温もりを感じる。
 優しくて、颯爽とした凪くん。
「ねえねえ、ハグしてるよ」
「ええーッ。いいカップルだねー」
 すると、そんな会話が聞こえてきた。
 もしかして、私たちのこと?
 パパッとお互いに手を離す。
 ひええッ。私も自然と抱きしめてたッ。
「ごめん。変なことした」
 顔を手で覆い隠す凪くんの真っ赤な耳は隠されていない。
「う、うん」
 どうして抱きしめてくれたの?
 私の気持ちを分かってくれたの?
 凪くんは私のことを、どう思っているの?
「一旦、二手に分かれて探そうか」
「うんッ。そうしよ」
 はーあ。私のドキドキも、一向におさまる気配はない。
 ひとりになって、頭を冷やそう。
「見つけたら、連絡してね」
 そして、一度ひとりになる。
 自然と早足になる。
 早く未来を見つけたい。
 蓮くんも良菜ちゃんも、何事もなかったらいいな。
 
 ——私、凪くんのことを好きなのかも。

 いやいやッ、そんなの決めつけだし。
 でも、私自身が肯定しないと、誰が気持ちをわかってくれるの?
 一回、信じてみよう。
 意外に高い身長、男子と健気に話している容姿、そして、一心くんという存在の凪くんが好き。

第六章  まさかの展開
 十分ほど探し回ったけど、ふたりの姿は見つかる気配がない。
 言ってる間に、花火の時間になっちゃうよ。
 そのとき。
 プルルルッと鳴るスマホの着信音。
 凪くんからだ。
「も、もしもし。凪くん?」
『もしもし。ふたりと合流できたよ』
 ほんとに?!
「よかった! 今、どこにいるの?」
 ——瞬間。
 誰かに、スマホをヒョイッと手から離されてしまった。
 ヘッ?
 キョトンとしながら振り返る。
 そこには、顔も知らない赤の他人のはずの男子大学生ふたり組で。
 ふたりは、ニヤニヤと電話を切るボタンをおしてしまう。
 え、何この人たち。
 ゾワゾワッと背筋が凍る。
「君、かわいーねぇ」
 すると、ふたりは私の方を見るなり、私の肩に手を置いてキョリをゼロセンチにしてきた。
「僕たちと一緒に、花火観ない?」
 こここ、これ、もしかしてだけど⋯⋯。

 ナンパ?

 ナンパってかわいくて天然な子がされるんだよね?
 あれ? そうじゃなかったっけ?
「す、すみません。友達と来てて⋯⋯」
「えー。いいじゃん。ちょっとだけ、ねッ?」
 そう言っても、男性たちは拒んでくる。
 そして、静かに圧力を感じる。
 暴力とかは、さすがにないよね? 周りの人に見られちゃうもんね?
「も、もういいですか?」
 一刻も早く離れたい。
 凪くんたちとも合流しなきゃなのに。
「は? しつこいんだけど」
「悪いことはしてねーだろがよ」
 えッ、ええッ?
 突然、声音が変わった。
 この人、ためらいなく殴ってきそう。
 誰か。誰か助けを呼ばないと。
 でも、みんな予約してた人と意気投合してる。
 こんな私に声をかけられても、困られるよね。
「で? まだ行く気にならない?」
 ギロッと睨んでくる。断ったらどうなるんだろう。
 鳥肌が異常にたつ。
「え⋯⋯と、その⋯⋯」
 ヤバい。泣きそう。
 ——そのとき。

「おれの彼女に何してるんですか?」

 背後からの凛々しい声に、ガクッと肩が下がる。
 この声⋯⋯!
「凪くん」

第七章  確信
 い、今なんて言った?
 振り向くと、凪くんは男性をまっすぐ睨みつけていて。
「チッ。彼氏持ちかよ」
 刹那、男性はじれったくなったのか、そそくさと場を去っていった。
 そのときに、パッとスマホを投げられたのを、凪くんがさすがの反射神経でキャッチしてくれる。
 ドッと力が抜ける。
 た、助かった⋯⋯。
「内山、大丈夫?」
 凪くんの声は、紳士のように温かくて柔らかい。
「うん。ありがとう」
 冷や汗が流れる。
「ふたりともー!」
 聞き覚えのある声に、顔を上げた。
 そこには、人混みを抜けてくる蓮くんと良菜ちゃんの姿。
 ふ、ふたりが手を繋いでる——!
 つつつ、付き合ったってこと?
 いや、でも私の返事を待ってるんだよね?
 何かアクシデントがあったのかも!
「急に走ってくからびっくりしたわ」
 合流できてホッとしたのか、ははっと笑う蓮くん。
 良菜ちゃんはそっぽを向いてる。
 ふたりの手は、自然とほどかれてしまった。
「すまん」
 とだけ答える凪くんに、ちょっと笑いそうになる。
「ねえ、そろそろ花火始まるよ?」
 良菜ちゃんの言葉にハッとする。
 そうだ! 本命が始まっちゃう。
「近くの河川敷にでも行く? おれ、いい場所知ってる」
 河川敷かあ。なんだか、青春って感じ。
「行きたい!」
 少しずつ、削られた恐怖が消え去っていく。

 河川敷は、ここからだいたい五分くらいだった。
 屋台を見る時間がないよ〜!
「良菜ちゃん。どうして遅くなったの?」
 早足で歩きながら、隣を歩む良菜ちゃんに問う。
 すると、良菜ちゃんはみるみる顔を赤らめていって。
 蓮くんと何かあったのかな?
「それは、ふたりだけのないしょだよ。そうだよね?」
 凪くんと前を歩く蓮くんが振り返って、いじわるな顔で答えた。
 良菜ちゃん、ほおが真っ赤だ。
 かわいいなあ。
 何があったのかは気になるけど、良菜ちゃんが幸せならそれでいいかな。
 やっぱりお似合いだよ! 私より何倍も。
「合流できたと思ったら、凪が急に走り出すからビビったー」
「ごめんってー。内山とも合流できてよかったじゃん」
 蓮くんと凪くんの会話を盗み聞き。
 電話が急に切れたことを心配して、私のために走ってきてくれたのかな?
 いやいやッ、自意識過剰だよ。
 ひとりで首を横に振る。
 ひとつだけ、ずっとモヤモヤしてることがあるんだ。
 凪くんがどうして「彼女だ」ってウソをついたのか。
 きっと、その場を乗り切るための口実だったと思う。
 でも、本人の口から確認したい。
 心のどこかで何かを期待してる自分がいる。

第八章  もう一歩
 はっきりした。
 私は、凪くんのことが好き。
 理由はない。もう、全部好き。
 前ぶれはたくさんあったと思う。
 でも、自覚したのは今。
 我に戻ったときには、もう花火が始まる時間。
 私たちは、河川敷の土手に立つ。
 お祭り会場だと人が多すぎるから、ここが最善の場所だ。
 周りにも、同じことを考える人がたくさんいる。

 パーン。

 始まった! 大きな光が、夜の空に花を咲かす。
 遅れて聞こえてくる花火の音。
 目、夜、全部を光らせる。
「内山さん」
 そのとき。振り返ると蓮くんの少し暗い顔が見えた。
「返事、聞かせて」