「これは!?」
ローガンはコレットを背に庇うと、扉が開き、そこにげっそりとやせ細ったドラゴニアの王ダザールの姿があった。
その姿は数刻前に見た時よりも悪化しており、コレットは目を丸くした。
「お……おぉぉ、聖女様。やっと……やっと手に入れた」
ダザールが手を伸ばすと黒い影がコレットを奪おうとしてくるが、それをヴィシアンドルとローガンが剣で切り捨てた。
しかし、地面から次々と黒い影は湧き上がってくる。
「一体何だこれは」
「これが禁書の力ということですかね……ですが……王の様子からして、命を削られるもののようですね」
コレットはその姿を見て、何故それほどまでに自分を求めるのか疑問に思った。
この王と会ったのは数えても一度か二度、それなのに何故。
「聖女様をこちらへとよこせ!」
王の体は次第に黒い蛇のようなものが体を這い、目は赤黒く変わっていく。
「それは……それは……俺の女だぁぁぁぁぁぁ!」
盛り上がるダザール王を、コレットは冷めた目で見つめた。
コレットは静かにダザールを見つめた。
ダザールと出会ったのは、コレットが聖女様として崇められていた頃であった。
その時から、ねっとりとした視線を向けられるたびに、コレットはぞわりと背筋が寒くなったのを覚えている。
一番最初にその視線を感じたのは、聖女として下町から神殿に引き取られ、聖女として各国の貴賓の前へと姿を見せた時だった。
私はその頃のことを思い出す。
下町とはいっても、綺麗な場所ではない。浮浪児の多い地域で、そこでは捨てられた子ども達が一日一日を必死に生きていた。
毎日、毎日、明日は生きていられるか分からない日々。
そんなある日、下町に慈善事業に来ていた神官の手によって聖女としての力を見いだされ、神殿へと入る事となった。
そこでは毎日ご飯を食べられた。
そこでは毎日お風呂に入れた。
そこでは毎日夜不安を抱かずに眠ることが出来た。
それは幸福な事。それを知っているから、外に出られなくても、街に行けなくても、自由に野を駆けまわる事が出来なくても、我慢できた。
けれど、それでもたまに思い出した。
空腹だけれど、汚れていたけれど、自分で毎日好きなことをして生きるそんな自由な生活を。
だからだろう。
聖女様として崇められ、そして同じ日々が続いていくのが嫌になっていた。
二度目にダザールに会った時、彼は王子から国王へと変わっていた。
その視線は以前よりも執着心を露わにしていた。
それくらいのことだ。
ダザールとの思い出など、それくらいのことなのだ。
そしてもう一つ、思い出と言えるのかは分からないが、コレットは喉の奥に痛みを感じ、苦しみ、痛みを感じた時、ドラゴニアの毒であることに気付いた。
食べ物に毒が入れられたのか、それとも水に入れられたのか、はたまた部屋に何か仕掛けられていたのか。
それは死にゆく私には分からなかった。
ただ、目の前に死が訪れた時、思ったのだ。
自分は聖女様としか生きられず、誰も本当の自分など興味がなかったのだと。
だから……もし来世があるならば自分を見てくれる人と色恋がしてみたいと思った。
普通の女の子のように、恋をして、あははうふふと話がしてみたい。
そう、思った。
コレットはダザールを睨みつけるとはっきりとした口調で言った。
「貴方は何故、そこまで聖女様に固執するの?」
ダザールはその言葉に眉間にしわを寄せると、にやりと口元を歪ませて言った。
「俺に手に入らないものなどない。俺は王だぞ? なのに、なのに聖女様だけが手に入らなかった! ヴェールガが邪魔をするからだ! だから殺したのだ! 生まれ変わって俺の元へと来れるように! さぁ、お前は俺の物だ! こちらへと来い!」
あまりに自分勝手な言葉に、コレットは唇を噛む。
こんな自分勝手な理由で自分は殺されたのだ。
悔しかった。
コレットは拳を握りしめ口を開きかけた時であった。
黒い自分達を取り囲む影をヴィシアンドルが神力で吹き飛ばし、そしてローガンがダザールが手に持っていた禁書を切り捨てた。
ダザールは一瞬の出来事に目を見開き、そしてしりもちをつく。
その首元にローガンは切っ先を向けると言った。
「それ以上、口を開くな。彼女はお前の物ではない。そして、彼女は聖女様ではなくコレットだ。間違えるな」
コレットは、ゆっくり、握りしめていた手を緩めた。
心臓がトクリと鳴った。
そうだ。私はコレットだ。もう、聖女様ではない。
ローガンとヴィシアンドルの自分を守るように立つ背中を見つめながら、コレットは泣きそうになった。
ダザールはにやりと笑うと、ローガンの突き立ててきた剣を手で握りしめ、血を流しながら声を上げた。
「禁書を破こうが、もう終わりだ! 俺は聖女様を手に入れ、うぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
呻き声を上げ始めたかと思えば、目が真っ赤に充血し、ダザールの体から黒い影が噴き出した。
