歌う君に恋をした

第一章  新しいクラス
 この風を感じたのは二回目。
 去年の今日、この風よりも期待が溢れていた。
 今年のクラスは、どんな感じなのかな。
 まあ、私にはあまり関係ないっちゃないことだけど。
「おはよ、葵!」 
 私──葵と息がつまらず話せるのは、この元気な飯田恋乃葉だけと言っても、過言ではない。
「おはよ。クラス替え、ドキドキだね⋯⋯!」
 大きく頷く恋乃葉。私とは正反対の性格なのに、これでも幼馴染なんだ。
 きっと恋乃葉は、誰と同じクラスになってもかわいがられるに違いない。
 もし、恋乃葉とクラスが離れてしまったら──。
 考えたくもない妄想が走る。
 今日は、ゲームにしようかな。

 階段からいっちばん遠い、二年三組の教室。
 恋乃葉と同じクラスになれた!
 ひとまず安心。でも、他の人とは、やっぱり話せる勇気はない。
 せめて、となりの席の人に話しかけるか⋯⋯。
 私の席は前から四番目のはしっこ。苗字が内山だからだろうな。
 そして、私の前には去年も恋乃葉がいて。
 今回の、私のとなりの人は──。
 ウソッ。誰もいない。もう、ホームルームが始まっちゃうのに⋯⋯。
 もしかしたら、空席なのかも。
 はあ、と息をつく。
 じゃあ、後ろの人にでも。
 しぶしぶと振り向くと、
「⋯⋯ヘッ?」
 ガタッと席を立ってしまった。
 その私を見た彼は、え、と驚いた表情を見せた。
 そこにいたのは、おしゃれアンド美少年代表の──、
「お、大瀬蓮くん?」
 背も高くて、バスケも上手でエースと言われる人が、私のすぐそこに?
「ねえ、大丈夫?」
 あまりに驚く私の顔を見ながら、不審に言う蓮くん。
 ひ、ひかれた⋯⋯!
「う、うんッ。よよよ、よろしくねッ!」
 ペコッと頭を下げる。
 私、やっぱりダメだ。コミュ症の代表みたい。
「ふはっ」
 すると、蓮くんの笑い声に顔を上げる。
 蓮くんは、あの大きな瞳が細くなってしまうほど失笑していて。
「笑わないでよ!」
 思わずツッコむと、
「ごめんごめん。なんか、かわいいなって」
 かッ、かわいい?!
 そんな言葉、私の辞書には存在しないんですが⋯⋯!

第二章  空席
 始業式を終え、新任が担任となった。
 名前は、渡辺。
 先生と話すことすら苦手だからなあ。
 学校は、私にとって楽しみでワクワクする場所ではない。むしろ、ほど遠い。
 それにしても、ちょっとだけ顔はいいんだよな。
 なんて思っていたら、
「実は、このクラスに転校生がやってきます!」
 ガラガラ、と教室のとびらが開いた。
 そこに入ってきたのは⋯⋯。
 みんなが視線を集める。
「転校生の、工藤凪くんです。拍手!」
 先生の声に、みんなはしぶしぶ拍手をする。
 その凪くんという人は、背がまあまあ高いようで小柄に見える人で。
「じゃあ凪くん。自己紹介をお願いします」
 はい、と嫌々そうに凪くんは口を開く。
 教室は、完全にしんとしている。
「転校してきた凪です。よろしくお願いします」
 期待外の言葉に、みんなは目を見開いた。
 ごくフツーの人。
 でも、どこか引っかかるんだよなぁ⋯⋯。
「な、凪くんの席は、内山さんのとなりねー」
 先生の言葉も、一瞬詰まった。
 内山さんって誰ですか、なんて思われてそう。
「わかりました」
 先生が指を指したおかげで、ひとつの空席が目立つ。
 そこに凪くんが座っても、視線はみんな凪くんのままで。
 転校生がとなりに来るなんて、何かの恋愛小説の始まり?
 ⋯⋯なんてね。

