第一章 バーチャルユーチューバー
今日は疲れたから、フリートークデーに変更しよっかな。
自力で買った三脚に、スマホをセット。
時刻は午後四時。いつもより早い開始だ。
生配信は、普段は一時間くらい。
このスイッチを押して⋯⋯。
ここからは、もうひとりの私なんだ。
私──葵は、学校ではチョー地味なクラス名メイト。
動画の中では、フォロワー七十万人超えの凄腕バーチャルユーチューバー!
もちろん、このことを知ってる子はひとりもいない。
唯一、家族だけが知ってる事実なの。
動画の中では、「群青桜」という偽名で存在してる私。
そうこうしてる間に、もう十人くらいの人が生配信に参加してくれた。
『今日も待ってました!』
『今日はいつもより早いね!』
他にもたくさんのコメントが、画面を埋め尽くそうとする。
「みんな〜! 今日もたくさん話そうね〜!」
クラスのみんなにバレないように、声はかなり高くしてるんだ。
いわゆる、ぶりっこってやつ。
でも、ぶりっこにもいい人はたくさんいる!
少なくとも、私はそうでありたいって思う。
『なんの話するの〜?』
『桜ちゃん、今日もかわいいッ!』
こんな些細なコメントも、私の宝物なんだ。
実際の私は、全然かわいくないんだけどね。
少し申し訳ない気持ちもあるけど、こればっかりは仕方ない。
五時を過ぎて。今日の配信は終了。
今日も楽しかった〜。
この配信を初めて、早くも二年目。
中学生一年生になって出来心で始めたこの趣味が、こんなにも壮大になるなんて、思いもしなかったなあ。
「君と出会えてよかったって思わせてくれて、ありがとう」
またもや、お隣さんから聞こえた声は歌声で。
えッ、この歌声って⋯⋯。
お隣さんには、今日から転校してきた工藤凪という人が住んでいるらしく。
それに、生配信をする前に見たのあのギターも、この歌を歌っている一心くんと同じもの。
不本意だけど、私は部屋のまどからお隣さんの二階の部屋を覗いた。
そこに、ちょうど窓と窓が重なっているから、相手がカーテンを開けていれば見ることができちゃうんだ。
「君と過ごす毎日は、宝石のように輝き続けているよ」
この歌詞はやっぱり、一心くんのヒット曲──「青いあの人」と一致する。
「⋯⋯!」
奇跡的に、凪くんの部屋のまどがかすかに開いていて、そこから声が漏れてきたんだ。
そして、その先に見える姿も、一心くんの姿とギター。
顔は隠して活動しているから、確定ではないけど。
──そのとき。
歌い終えた凪くんは、偶然、隣人の私の部屋をチラリ。
目が合う直前、ガバッとしゃがみこむ。
危なかった⋯⋯。バレたらダメな気がする事実だから。
このことは、なかったことにしないと!
第二章 隠せない動揺
次の日。登校中に、蓮くんとはち合わせした。
蓮くん、相変わらずカッコいいなあ。
蓮くんと昨日、壁ドンしちゃったんだよね⋯⋯。
そう考えると私、かなりマズくないッ?
誰にも見られてないかな⋯⋯?
後の祭りだけど。
「おはよ、内山さん」
なぜか、苗字にさん付けに戻っている。
でも、この方がレベルが下がって私に相応しいと思う。
「おはよう⋯⋯!」
思わず、声が裏返る。
どうしよう。蓮くんと登校なんて、心臓が持たないよ!
「一緒に行こ」
ダラダラ考えていたら、蓮くんは私の隣に並んできて。
自然と歩き出してしまう。
少しズレれば、蓮くんと手が当たってしまいそうなキョリ。
「内山さんってなんか、群青桜さんと似てると思うんだよね」
図星を突かれて、絶句した。
似てるんじゃなくて、本人なんだよ⋯⋯!
どうしてわかっちゃうんだろう。顔は一度も公開してないのに。
「そそそ、そうかなッ?」
あたふたしていると、蓮くんはつぶやく。
「なんか、群青桜さんの声って聞いてて落ち着くんだけど、内山さんも同じなんだよね」
私の声が、落ち着く?