ローガンは距離を取ると、剣を構えるが、黒い影は次第に広がり始め、ローガンはピリリとした刺激臭に手を口で覆った。
「何だ……これは」
ヴィシアンドルはローガンの腕を引き、コレットの傍へとよると、神力によりバリアを張った。
「何かは分かりませんが、振れて良さそうなモノでは無いですね」
禁書を使い、ダザールの体はぼろぼろになっているのであろう。
恐らくは力に飲み込まれ、今は意思があるのかさえ定かではない。
それでも、コレットに向かって、ダザールは手を伸ばしていた。
コレットは、大きく深呼吸をするとローガンとヴィシアンドルに言った。
「穢れに似ているから、私なら祓えると思うわ」
その言葉にローガンとヴィシアンドルは目を丸くする。
聖女と言うものは万能ではない。怪我は治せても毒は治せない。
穢れは祓えても、ここまでどろどろとした影のようなものを祓えるのだろうかと二人は確信がない以上何とも答えられず黙り込んだ。
コレットはにっこりとほほ笑みを浮かべた。
「大丈夫。でも、物理的な攻撃は避けられないから、助けてもらえる?」
黒い影は人の形を作り、ローガンとヴィシアンドルは身構えるとうなずいた。
コレットは、その場に跪き、両手を合わせると祈りを捧げる。
光を体の中に集めるイメージは、久しぶりだった。
体の中に光の粒が集まり、そしてそれが体の外へと出ると影を打ち祓っていく。
ローガンとヴィシアンドルは襲い掛かってくる影を切り捨てながら、ダザールの体が光に包まれていくのを見た。
光が溢れる。
眩いその光の渦の中で、ローガンはコレットの体が元の小さな可愛らしい姿に戻っていくのを見る。
良かったとローガンが思った時であった。
ダザールは目をカッと見開き、腰に携えていた剣を引き抜くとコレットに向かって振り下ろそうと迫ってきた。
「だめだめだだめだぁぁっぁぁぁ。お前は俺の物だぁぁっぁあ!」
ローガンはそんなダザールを切り捨てる。
終わったと、思った。
「ローガン様!」
ダザールの執着心に染まった瞳がローガンを捕えるとにやりと笑った。
「聖女様は俺の物だ。お前などに、やるものか」
「っぐっ!?」
切り捨てられたダザールの体がぐにゃりと曲がり、黒い影が伸びるとローガンの体を貫く。
腹部に痛みが走ると同時に、光によってダザールの影も打ち消される。
ダザールの体は光に解けるようにして消えていった。
「ローガン様!?」
コレットが駆けより、ローガンはその場に膝をついた。
「ははっ……最後に、かっこ悪いなぁ」
苦笑を浮かべるローガンの腹からは血が溢れでる。
コレットは震えながら涙を流し、傷を癒そうとする。
そんなコレットの頬に、ローガンは手を添えると言った。
「うん。元のコレットが、私は好きだな。」
「へっ!?」
重症の状態で何を言っているのだとコレットが涙を引っ込めて顔を赤らめると、ローガンは言った。
「あ、でも、うん。私はコレットだから好きなだけで、小さな子が好きな訳ではないからね」
痛みに眉間にしわを寄せながらもそう呟かれた言葉に、コレットは何とも言えない表情を浮かべると、傷を癒すのに専念する。
ヴィシアンドルはそんなローガンの姿を見て、しゃがむとにっこりとほほ笑みを浮かべた。
「ボロボロの状態で、なんとも情けない告白の仕方ですね」
「なんだと?」
ローガンはその言葉にむっとするが、ヴィシアンドルは嬉しそうに笑っている。
「いえ、とても好感がもてるなーと。うん。貴方なら、いいや」
「何がだ?」
ローガンは尋ね返そうとするが、コレットに人差し指で口を塞がれた。
「しばらく大人しくして下さい! 重症なんですからね!」
可愛らしくお願いされて、ローガンは肩をすくめると、腹部の痛みを堪えるように小さく息を吐いた。
コレットはローガンの傷を癒していると、そこへダシャとジバが兵を率いて現れた。
最初こそ状況が錯綜したものの、コレットがことの顛末をダシャへと話したことで落ち着く。
ドラゴニアからの正式な謝罪は後日改めてとなり、コレットとローガン、ヴィシアンドルは自国へと帰還する。
ローガンは怪我は治ったとはいえ安静が言い渡されたのであった。
コレットも自分の屋敷へと帰ろうと思った時、ヴィシアンドルに引き留められた。
「聖女様。貴方に話をしたいことがあります。どうか来てくれませんか?」
丁寧にそう告げられ、なんだろうかと思いながらも、コレットはヴィシアンドルから差し出された手をとった。
するとその場から転移し、見たことのない場所へと移動する。
「綺麗」
どこの森だろうか。美しく木々の中に小さな赤い屋根の家が立つ。
庭には可愛らしい花が咲き誇り、横には小さな小川が流れている。
ヴィシアンドルが一歩その小さな家へと歩み寄ると、家から小さな女の子が数人飛び出してきた。
「ヴィアン様!」
「ヴィアン様! いらっしゃい!」
コレットはその子達を見た瞬間、目を見開いた。
