歌う君に恋をした

第一章  グループをつくれ!
 先生が何やら話し終わったと思って、大きく息をつく。
 みんなは、先生の言葉に合わせてザワザワと立ち上がり始める。
 男女混合で、林間学習で一緒に行動する四人のグループをつくるから。
 ひええッ。コミュ症の私にそんな難しいことできないよ!
「葵、同じグループになろ!」
 グッドポーズをする恋乃葉に、私は手を合わせた。
「いいのッ?」
 もちろん、と頷く恋乃葉。
 私の救世主だ。
 恋乃葉でさえ、他の子とグループになるのかと思ってた。
「あと、男子とも組まないとダメだよね⋯⋯」
 う〜ん。これは至難の業だ。
 陽キャの恋乃葉に頼みこんじゃおうかな?
 なーんて、片言は言ってられない!

「内山さん。同じグループにならない?」

 すると、そこに現れたのは、まさかの蓮くん!
 となりには優くんもいる。
「わッ、私?」
 こんな地味な人と同じグループでいいんですかッ?
 蓮くんと同じグループになりたい人なんか、見渡せば何人もいるのに。
 でも、蓮くんはこくりと頷く。
「内山さんがいいんだ」
 スルッと、そんな言葉まで放ってしまうなんて。
 どうして蓮くんは、そんなに優しいんだろう。
「お、お願いします」
 どこかぎこちない態度の自分がイヤになる。
 嬉しいはずなのに、どこか寂しいような気がして。
「じゃあ、この四人で確定でいいかな?」
 恋乃葉の言葉に、みんなが頷いた。

第二章  当日
 それから迎えた、林間学習当日。
 一日目は、二時間の間バスに乗って、近くの湖でお弁当を食べて、午後からはオリエンテーリングをするらしい。
 さらに、夜はカレーライスを作って、最後はキャンプファイヤーまで行う。
 ここまできたら、旅行みたい。
 力もコミュニケーション力もない私には、無縁なことばっかり計画されている。

「みんな、本当にすまない!」
 大型バスを前に、みんながグチグチと言っている理由は、
「バスの座席を決め忘れたって、さすが新任だな」
「やっぱり新任は好きじゃないな〜」
 と、周りから聞こえることそのまんまで。
 グループでかたまって座るはずの座席を決め忘れていたから。
 バスは普通のバスと同じで、左右にふたりが隣り合わせで座るようなつくり。
 グループで分かれて座って、と先生はもうあきらめ気味。
 ま、まあ、みんなもそんなに言う必要はないと思うけど。
「女子と男子で分かれたらいいよねー?」
 うんうん、と強く頷く。
「おれ、恋乃葉の隣がいいんだけどー、ダメ?」
 すると、頷いたのはまさかの私だけで。
 小さく挙手する蓮くんと優くん。
「おれも。よかったら内山さんの隣がいい」
 れ、蓮くんがそんなことを言って、無性に胸がザワザワする。
「うちはいいけどー、葵は?」
 恋乃葉は私のことを一番理解してくれてる。
 男子と関わるのは得意じゃないことを悟って、わざわざ確認を取ってくれてる。
 でも、ここで断ったら空気を悪くしちゃうよね⋯⋯?
「せっかく言ってくれたし、蓮くんの隣がいいな」
 ニコッと微笑む。
 そう? と恋乃葉は最後まで心配してくれたけど。
 仲良くなれるチャンスかもしれない。
 私なりに、頑張ってみようかな。