とっても嬉しい。飛び跳ねたい気分。
蓮くんも、群青桜のこと好きなんだ。
⋯⋯もし、彼女が私だって分かったら、どんな反応をするのかな。
永遠に分からないナゾ。
「そうなんだ」
これしか反応できない。正直、頭の中はぐちゃぐちゃで。
「群青桜さんに、一回会ってみたいなあ」
もう、会えてます!
なんて、言えないけど。蓮くんになら言っちゃいそうである意味怖いな。
そんなに推してくれてるなんて、嬉しいなぁ。
「きっと、群青桜も蓮くんに会ったら好きになっちゃうよ」
ヌルっとこぼれた言葉に、思わず口を塞いだ。
「へえ」
蓮くんは、ニヤニヤしながら私のことを見つめていて。
ひええっ。やっぱり!
「そそそ、その!」
「大丈夫。勘違いはしないから」
そう言って、ははっと笑う蓮くんの横顔が、妙に愛おしくい。
この気持ちはホンモノだ。
第三章 発覚
教室について。
さっきからザワザワと噂されてる気がするよ〜!
蓮くんと当たり前のように話してたからだろうな⋯⋯。
ちょっとした後悔と、嬉しさに襲われる。
「お、おはよう!」
気を紛らわせるために、なんとなく凪くんに挨拶をすると、
「⋯⋯はよ」
とーっても冷たく返された。
本を読んでるところをジャマしちゃったからかな?
「なあなあ」
かばんをしまいにいってすぐ、まさかの凪くんに声をかけられて、ビクッとする。
「ど、どうしたの?」
ぎこちない態度になってしまう。
もしかして、昨日の盗み見がバレてた?
「昨日、おれの部屋覗いてただろ」
グッ。図星だ。
目を泳がせて、言葉を探していると、凪くんは呆れたようにため息をついた。
「まさか、声まで聞いたんじゃねえだろうな?」
「そ、それは⋯⋯」
特徴的な質問に、確信にまた一歩近づいた。
そのとき。ちょうどホームルーム開始のチャイムが鳴って、先生が教室に入ってきた。
流れでみんなの会話は途切れ、話は中途半端に終わってしまった。
それから、彼とは一言も話さずに一日が終わってしまった。
家に帰って、四時すぎ。これから、また配信を。
私は部活に入ってないから、バレー部の恋乃葉と帰ることができないんだ。
無気力に靴を履き替えていると、
「あ」
廊下から凪くんが現れて、少し気まずくなる。
凪くんも、部活入らないのかな?
もしかして、家でまた歌の動画を撮るから⋯⋯?
早足でキョリを取ろうと歩き出した、そのとき。
「ちょっと、こっちきて」
パシッと手を握ってきたのは、凪くんで。
ぐいぐいと引っ張られて、靴箱を出てすぐにある外階段に繋がる小部屋に連れてこられた。
凪くん、この学校に来てまだ二日目だよね?
かべにかばんを押し当ててる私。
自然と、逃げたがってるんだと思う。でも、出入り口は凪くんが塞いでる。
「無視し続けるつもりかもしれないけど、おれはこう見えてしつこいからな」
睨むように見つめられて、肩が震え上がる。
「昨日、見てたの?」
思わずうつむくと、
「答えないと、一生ここから出さないから」
そんなことを言われてしまい、やむを得ず頷く。
すると、凪くんは考えるように黙り込んでしまった。
「ご、ごめん。ほんとに、悪気はなくて⋯⋯!」
自分の声が震えてる。のどに手を当てた。
「おれの正体は?」
さっきよりも優しい凪くんの瞳に見惚れてしまいそうになる。
「一心くん、だよね⋯⋯?」
刹那、凪くんは目を見開いた。
「⋯⋯ああ」
何か言葉を飲み込むような切ない仕草をした凪くんは、
「絶対に、他の奴らには言わないで」
唐突に、小さな子供のように手を合わせてきた凪くんに、キョトンとしてしまう。
「うん。絶対に約束する。私、一心くんのファンだよ」
よくよく考えたら、凪くんと私は似てるってことだよね。
なんだか親近感を感じられて嬉しい気持ちもあって、複雑だなあ。
「そ、それはありがとう」
やっぱり、推しとかファンって言われたら照れちゃうよね。顔には出さないけど。
第四章 つぶやき
中学二年生になって、極端に変わったこと。
それは、人間関係。
「おはよ、内山さん」
「おはよー」
始業式から、同じクラスになって、後ろにいる人か蓮くんだということ。
あの激モテ男子が、伸ばせば届く場所にいる。
私って、幸せ者なのかな。
ここで今年の運を使い切るつもりはなかったんだけどなあ。
今年の私は強運なのかも?