森の中は精霊の力で満ち溢れ、少女達は光を纏っていた。
「変わりはないようですね」
「「「「はい」」」」
ヴィシアンドルが何かを伝えると、少女達はコレットにペコリと頭を下げて家の中へと戻っていった。
ヴィシアンドルは、コレットへと向き直ると、頭を下げて、そして言った。
「聖女様。私は貴方に謝らなければならないことがあります。貴方から受け取り、売った薬草のお金を私は偽っていました」
その言葉に、コレットはやはりそうだったのかと思いながらも、何故、ここに連れてこられたのかも、少女達が一体誰なのかも分からない。
「私はずっと聖女様の事が好きだったのです」
「は?」
突然の告白に目を丸くしているとヴィシアンドルは言葉を続けた。
「だから、薬草を高値で売り、いずれここで貴方と一緒に暮らせたらと、浅はかにもそう考えて準備をしていたのです」
「え?」
思いがけない言葉が続き、コレットは驚く。
「バカでしょう? でもあの時の私には、貴方を国から逃がす力も、財力もなかったから」
ヴィシアンドルは小さくため息をつき地面を見つめながら言葉を続ける。
「ここは精霊の力の強い土地なので、普通の人は入ってこれないのです。でも、やっと準備が出来た時には、もう貴方は」
そこでヴィシアンドルは言葉を濁す。
「それからは私の勝手な罪滅ぼしの場所として使っていました。幼い聖女はここで保護し、自分の意思で国に所属するか、それとも聖女の力を隠して生きて行くか選択できるようにしています」
コレットは小さな家に視線を移すと、小窓からこちらを心配そうに見ている少女達と目が合う。
コレットは小さくため息をついてからヴィシアンドルの頭を優しく撫でた。
「私に最初から教えてくれたらよかったのに」
「貴方は嘘がつけないでしょう? それに、貴方は国を捨てられるような人じゃないから」
コレットはクスリと笑った。
「ふふふ。ということは、私を拉致して愛の巣へと閉じ込めようとしていたということかしら?」
「は?」
ヴィシアンドルは顔をバッとあげると、一歩後ろへ下がって顔を真っ赤にして言った。
「違います! いや、一緒に暮らしたいと思っていたけれど、閉じ込めようとかは、思ってないですよ!」
「ほうほう。若気の至りと言うやつなのね」
「からかわないで下さい。私は真剣に謝罪しているんです。もし貴方がここを気に入ってもらえたなら、ここはお返しします。現金の方がよければ、現金でお返しします」
その言葉に、コレットは笑い声をあげると言った。
「ここは、このまま貴方がつかって。それにお金もいいよ。ヴィアン。もう私は聖女様ではないから、貴方が罪悪感を感じることはないの」
ヴィシアンドルはその言葉に、ぐっと息を積める。
「私はコレット。だから、もう、聖女様に縛られなくていいのよ」
その言葉に、ヴィシアンドルの瞳から涙がこぼれ落ちた。
それにコレットは慌てて、ヴィシアンドルに歩み寄る。
「何で泣くの?」
「ごめんなさい。私は、僕は、貴方を……貴方を守れなかった」
コレットはヴィシアンドルをぎゅっと抱き締めた。
「ばかねぇ。貴方のせいではないのに」
嗚咽を飲み込み、涙を流すヴィシアンドルにコレットは言う。
「もう終わったこと。貴方のせいではないし、私は今、コレットとして幸せだから」
「……本当に?」
「えぇ。あー、でも告白の返事は申し訳ないけれどお断りします。私にはローガン様がいるから」
そう言われ、ヴィシアンドルも小さく笑った。
「えぇ。私は、貴方が幸せなら、それでいいんです」
「あら、欲のない男ね?」
クスクスと二人は笑いあい、そしてその後小さな家へと入ると、聖女の力をもった少女達とごはんを囲んだ。
そんな食事の席で、ヴィシアンドルに
「薬草の代金よりもたくさんご祝儀は包みますね。なので結婚式、早くしてくださいね」
と言われて、コレットは思わず吹き出すように笑ったのであった。
私の庭は今日も賑わっている。
新たに新種の薬草なども生えだすものだから、魔術師達は大喜びで、小躍りしながら研究に精を出しているのである。
そしてローガン様は元気を取り戻すと、毎日のように時間を見つけては会いに来てくれるようになった。
そして今日は大きな花束を持って現れたのである。
魔術師達は早々に空気を読んだ。
「コレット様、また来ます!」
「お幸せに!」
「ひゅー! ひゅー!」
手をひらひらと振りながら早々にゲートを通ってその場から退散していく。
「ローガン様、どうしたのですか?」
私が小首をかしげると、ローガン様がその場に膝をつく。
いつもとは違う雰囲気に、私はどうしたのだろうかと戸惑いながらも姿勢を正した。
「コレット」
「は、はい!」
ドキドキとして心臓を高鳴らせていると、ローガン様はゆっくりと口を開いた。
「私は君を、愛している。だから結婚してほしい」
はっきりと言われた言葉に、私は目を見開いた。
今、私のことを、愛していると、言った!?