第三章  接点
 休み時間になって、恋乃葉が後ろを向いて私にひそひそと、
「葵の席、何か起きそうな場所だね」
 とニヤニヤして。
 何か起きそうの意味は、だいたいわかる。自分だって、少し期待していたから。
 でも、期待を裏切られるのは嫌い。だから、人を信じることも好きじゃない。
「内山さん。携帯って持ってる?」
 するとそのとき。
 後ろから、柔らかい声がして、ドキッと胸が鳴る。
「も、持ってるよ!」
 そこには、凛々しく微笑む蓮くんの姿。
 つい、声が大きくなってしまう。
 もしかして──、
「じゃあこのあと、一緒にご飯行こうよ!」
 蓮くんはなぜか私に対してニッコニコで。
 私という存在が消えてしまいそうなくらい、存在が壮大。
 これが、陽キャというもの⋯⋯。
「ねえ、あの子。蓮くんに声かけられてるよ⋯⋯!」
「ええー、いいなあ。あの子だけ」
 少しとんがった視線を感じる。
 ひええ。いじめの対象にはならないようにしなきゃ⋯⋯!
「ご、ご飯は⋯⋯」
 目が泳いでいると、
「何か用事でもあるの?」
 ううッ。何、そのワンコみたいな瞳!
 このあとは特に用事もないしなあ。ウソをつくのも気が進まない⋯⋯。
「じゃ、じゃあ、恋乃葉も一緒にいい?」
 私が提案すると、前の席の恋乃葉は驚いて「えっ!」と振り返ってきて。
 いいね、と蓮くんも、
「それなら、優も誘っていい? あ、おれのなじみ」
 優って⋯⋯。
「去年、二組だった人? それなら、同じクラスだったよ!」
 マジでッ、と会話が弾んでる。
「なあ、優。今日の放課後、時間あるよなッ?」
 話しかけるついでに勢いで肩を組む。
 男子特有の行動だ。
「あるけど、どうした?」
 実は、優くんとは去年、ほとんど話してないんだよね。
 話したことない人ばっかりだよぉ。
「このあと、みんなでファーストフード店に行こうぜ!」
「何それ、めっちゃいいじゃん! 誰が来んの?」
 優くんと話してるときの蓮くん、すっごく楽しそう。
 なんだか、優くんが羨ましくなっちゃうな⋯⋯。
「おれと優と、内山さんと飯田」
 みぞおちがズキン、と痛んだ。
 蓮くん、私のことは苗字にさんをつけてるのに、恋乃葉には呼び捨てなんだ⋯⋯。
 これって、心のキョリってやつ?
「はあッ? ⋯⋯ま、まあ、いいけど」
 すると、優くんはなぜかほおを赤らめ始めた。
 どうしてだろう。
 それに、蓮くんもニヤけ始めた?
「じゃあ放課後、靴箱で集合な!」
 そこで、始業式開始のチャイムが鳴った。

第四章  ファーストフード店にて
 放課後。私の心は、やっぱりふわふわしたままで。
 どうしよう。このまま蓮くんと関わり続けたら、女子に目をつけられちゃうかもしれない⋯⋯!
「行こッ、みんな!」
 でも、誘いにのった限り、断るなんてことはしたくないから。
 どこかソワソワしている恋乃葉の隣に並んで、私たちは歩き出した。

 ひとつのハンバーガー屋さんにやってきた。
 日々、お小遣いを貯めていた自分を褒めてあげたい。
 四人のテーブル席をゲットして、私はメニューをジーッと眺めた。
 私は普段、ここではビッグサイズを頼むんだけどなあ。
 男子がいたら、大食い女子って思われちゃうかもッ。いや、確実に!
 でも、お腹は限りなく空いてる。二の足を踏む。
 恋乃葉は普段からスタンダードサイズだから、迷わなくていいんだろうけど⋯⋯。
「内山さんは、何にするの?」
 すると、背後からヒョコッと現れた男の子。
「蓮くん⋯⋯ッ」
 ていうか、キョリ近すぎない?
 耳がくっついちゃいそうなんだけど!
 たんに私がもしかして、時代遅れ?
「それが、なかなか決まらなくて⋯⋯」
 あはは、と苦笑いをすると、
「そうなの? 普段は、何食べるの?」
 うッ。その質問は厳禁だよ!
「う、う〜んっとね」
 ビッグサイズ食べてる、なんて言えない。
「もしかして、お金足りないの? それなら、おれが出すよ」
 そういうこと、軽々言っていいことじゃないし!
 あと、ズレてるよッ。
「実は、ビッグサイズを食べたくて⋯⋯」
 目をそらして、顔が火照っていく。
 刹那、蓮くんのとなりを通り過ぎた人が、蓮くんに体当たりをするようにぶつかってきた。
「うわッ」
 蓮くんは軽く突き飛ばされてしまって、私の方に飛びこんできた。
 ドン!
 思わず、かべに手をつく蓮くんと、その間にはさまれる私。
 蓮くんの顔が、すぐそこにある。
 キレイな手入れされた肌に、二重の瞳。
 えッ、これ、どういう状況?!
「ご、ごめん」
 同じくびっくりした蓮くんが、ササッと手をどけてくれる。
 そして彼は、片手で顔を覆って隠してしまう。
 でも、スキマから見えるほおは、真っ赤に染まっていて。
「私こそ、ごめん」
 その場から逃げるように、私は注文の受付のところに早足。
 結局、ノーマルサイズにして席に戻った。
 ちょうど蓮くんとすれ違うことはなく。
 ちょっと気まずいな⋯⋯。
 でも、今まで感じてきた友達の関係の気まずいじゃない。
「あ、返ってきた!」
 先に待っていた恋乃葉のとなりの席に座って、蓮くんの帰りを三人で待った。
 やっぱり。恋乃葉もいつも通り、ノーマルサイズ。
「葵。今日はノーマルサイズなの?」
 異変に気がついた恋乃葉が、ひそひそと言う。
 言葉に詰まっていると、
「おれが一番最後かー。待たせてごめんなー」
 最後に席についた蓮くん。
 お腹がペッコペコ。でもこれじゃ、お腹は満たされないだろうなあ。
 仕方ない。家に帰ったら何か食べよう。
「いただきます」
 みんなでもぐもぐタイム。
 向かい側に座っている蓮くんの顔を見るのが恥ずかしい。