⋯⋯蓮くんが私を好きになる世界線ってあり得るのかな。
って、ないない!
反射的に、ぶんぶんと首を横に振る。
あのイケメン男子が、こんな地味な私と釣り合わない。
そもそも、何がどうなって初めて釣り合うのか、私には分からない。
頭の中はぐちゃぐちゃだけど、窓から照らされる朝日が眩しくて、イヤでも目が覚める。
「もうすぐ校外学習だね」
ボーッとしていたら、蓮くんが尊い声で話しかけてきた。
「うん。そうだね⋯⋯」
私、この返事の仕方で合ってる?
そういえば去年は、校外学習で大阪に行ったなあ。
「今年は、どこに行くんだろ」
蓮くんは首をかしげた。
確かに。今年の校外学習はどこに行くのか、まだ発表されていない。
気になるっちゃ気になるけど、私には関係ないに等しいんだよね。
なんなら、黒歴史になっちゃう。
「その話、おれもまーぜて!」
そのとき、蓮くんの机に手をつきながら満面の笑みで現れたのは、
「おお、優か」
優くんだった。
ううッ。優くんから、ピカピカと眩しい光が見える⋯⋯。
「実はおれ、知ってるんだよねー。今年の校外学習の場所!」
えッ、と思わず声を漏らしてしまう。
「それ、うちも知りたい!」
私の前の席に座る恋乃葉が、さらに話に加わる。
そのとき。タイミング悪くチャイムが鳴ってしまった。
「え、今かよ〜。またあとで話すから!」
名残惜しそうに席に戻った優くん。
といっても、彼は私の席のななめ後ろだから、蓮くんとも席は隣なんだよね。
ロングホームルームの時間。
先生はちょうど、
「校外学習の話をします」
と言い出して。
タイミングがいいような、悪いような⋯⋯。
「今年の二年生は校外学習ではなく、一泊二日の林間学習になりました!」
先生も意気軒昂な様子で、クラス中もワッと騒がしくなる。
りりり、林間学習?!
林間学習って、オリエンテーリングとか、キャンプファイヤーとかの自然めぐりみたいな学習だよね?
平凡を上回ることは私には向いてない⋯⋯。
先生も、私の身にもなってほしい!
「林間学習かあ。今年は、楽しくなりそう」
すると、背後から蓮くんの吐息のようなつぶやきが聞こえて、ドキッとした。
第五章 アタック!
トントントンッ。
放課後。職員室で先生に呼び出されて、うち——恋乃葉は教室を覗いた。
リズムのいい、キレのあるダンスをしている——。
「優くん?」
ガラガラ、ととびらを開けた先にいたのは、クラスメイトの優くんだった。
明るくて陽キャ的存在の男子なんだ。
「あ、恋乃葉」
汗ばんでいる制服のシャツの袖で顔の汗を拭う優くん。
「ここで何してるの?」
しかもひとりで教室を占領して。
「今日、家の鍵忘れちゃってさー。最終下校までにお父さんが帰ってくるから、それまで暇つぶし」
みんなは部活に行っちゃったし、行く場所もなかったってことか。
「それなら、うち来る?」
今日はバレー部は部活がなくて、今から帰る予定だったんだ。
「え、いいの?」
暑さのせいか、優くんの顔は赤く火照っている。
「もちろん!」
ちょうどヒマだなって思ってたところだから嬉しいな。
優くんと何しよう。
バレーってできるのかな?