ぱぁぁぁっと表情を輝かせてうなずこうとしたのだが、ふと、一瞬心が冷静になっていく。
私は呼吸を整えると、やはり一度ちゃんと確かめておこうと、決心する。
「ローガン様は、幼女趣味では」
「ない」
「では、聖女の力を欲して?」
「違う」
ローガンの真っ直ぐな瞳を、コレットは疑うようにじっと見つめ、そしてぷっと噴き出した。
「ごめんなさい。つい、確認したくなっちゃって」
くすくすと笑う私に、ローガン様は肩をすくめる。
「私は返事を待っているのだけれど、私の愛しい人は、返事をくれないのかな?」
私はその不貞腐れるような表情に、また笑うと、優雅に一礼していった。
「喜んでお受けいたします。私も、ローガン様が大好きです!」
そしてローガン様の胸の中へと私は飛びこんだ。
その瞬間、コレットの庭にたくさんの妖精達が飛び交い、溢れ、そして光の柱を作る。
「あ」
「うわぁ……」
妖精達はコレットを祝福しようと踊り歌い、大はしゃぎである。
その様子にヴィシアンドルが慌てて訪れた。
「何をやっているのですか!」
シシリーは涙を流しながらハンカチで鼻水を拭きとっている。
「ようございましたぁぁぁ」
ローガン様は妖精やら精霊やらが入り乱れるその様子を見ながら、大きくため息をついた。
「後処理が大変そうだ」
その通りである。
ローガン様はその後、この私の庭については不可思議な力により、精霊の庭となった場所であり、王家によって保護地区と定めるとした。
そしてコレットの家にはその保護地区を守る役割を任せることとなったのだ。
「コレット、頼むから聖女だと君がばれないようにしてくれないか」
「え? うん。そのつもりなんだけれど」
ローガン様の婚約者として幸せ絶頂の私は、つい、幸せのおすそ分けを皆にしたがってしまう悪い癖ができた。
つまり聖女だという事実を隠しきれない。
なので国中でコレットは聖女様という噂が広がっている。
国のパワーバランスを調整するローガン様は大変そうである。
その後、ローガン様の力によって聖女にはある程度自由が認められるようになり、昔のように監禁紛いなことはしなくなった。
そのことを喜んだ精霊達が、王国に聖女をよく誕生させるようになったことを知る者はいない。
「コレット様。遊びに来ましたよ」
ヴィシアンドルがよく私の元を訪れるものだから、ローガン様は気が気ではない様子だ。
浮気なんて絶対にしないのに。
「また来たのか」
「はい。ここはとても空気がいいもので」
「コレットは私のものなのだが?」
「はい。ですから、私はコレット様のお友達です」
そこへドラゴニアからダシャも内密でたまにやってくるものだからローガン様はさらに気が気ではない。
ドラゴニアにはかなり慰謝料としてふっかけたものの、それでも国交が盛んになり、今では友好国としてやりとりする仲となっている。
なんだかんだとにらみ合うローガン様とヴィシアンドルであるが、仲は悪くなさそうだ。
「今日はぽかぽかいい天気ですねぇ」
私の庭は今日も、賑やかである。
おしまい
◇◇◇
最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございました。
ちびっこ、コレットの物語が描けてとても楽しかったです。
では、またどこかでお会いできるまで。
はばぁないですでい!