第五章  私のために
 無事、みんな食べ終わって外に出た所で、男子とはさよなら。
 なんだか、まだ落ち着かないなぁ⋯⋯。
「うちさ、親に買い物頼まれてたの! ごめん、またね!」
 恋乃葉もスーパーへ駆けてしまって、いつの間にかポツンとひとりきり。
 さて、私も早く帰って⋯⋯。
「葵!」
 声に振り返った先には、なぜか蓮くんがいた。
 えッ、今、私のこと名前で呼んだ?
 蓮くんは走って戻ってきたみたいで。
「連絡先、繋ぐの忘れてた!」
 あッ、そうだった。
 ポケットからスマホを取り出して、バーコードを見せた。
 うわッ、蓮くんの連絡先⋯⋯。
 これ、ほんとに現実だよね?
「じゃ、じゃあね」
 早く帰らないと、もしこの状況を誰かに見られても困るし⋯⋯。
「あ、ちょっと待って!」
 引き止められて、また振り向くと、蓮くんは私にあるものをつきだしてきた。
「これ⋯⋯」
「まだお腹空いてるんじゃないかと思って。いらないかもだけど、追加のハンバーガー」
 そしてそのハンバーガーを軽々、私の手に乗せてきた。
「もらえないよ!」
 慌てて返すと、蓮くんはそれを拒んできた。
「いいって。おれが勝手にやってることだから。それに、さっきのおわびも込みで」
 さっきのおわびって⋯⋯壁ドンのこと?
 思い出したら、また顔が熱くなってきた。
 なんでこんな地味な私にここまでしてくれるんだろう。
「それじゃあ、今度こそバイバイ!」
 元気に手を振って、蓮くんは姿を消してしまった。
 まだハンバーガーは暖かかった。

第六章  お隣さん
 家に帰ると、私はすぐ部屋に籠もった。
 冷める前に、食べないと。
 ちょうど、まだお腹も空いてる。
「いっただっきまーす」
 大きく一口!

「はあ。どうして上手くいかないんだ⋯⋯!」

 そのとき。どこからか声がして、あたりをキョロキョロ。
 この家には今、誰もいないはずなのに。
 あ、そうだ。そろそろ配信しようかな。
 そう思って立ち上がる。

「あれ、凪くん⋯⋯?」

 部屋のまどから見えた、お隣さんの顔。
 最近、誰か引っ越してきたって聞いたけど、凪くんだったんだ。
 ガラガラ、と窓を開けてみる。
 向こうは私に気づいてないみたいで。

 ⋯⋯えッ?

 思わず、息をのんだ。
 凪くんがギターを構えてる。しかも、あのギターって⋯⋯、
「一心くん⋯⋯?」
 黒と赤のギターに、手入れされたキレイな手。
 やっぱり、あの有名アーティストの一心くんだ。
 一心くんは、顔を隠しながら活動する歌手で、学生をテーマにした曲が多くて、私の推してる人なんだ。
 まさか、ほんとに⋯⋯?