その流れで、うちの家へ向かい途中。
「優くん。バレーってできる?」
あー、と彼は少し考えると。
「多分できる! できなくても、恋乃葉が教えてくれるだろ?」
頼る気まんまんじゃん! 全然いいけど。
「えへへ。仕方ないなー」
お互いに笑い合った。
今日は疲れたから、フリートークデーに変更しよっかな。
自力で買った三脚に、スマホをセット。
時刻は午後四時。いつもより早い開始だ。
生配信は、普段は一時間くらい。
このスイッチを押して⋯⋯。
ここからは、もうひとりの私なんだ。
私──葵は、学校ではチョー地味なクラス名メイト。
動画の中では、フォロワー七十万人超えの凄腕バーチャルユーチューバー!
もちろん、このことを知ってる子はひとりもいない。
唯一、家族だけが知ってる事実なの。
動画の中では、「群青桜」という偽名で存在してる私。
そうこうしてる間に、もう十人くらいの人が生配信に参加してくれた。
『今日も待ってました!』
『今日はいつもより早いね!』
他にもたくさんのコメントが、画面を埋め尽くそうとする。
「みんな〜! 今日もたくさん話そうね〜!」
クラスのみんなにバレないように、声はかなり高くしてるんだ。
いわゆる、ぶりっこってやつ。
でも、ぶりっこにもいい人はたくさんいる!
少なくとも、私はそうでありたいって思う。
『なんの話するの〜?』
『桜ちゃん、今日もかわいいッ!』
こんな些細なコメントも、私の宝物なんだ。
実際の私は、全然かわいくないんだけどね。
少し申し訳ない気持ちもあるけど、こればっかりは仕方ない。
五時を過ぎて。今日の配信は終了。
今日も楽しかった〜。
この配信を初めて、早くも二年目。
中学生一年生になって出来心で始めたこの趣味が、こんなにも壮大になるなんて、思いもしなかったなあ。
「君と出会えてよかったって思わせてくれて、ありがとう」
またもや、お隣さんから聞こえた声は歌声で。
えッ、この歌声って⋯⋯。
お隣さんには、今日から転校してきた工藤凪という人が住んでいるらしく。
それに、生配信をする前に見たのあのギターも、この歌を歌っている一心くんと同じもの。
不本意だけど、私は部屋のまどからお隣さんの二階の部屋を覗いた。
そこに、ちょうど窓と窓が重なっているから、相手がカーテンを開けていれば見ることができちゃうんだ。
「君と過ごす毎日は、宝石のように輝き続けているよ」
この歌詞はやっぱり、一心くんのヒット曲──「青いあの人」と一致する。
「⋯⋯!」
奇跡的に、凪くんの部屋のまどがかすかに開いていて、そこから声が漏れてきたんだ。
そして、その先に見える姿も、一心くんの姿とギター。
顔は隠して活動しているから、確定ではないけど。
──そのとき。
歌い終えた凪くんは、偶然、隣人の私の部屋をチラリ。
目が合う直前、ガバッとしゃがみこむ。
危なかった⋯⋯。バレたらダメな気がする事実だから。
このことは、なかったことにしないと!
第二章 隠せない動揺
次の日。登校中に、蓮くんとはち合わせした。
蓮くん、相変わらずカッコいいなあ。
蓮くんと昨日、壁ドンしちゃったんだよね⋯⋯。
そう考えると私、かなりマズくないッ?
誰にも見られてないかな⋯⋯?
後の祭りだけど。
「おはよ、内山さん」
なぜか、苗字にさん付けに戻っている。
でも、この方がレベルが下がって私に相応しいと思う。
「おはよう⋯⋯!」
思わず、声が裏返る。
どうしよう。蓮くんと登校なんて、心臓が持たないよ!
「一緒に行こ」
ダラダラ考えていたら、蓮くんは私の隣に並んできて。
自然と歩き出してしまう。
少しズレれば、蓮くんと手が当たってしまいそうなキョリ。
「内山さんってなんか、群青桜さんと似てると思うんだよね」
図星を突かれて、絶句した。
似てるんじゃなくて、本人なんだよ⋯⋯!
どうしてわかっちゃうんだろう。顔は一度も公開してないのに。
「そそそ、そうかなッ?」
あたふたしていると、蓮くんはつぶやく。
「なんか、群青桜さんの声って聞いてて落ち着くんだけど、内山さんも同じなんだよね」
私の声が、落ち着く?