かのん
ローガンはコレットを背に庇うと、扉が開き、そこにげっそりとやせ細ったドラゴニアの王ダザールの姿があった。
その姿は数刻前に見た時よりも悪化しており、コレットは目を丸くした。
「お……おぉぉ、聖女様。やっと……やっと手に入れた」
ダザールが手を伸ばすと黒い影がコレットを奪おうとしてくるが、それをヴィシアンドルとローガンが剣で切り捨てた。
しかし、地面から次々と黒い影は湧き上がってくる。
「一体何だこれは」
「これが禁書の力ということですかね……ですが……王の様子からして、命を削られるもののようですね」
コレットはその姿を見て、何故それほどまでに自分を求めるのか疑問に思った。
この王と会ったのは数えても一度か二度、それなのに何故。
「聖女様をこちらへとよこせ!」
王の体は次第に黒い蛇のようなものが体を這い、目は赤黒く変わっていく。
「それは……それは……俺の女だぁぁぁぁぁぁ!」
盛り上がるダザール王を、コレットは冷めた目で見つめた。
コレットは静かにダザールを見つめた。
ダザールと出会ったのは、コレットが聖女様として崇められていた頃であった。
その時から、ねっとりとした視線を向けられるたびに、コレットはぞわりと背筋が寒くなったのを覚えている。
一番最初にその視線を感じたのは、聖女として下町から神殿に引き取られ、聖女として各国の貴賓の前へと姿を見せた時だった。
私はその頃のことを思い出す。
下町とはいっても、綺麗な場所ではない。浮浪児の多い地域で、そこでは捨てられた子ども達が一日一日を必死に生きていた。
毎日、毎日、明日は生きていられるか分からない日々。
そんなある日、下町に慈善事業に来ていた神官の手によって聖女としての力を見いだされ、神殿へと入る事となった。
そこでは毎日ご飯を食べられた。
そこでは毎日お風呂に入れた。
そこでは毎日夜不安を抱かずに眠ることが出来た。
それは幸福な事。それを知っているから、外に出られなくても、街に行けなくても、自由に野を駆けまわる事が出来なくても、我慢できた。
けれど、それでもたまに思い出した。
空腹だけれど、汚れていたけれど、自分で毎日好きなことをして生きるそんな自由な生活を。
だからだろう。
聖女様として崇められ、そして同じ日々が続いていくのが嫌になっていた。
二度目にダザールに会った時、彼は王子から国王へと変わっていた。
その視線は以前よりも執着心を露わにしていた。
それくらいのことだ。
ダザールとの思い出など、それくらいのことなのだ。
そしてもう一つ、思い出と言えるのかは分からないが、コレットは喉の奥に痛みを感じ、苦しみ、痛みを感じた時、ドラゴニアの毒であることに気付いた。
食べ物に毒が入れられたのか、それとも水に入れられたのか、はたまた部屋に何か仕掛けられていたのか。
それは死にゆく私には分からなかった。
ただ、目の前に死が訪れた時、思ったのだ。
自分は聖女様としか生きられず、誰も本当の自分など興味がなかったのだと。
だから……もし来世があるならば自分を見てくれる人と色恋がしてみたいと思った。
普通の女の子のように、恋をして、あははうふふと話がしてみたい。
そう、思った。
コレットはダザールを睨みつけるとはっきりとした口調で言った。
「貴方は何故、そこまで聖女様に固執するの?」
ダザールはその言葉に眉間にしわを寄せると、にやりと口元を歪ませて言った。
「俺に手に入らないものなどない。俺は王だぞ? なのに、なのに聖女様だけが手に入らなかった! ヴェールガが邪魔をするからだ! だから殺したのだ! 生まれ変わって俺の元へと来れるように! さぁ、お前は俺の物だ! こちらへと来い!」
あまりに自分勝手な言葉に、コレットは唇を噛む。
こんな自分勝手な理由で自分は殺されたのだ。
悔しかった。
コレットは拳を握りしめ口を開きかけた時であった。
黒い自分達を取り囲む影をヴィシアンドルが神力で吹き飛ばし、そしてローガンがダザールが手に持っていた禁書を切り捨てた。
ダザールは一瞬の出来事に目を見開き、そしてしりもちをつく。
その首元にローガンは切っ先を向けると言った。
「それ以上、口を開くな。彼女はお前の物ではない。そして、彼女は聖女様ではなくコレットだ。間違えるな」
コレットは、ゆっくり、握りしめていた手を緩めた。
心臓がトクリと鳴った。
そうだ。私はコレットだ。もう、聖女様ではない。
ローガンとヴィシアンドルの自分を守るように立つ背中を見つめながら、コレットは泣きそうになった。
ダザールはにやりと笑うと、ローガンの突き立ててきた剣を手で握りしめ、血を流しながら声を上げた。
「禁書を破こうが、もう終わりだ! 俺は聖女様を手に入れ、うぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
呻き声を上げ始めたかと思えば、目が真っ赤に充血し、ダザールの体から黒い影が噴き出した。