第三章  ここだけの話
 数センチ先には、大きなカベに阻まれているような緊張が走る。
 れれれ、蓮くんが隣の席なんて、ほんとに女子を敵にしちゃいそう。
 的にならないといいけど⋯⋯。
「おれ、群青桜さんのことが大好きなんだ」
 と、唐突な話題に息をのんだ。
 そ、それ、私です。なんて言えないけど。
 ファン⋯⋯ってことだよね?
 素直に、すっごく嬉しい。
「そうなんだ」
 いい人だよね、とかわかんないし!
 相づちをうつことしかできない。
「——内山さんって、群青桜さんに似てると思うんだ」
 に、似てる? 容姿がってこと?
 それか、まさか正体がバレてるの?
 焦りと緊張で、冷や汗が流れそう。
「⋯⋯声とか」
 声?! だいぶ変えてるつもりなんだけど!
「内山さんって、群青桜さんなの?」
 もう、分かって聞いてるでしょ。
 蓮くんは、真面目げに微笑んでいて。
 答えないといけない⋯⋯のかな?
 でも、家族以外誰にも言ってないことだし、万が一のことを考えるとやっぱり言いたくないし——。
「ウソウソ! 冗談だよ」
 あははッと吹き出す蓮くん。
 まさか、おちょくってた?
 ムスッとすると。
「でも、似てるって言ったのは本当」
 じゃあ、どこが偽りなのよ!
 私まで失笑した。
「内山さんって、かわいいね」
 ⋯⋯ヘッ?
 それは、話が変わってくるよ?
「この地味な私のどこがかわいいの?」
 この質問⋯⋯メンヘラみたいじゃない?
 正解が分かんなくなってきたッ。
「全部」
 ためらいのない、予想外の回答。
「へ、へええ」
 まずい。恥ずかしさを隠しきれない。
「ありがとう」
 こッ、ここは素直に受け取ろう!
 ちゃんと話せたと思ったら。
「⋯⋯うん」
 今度は、蓮くんが私から目線を外した。

第四章  青春の時間
 それから、オリエンテーリングを終えて、キャンプファイヤーも終えた。
 時刻は八時。クラスで順番に銭湯につかってあがってきた。
 ずっと外にいて身体が冷えていたから、スッキリ!
「もう一日が終わっちゃうって! 早すぎー」
 恋乃葉はふう、と大きく息をつきながら言う。
 私にとっては、もうクッタクタなんですけど!
 普段から運動してないから、こういうことになるんだろうなあ。
「恋乃葉。ちょうどよかった!」
 刹那、階段を上がってきた優くんとばったり。
 いつもはおろしている前髪がかきあげられていて、雰囲気さえ違って見える。
 おとぎ話からでてきた勇者みたい。
「どうしたの?」
 返事をする恋乃葉の声は、いつもより少し高い気がする。
「ちょっと、こっち来てくんね?」
 ひょいひょい、と手を振る優くんの顔は、少し赤らんでいて。
 も、もしかして!
 ビビッときた。
 私はここにいたらダメだ。ええっと⋯⋯。
「あッ、私トイレに行きたくなってきた!先に行ってるね!」
 じゃあねッ、と手を振る。
 きっと、この展開は——。
 すれ違う時に目が合った優くんは、驚いているような感謝をするような、そんな瞳をしていた。
 ——告白、するんだろうな。
 すごいなあ。勇気あるなあ。
 私に好きな人は、いないけど。
 あッ、恋乃葉は優くんのことどう思ってるんだろ。
 聞いとくの忘れた〜!
 どんどん遅くなる足どり。
「あ」
 男子の部屋を通り過ぎた先が、女子の部屋なんだけど。
 部屋の前の廊下の窓にひじをついて外を見る男子がいた。
「あ⋯⋯、内山、だよな?」
「そうだよ」
 そこにいたのは、私の隣の席の凪くんで。
 今絶対、名前思い出すのに必死だったでしょ?
 凪くんも髪、かき上げてる。
 ——カッコいい、かも。
「見る?」
 凪くんが指さしたのは、窓の下。
 何かあるのかな?
 そのやんわりとした微笑は、とっても優しくて。
 不思議に思いながら、凪くんの隣に並んで外を覗いてみる。
 そして、好奇心で窓の下を覗いてみる。

「よかったら、付き合ってほしいの」

 なんて、女子の声が聞こえて、バッと下を見た。
 なんと、蓮くんが他クラスの女子に告白されていて。
 蓮くん⋯⋯。
 やっぱり、モテるんだなあ。カッコいいもんね。
 ジーッと、上からふたりを見つめた。
 蓮くん、オーケーするのかな⋯⋯。
 胸がザワザワし始める。

「ごめん。好きな人がいるから、付き合えない」

第五章  胸のザワザワ
 振られちゃってる⋯⋯⋯⋯。
 瞬間、身体の力が抜けた気がして、脱力。
「よかったね」
 すると、凪くんが私の方を見つめながら言った。
「どうしてそんなこと言うの?」
 ドキッと胸が痛むような、針が刺されて続けるような痛さ。
「好きなんでしょ? 大瀬のこと」
 ⋯⋯ッ。
 確かに、蓮くんはカッコよくて面倒みがよくて優しい。
 けど⋯⋯——。
 好き、とは果てしなく遠い気がするのも事実なんだ。
 私にはもったいないというか。
 