とっても嬉しい。飛び跳ねたい気分。
蓮くんも、群青桜のこと好きなんだ。
⋯⋯もし、彼女が私だって分かったら、どんな反応をするのかな。
永遠に分からないナゾ。
「そうなんだ」
これしか反応できない。正直、頭の中はぐちゃぐちゃで。
「群青桜さんに、一回会ってみたいなあ」
もう、会えてます!
なんて、言えないけど。蓮くんになら言っちゃいそうである意味怖いな。
そんなに推してくれてるなんて、嬉しいなぁ。
「きっと、群青桜も蓮くんに会ったら好きになっちゃうよ」
ヌルっとこぼれた言葉に、思わず口を塞いだ。
「へえ」
蓮くんは、ニヤニヤしながら私のことを見つめていて。
ひええっ。やっぱり!
「そそそ、その!」
「大丈夫。勘違いはしないから」
そう言って、ははっと笑う蓮くんの横顔が、妙に愛おしくい。
この気持ちはホンモノだ。
第三章 発覚
教室について。
さっきからザワザワと噂されてる気がするよ〜!
蓮くんと当たり前のように話してたからだろうな⋯⋯。
ちょっとした後悔と、嬉しさに襲われる。
「お、おはよう!」
気を紛らわせるために、なんとなく凪くんに挨拶をすると、
「⋯⋯はよ」
とーっても冷たく返された。
本を読んでるところをジャマしちゃったからかな?
「なあなあ」
かばんをしまいにいってすぐ、まさかの凪くんに声をかけられて、ビクッとする。
「ど、どうしたの?」
ぎこちない態度になってしまう。
もしかして、昨日の盗み見がバレてた?
「昨日、おれの部屋覗いてただろ」
グッ。図星だ。
目を泳がせて、言葉を探していると、凪くんは呆れたようにため息をついた。
「まさか、声まで聞いたんじゃねえだろうな?」
「そ、それは⋯⋯」
特徴的な質問に、確信にまた一歩近づいた。
そのとき。ちょうどホームルーム開始のチャイムが鳴って、先生が教室に入ってきた。
流れでみんなの会話は途切れ、話は中途半端に終わってしまった。
それから、彼とは一言も話さずに一日が終わってしまった。
家に帰って、四時すぎ。これから、また配信を。
私は部活に入ってないから、バレー部の恋乃葉と帰ることができないんだ。
無気力に靴を履き替えていると、
「あ」
廊下から凪くんが現れて、少し気まずくなる。
凪くんも、部活入らないのかな?
もしかして、家でまた歌の動画を撮るから⋯⋯?
早足でキョリを取ろうと歩き出した、そのとき。
「ちょっと、こっちきて」
パシッと手を握ってきたのは、凪くんで。
ぐいぐいと引っ張られて、靴箱を出てすぐにある外階段に繋がる小部屋に連れてこられた。
凪くん、この学校に来てまだ二日目だよね?
かべにかばんを押し当ててる私。
自然と、逃げたがってるんだと思う。でも、出入り口は凪くんが塞いでる。
「無視し続けるつもりかもしれないけど、おれはこう見えてしつこいからな」
睨むように見つめられて、肩が震え上がる。
「昨日、見てたの?」
思わずうつむくと、
「答えないと、一生ここから出さないから」
そんなことを言われてしまい、やむを得ず頷く。
すると、凪くんは考えるように黙り込んでしまった。
「ご、ごめん。ほんとに、悪気はなくて⋯⋯!」
自分の声が震えてる。のどに手を当てた。
「おれの正体は?」
さっきよりも優しい凪くんの瞳に見惚れてしまいそうになる。
「一心くん、だよね⋯⋯?」
刹那、凪くんは目を見開いた。
「⋯⋯ああ」
何か言葉を飲み込むような切ない仕草をした凪くんは、
「絶対に、他の奴らには言わないで」
唐突に、小さな子供のように手を合わせてきた凪くんに、キョトンとしてしまう。
「うん。絶対に約束する。私、一心くんのファンだよ」
よくよく考えたら、凪くんと私は似てるってことだよね。
なんだか親近感を感じられて嬉しい気持ちもあって、複雑だなあ。
「そ、それはありがとう」
やっぱり、推しとかファンって言われたら照れちゃうよね。顔には出さないけど。
第四章 つぶやき
中学二年生になって、極端に変わったこと。
それは、人間関係。
「おはよ、内山さん」
「おはよー」
始業式から、同じクラスになって、後ろにいる人か蓮くんだということ。
あの激モテ男子が、伸ばせば届く場所にいる。
私って、幸せ者なのかな。
ここで今年の運を使い切るつもりはなかったんだけどなあ。
今年の私は強運なのかも?