ローガンは距離を取ると、剣を構えるが、黒い影は次第に広がり始め、ローガンはピリリとした刺激臭に手を口で覆った。
「何だ……これは」
ヴィシアンドルはローガンの腕を引き、コレットの傍へとよると、神力によりバリアを張った。
「何かは分かりませんが、振れて良さそうなモノでは無いですね」
禁書を使い、ダザールの体はぼろぼろになっているのであろう。
恐らくは力に飲み込まれ、今は意思があるのかさえ定かではない。
それでも、コレットに向かって、ダザールは手を伸ばしていた。
コレットは、大きく深呼吸をするとローガンとヴィシアンドルに言った。
「穢れに似ているから、私なら祓えると思うわ」
その言葉にローガンとヴィシアンドルは目を丸くする。
聖女と言うものは万能ではない。怪我は治せても毒は治せない。
穢れは祓えても、ここまでどろどろとした影のようなものを祓えるのだろうかと二人は確信がない以上何とも答えられず黙り込んだ。
コレットはにっこりとほほ笑みを浮かべた。
「大丈夫。でも、物理的な攻撃は避けられないから、助けてもらえる?」
黒い影は人の形を作り、ローガンとヴィシアンドルは身構えるとうなずいた。
コレットは、その場に跪き、両手を合わせると祈りを捧げる。
光を体の中に集めるイメージは、久しぶりだった。
体の中に光の粒が集まり、そしてそれが体の外へと出ると影を打ち祓っていく。
ローガンとヴィシアンドルは襲い掛かってくる影を切り捨てながら、ダザールの体が光に包まれていくのを見た。
光が溢れる。
眩いその光の渦の中で、ローガンはコレットの体が元の小さな可愛らしい姿に戻っていくのを見る。
良かったとローガンが思った時であった。
ダザールは目をカッと見開き、腰に携えていた剣を引き抜くとコレットに向かって振り下ろそうと迫ってきた。
「だめだめだだめだぁぁっぁぁぁ。お前は俺の物だぁぁっぁあ!」
ローガンはそんなダザールを切り捨てる。
終わったと、思った。
「ローガン様!」
ダザールの執着心に染まった瞳がローガンを捕えるとにやりと笑った。
「聖女様は俺の物だ。お前などに、やるものか」
「っぐっ!?」
切り捨てられたダザールの体がぐにゃりと曲がり、黒い影が伸びるとローガンの体を貫く。
腹部に痛みが走ると同時に、光によってダザールの影も打ち消される。
ダザールの体は光に解けるようにして消えていった。
「ローガン様!?」
コレットが駆けより、ローガンはその場に膝をついた。
「ははっ……最後に、かっこ悪いなぁ」
苦笑を浮かべるローガンの腹からは血が溢れでる。
コレットは震えながら涙を流し、傷を癒そうとする。
そんなコレットの頬に、ローガンは手を添えると言った。
「うん。元のコレットが、私は好きだな。」
「へっ!?」
重症の状態で何を言っているのだとコレットが涙を引っ込めて顔を赤らめると、ローガンは言った。
「あ、でも、うん。私はコレットだから好きなだけで、小さな子が好きな訳ではないからね」
痛みに眉間にしわを寄せながらもそう呟かれた言葉に、コレットは何とも言えない表情を浮かべると、傷を癒すのに専念する。
ヴィシアンドルはそんなローガンの姿を見て、しゃがむとにっこりとほほ笑みを浮かべた。
「ボロボロの状態で、なんとも情けない告白の仕方ですね」
「なんだと?」
ローガンはその言葉にむっとするが、ヴィシアンドルは嬉しそうに笑っている。
「いえ、とても好感がもてるなーと。うん。貴方なら、いいや」
「何がだ?」
ローガンは尋ね返そうとするが、コレットに人差し指で口を塞がれた。
「しばらく大人しくして下さい! 重症なんですからね!」
可愛らしくお願いされて、ローガンは肩をすくめると、腹部の痛みを堪えるように小さく息を吐いた。
コレットはローガンの傷を癒していると、そこへダシャとジバが兵を率いて現れた。
最初こそ状況が錯綜したものの、コレットがことの顛末をダシャへと話したことで落ち着く。
ドラゴニアからの正式な謝罪は後日改めてとなり、コレットとローガン、ヴィシアンドルは自国へと帰還する。
ローガンは怪我は治ったとはいえ安静が言い渡されたのであった。
コレットも自分の屋敷へと帰ろうと思った時、ヴィシアンドルに引き留められた。
「聖女様。貴方に話をしたいことがあります。どうか来てくれませんか?」
丁寧にそう告げられ、なんだろうかと思いながらも、コレットはヴィシアンドルから差し出された手をとった。
するとその場から転移し、見たことのない場所へと移動する。
「綺麗」
どこの森だろうか。美しく木々の中に小さな赤い屋根の家が立つ。
庭には可愛らしい花が咲き誇り、横には小さな小川が流れている。
ヴィシアンドルが一歩その小さな家へと歩み寄ると、家から小さな女の子が数人飛び出してきた。
「ヴィアン様!」
「ヴィアン様! いらっしゃい!」
コレットはその子達を見た瞬間、目を見開いた。