「取られちゃうって恐れたら、それは紛れもなく好きっていう存在なんだと思うよ」

 なんだっけ。

「好きな人ができるって、とっても幸せなことだよね」

 凪くんは、そう優しく囁いた。
 やっとわかって、ハッと息をのむ。
「それ、一心くんの⋯⋯!」
 ふふっと凪くんは笑う。
「知られちゃってるなら、いいかなーと」
 優しいな、凪くん。
 一心くんのファンだって知ってくれて。
 私のために言ってくれたような歌詞。
 ドキドキ、ドキドキ——。
 違和感を感じて、自分の心臓に手を当ててみる。
 これまでにないくらい、胸がドキドキと脈を打っていた。
 どうして? 凪くんと話してるだけなのに。
「自分が世の中に知られるまで、おれは自分の存在意義が全然分からなかったなあ」
 凪くんは、遠い目をした。
 この言葉は、一心くんの歌詞には存在しない。
 もし、凪くんが私の本当の姿を知ったら、どんな顔をするかな。
 知りたいけど、知ったら私が終わる。そんな気がして辛い。
「ありがとう、凪くん」
 いいよ、と凪くんは微笑んで部屋に戻っていった。
 誰もいない廊下に、私の鼓動だけが響く。
 この気持ち。どうしたらいいんだろう。

第六章  爆誕
 部屋に戻ってきて、明日の準備中。
 最後に戻ってきたのは恋乃葉。
 お、帰ってきた。
 あ(・)の(・)こ(・)と(・)を知ってるのは私だけ。
「恋乃葉。優くんと何してたの?」
 恋乃葉は、顔が真っ赤に染まっていて。
 あれれー? これはまさか?
「告白された⋯⋯」
 ぴ、と恋乃葉のほおに触れてみる。
 恋乃葉のほお、やかん?
「で?」
 イヤーな返し方。
 私が待ってる返事は、ひとつだけ。

「付き合った」

 フー!
 恋愛となぜか無縁だった恋乃葉にも、ついに春がきた!
「おめでとう!」
 ハッ。つい声が大きくなってしまった。
「なになに? 恋乃葉ちゃん、何かあったの?」
 私の声のせいで、部屋のみんなが寄ってきちゃった!
 悪いことした?
「顔、めっちゃ赤いよ?」
「もしかして⋯⋯!」
 ひええッ。さすがみんな。察するのが早いッ。
「ウソッ。誰に告られたの?」
 チラッ、チラッと女子のみんなと恋乃葉を交互に見る。
 わあ。恋乃葉の顔、カニみたいに真っ赤だ。
「優くんと付き合ったの」
 キャー! とみんなが拍手喝采。
 言っちゃってよかったんだ。
 まあ、ふたりとも陽キャだからいずれは知られちゃうことだったと思うけど。
「おめでとう!」
「いいなあー。モテモテじゃん!」
 誰かと付き合うなんか、私には考えられないや。
 そういう、誰かと意思疎通は向いてない。

第七章  ライバル
 次の日。
 あれやこれやで、もうバスに乗ろうとしていたころ。
 バスが到着する時間が、本来の予定より少し遅れるらしい。
 てことでヒマなので、みんな友達と話し始めていた。
 さらに、恋乃葉は優くんと何やら仲睦まじい様子。
 私は、ボーッと空を眺めていた。
「⋯⋯ねえ!」
 近くで女子の声がして、ビクッと身体が跳ねた。
 キョロキョロするまでもなく、目の前にはひとりの女の子が鬼の形相でこちらを見ていた。
「どうして無視するの?」
 しかも、その子は「ザ陽キャ」の渡辺良菜ちゃんで。
 ひええッ。私、何かしたっけ?!
「ご、ごめんなさい。私に話しかけてるとは思わなくて」
 だって、存在感が空気な私に話しかけてくれる人はごく一部。
「何、そのヒロインみたいな感じ」
 えッ。そんなに言われちゃう?
「とにかく! 以降、蓮くんと馴れ馴れしく話すのはやめて!」
 ビシッと、良菜ちゃんの人差し指が私の顔に向けられる。
 や、やっぱり近すぎたよねッ?
 自分でも自覚してました。すみませんでしたぁー!
 日差しにまでさされるような緊張。
「もしかして良菜ちゃん、蓮くんのことを?」
 ハッ、まずい。心の声がもれてしまった。
 刹那、良菜ちゃんは極度にほおを火照らせて。
「そうよ」