⋯⋯蓮くんが私を好きになる世界線ってあり得るのかな。
って、ないない!
反射的に、ぶんぶんと首を横に振る。
あのイケメン男子が、こんな地味な私と釣り合わない。
そもそも、何がどうなって初めて釣り合うのか、私には分からない。
頭の中はぐちゃぐちゃだけど、窓から照らされる朝日が眩しくて、イヤでも目が覚める。
「もうすぐ校外学習だね」
ボーッとしていたら、蓮くんが尊い声で話しかけてきた。
「うん。そうだね⋯⋯」
私、この返事の仕方で合ってる?
そういえば去年は、校外学習で大阪に行ったなあ。
「今年は、どこに行くんだろ」
蓮くんは首をかしげた。
確かに。今年の校外学習はどこに行くのか、まだ発表されていない。
気になるっちゃ気になるけど、私には関係ないに等しいんだよね。
なんなら、黒歴史になっちゃう。
「その話、おれもまーぜて!」
そのとき、蓮くんの机に手をつきながら満面の笑みで現れたのは、
「おお、優か」
優くんだった。
ううッ。優くんから、ピカピカと眩しい光が見える⋯⋯。
「実はおれ、知ってるんだよねー。今年の校外学習の場所!」
えッ、と思わず声を漏らしてしまう。
「それ、うちも知りたい!」
私の前の席に座る恋乃葉が、さらに話に加わる。
そのとき。タイミング悪くチャイムが鳴ってしまった。
「え、今かよ〜。またあとで話すから!」
名残惜しそうに席に戻った優くん。
といっても、彼は私の席のななめ後ろだから、蓮くんとも席は隣なんだよね。
ロングホームルームの時間。
先生はちょうど、
「校外学習の話をします」
と言い出して。
タイミングがいいような、悪いような⋯⋯。
「今年の二年生は校外学習ではなく、一泊二日の林間学習になりました!」
先生も意気軒昂な様子で、クラス中もワッと騒がしくなる。
りりり、林間学習?!
林間学習って、オリエンテーリングとか、キャンプファイヤーとかの自然めぐりみたいな学習だよね?
平凡を上回ることは私には向いてない⋯⋯。
先生も、私の身にもなってほしい!
「林間学習かあ。今年は、楽しくなりそう」
すると、背後から蓮くんの吐息のようなつぶやきが聞こえて、ドキッとした。
第五章 アタック!
トントントンッ。
放課後。職員室で先生に呼び出されて、うち——恋乃葉は教室を覗いた。
リズムのいい、キレのあるダンスをしている——。
「優くん?」
ガラガラ、ととびらを開けた先にいたのは、クラスメイトの優くんだった。
明るくて陽キャ的存在の男子なんだ。
「あ、恋乃葉」
汗ばんでいる制服のシャツの袖で顔の汗を拭う優くん。
「ここで何してるの?」
しかもひとりで教室を占領して。
「今日、家の鍵忘れちゃってさー。最終下校までにお父さんが帰ってくるから、それまで暇つぶし」
みんなは部活に行っちゃったし、行く場所もなかったってことか。
「それなら、うち来る?」
今日はバレー部は部活がなくて、今から帰る予定だったんだ。
「え、いいの?」
暑さのせいか、優くんの顔は赤く火照っている。
「もちろん!」
ちょうどヒマだなって思ってたところだから嬉しいな。
優くんと何しよう。
バレーってできるのかな?
その流れで、うちの家へ向かい途中。
「優くん。バレーってできる?」
あー、と彼は少し考えると。
「多分できる! できなくても、恋乃葉が教えてくれるだろ?」
頼る気まんまんじゃん! 全然いいけど。
「えへへ。仕方ないなー」
お互いに笑い合った。