森の中は精霊の力で満ち溢れ、少女達は光を纏っていた。
「変わりはないようですね」
「「「「はい」」」」
ヴィシアンドルが何かを伝えると、少女達はコレットにペコリと頭を下げて家の中へと戻っていった。
ヴィシアンドルは、コレットへと向き直ると、頭を下げて、そして言った。
「聖女様。私は貴方に謝らなければならないことがあります。貴方から受け取り、売った薬草のお金を私は偽っていました」
その言葉に、コレットはやはりそうだったのかと思いながらも、何故、ここに連れてこられたのかも、少女達が一体誰なのかも分からない。
「私はずっと聖女様の事が好きだったのです」
「は?」
突然の告白に目を丸くしているとヴィシアンドルは言葉を続けた。
「だから、薬草を高値で売り、いずれここで貴方と一緒に暮らせたらと、浅はかにもそう考えて準備をしていたのです」
「え?」
思いがけない言葉が続き、コレットは驚く。
「バカでしょう? でもあの時の私には、貴方を国から逃がす力も、財力もなかったから」
ヴィシアンドルは小さくため息をつき地面を見つめながら言葉を続ける。
「ここは精霊の力の強い土地なので、普通の人は入ってこれないのです。でも、やっと準備が出来た時には、もう貴方は」
そこでヴィシアンドルは言葉を濁す。
「それからは私の勝手な罪滅ぼしの場所として使っていました。幼い聖女はここで保護し、自分の意思で国に所属するか、それとも聖女の力を隠して生きて行くか選択できるようにしています」
コレットは小さな家に視線を移すと、小窓からこちらを心配そうに見ている少女達と目が合う。
コレットは小さくため息をついてからヴィシアンドルの頭を優しく撫でた。
「私に最初から教えてくれたらよかったのに」
「貴方は嘘がつけないでしょう? それに、貴方は国を捨てられるような人じゃないから」
コレットはクスリと笑った。
「ふふふ。ということは、私を拉致して愛の巣へと閉じ込めようとしていたということかしら?」
「は?」
ヴィシアンドルは顔をバッとあげると、一歩後ろへ下がって顔を真っ赤にして言った。
「違います! いや、一緒に暮らしたいと思っていたけれど、閉じ込めようとかは、思ってないですよ!」
「ほうほう。若気の至りと言うやつなのね」
「からかわないで下さい。私は真剣に謝罪しているんです。もし貴方がここを気に入ってもらえたなら、ここはお返しします。現金の方がよければ、現金でお返しします」
その言葉に、コレットは笑い声をあげると言った。
「ここは、このまま貴方がつかって。それにお金もいいよ。ヴィアン。もう私は聖女様ではないから、貴方が罪悪感を感じることはないの」
ヴィシアンドルはその言葉に、ぐっと息を積める。
「私はコレット。だから、もう、聖女様に縛られなくていいのよ」
その言葉に、ヴィシアンドルの瞳から涙がこぼれ落ちた。
それにコレットは慌てて、ヴィシアンドルに歩み寄る。
「何で泣くの?」
「ごめんなさい。私は、僕は、貴方を……貴方を守れなかった」
コレットはヴィシアンドルをぎゅっと抱き締めた。
「ばかねぇ。貴方のせいではないのに」
嗚咽を飲み込み、涙を流すヴィシアンドルにコレットは言う。
「もう終わったこと。貴方のせいではないし、私は今、コレットとして幸せだから」
「……本当に?」
「えぇ。あー、でも告白の返事は申し訳ないけれどお断りします。私にはローガン様がいるから」
そう言われ、ヴィシアンドルも小さく笑った。
「えぇ。私は、貴方が幸せなら、それでいいんです」
「あら、欲のない男ね?」
クスクスと二人は笑いあい、そしてその後小さな家へと入ると、聖女の力をもった少女達とごはんを囲んだ。
そんな食事の席で、ヴィシアンドルに
「薬草の代金よりもたくさんご祝儀は包みますね。なので結婚式、早くしてくださいね」
と言われて、コレットは思わず吹き出すように笑ったのであった。
私の庭は今日も賑わっている。
新たに新種の薬草なども生えだすものだから、魔術師達は大喜びで、小躍りしながら研究に精を出しているのである。
そしてローガン様は元気を取り戻すと、毎日のように時間を見つけては会いに来てくれるようになった。
そして今日は大きな花束を持って現れたのである。
魔術師達は早々に空気を読んだ。
「コレット様、また来ます!」
「お幸せに!」
「ひゅー! ひゅー!」
手をひらひらと振りながら早々にゲートを通ってその場から退散していく。
「ローガン様、どうしたのですか?」
私が小首をかしげると、ローガン様がその場に膝をつく。
いつもとは違う雰囲気に、私はどうしたのだろうかと戸惑いながらも姿勢を正した。
「コレット」
「は、はい!」
ドキドキとして心臓を高鳴らせていると、ローガン様はゆっくりと口を開いた。
「私は君を、愛している。だから結婚してほしい」
はっきりと言われた言葉に、私は目を見開いた。
今、私のことを、愛していると、言った!?
ぱぁぁぁっと表情を輝かせてうなずこうとしたのだが、ふと、一瞬心が冷静になっていく。
私は呼吸を整えると、やはり一度ちゃんと確かめておこうと、決心する。
「ローガン様は、幼女趣味では」
「ない」
「では、聖女の力を欲して?」
「違う」
ローガンの真っ直ぐな瞳を、コレットは疑うようにじっと見つめ、そしてぷっと噴き出した。
「ごめんなさい。つい、確認したくなっちゃって」
くすくすと笑う私に、ローガン様は肩をすくめる。
「私は返事を待っているのだけれど、私の愛しい人は、返事をくれないのかな?」
私はその不貞腐れるような表情に、また笑うと、優雅に一礼していった。
「喜んでお受けいたします。私も、ローガン様が大好きです!」
そしてローガン様の胸の中へと私は飛びこんだ。
その瞬間、コレットの庭にたくさんの妖精達が飛び交い、溢れ、そして光の柱を作る。
「あ」
「うわぁ……」
妖精達はコレットを祝福しようと踊り歌い、大はしゃぎである。
その様子にヴィシアンドルが慌てて訪れた。
「何をやっているのですか!」
シシリーは涙を流しながらハンカチで鼻水を拭きとっている。
「ようございましたぁぁぁ」
ローガン様は妖精やら精霊やらが入り乱れるその様子を見ながら、大きくため息をついた。
「後処理が大変そうだ」
その通りである。
ローガン様はその後、この私の庭については不可思議な力により、精霊の庭となった場所であり、王家によって保護地区と定めるとした。
そしてコレットの家にはその保護地区を守る役割を任せることとなったのだ。
「コレット、頼むから聖女だと君がばれないようにしてくれないか」
「え? うん。そのつもりなんだけれど」
ローガン様の婚約者として幸せ絶頂の私は、つい、幸せのおすそ分けを皆にしたがってしまう悪い癖ができた。
つまり聖女だという事実を隠しきれない。
なので国中でコレットは聖女様という噂が広がっている。
国のパワーバランスを調整するローガン様は大変そうである。
その後、ローガン様の力によって聖女にはある程度自由が認められるようになり、昔のように監禁紛いなことはしなくなった。
そのことを喜んだ精霊達が、王国に聖女をよく誕生させるようになったことを知る者はいない。
「コレット様。遊びに来ましたよ」
ヴィシアンドルがよく私の元を訪れるものだから、ローガン様は気が気ではない様子だ。
浮気なんて絶対にしないのに。
「また来たのか」
「はい。ここはとても空気がいいもので」
「コレットは私のものなのだが?」
「はい。ですから、私はコレット様のお友達です」
そこへドラゴニアからダシャも内密でたまにやってくるものだからローガン様はさらに気が気ではない。
ドラゴニアにはかなり慰謝料としてふっかけたものの、それでも国交が盛んになり、今では友好国としてやりとりする仲となっている。
なんだかんだとにらみ合うローガン様とヴィシアンドルであるが、仲は悪くなさそうだ。
「今日はぽかぽかいい天気ですねぇ」
私の庭は今日も、賑やかである。
おしまい
◇◇◇
最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございました。
ちびっこ、コレットの物語が描けてとても楽しかったです。
では、またどこかでお会いできるまで。
はばぁないですでい!
かのん
