稀代の魔力を持つ転生令嬢、私は一人前であると声を大にして言いたい ~王家に拾われ国を救ったのは、ちびっこと見下されてきた私です~

「ドラゴニアを守護する竜神様、どうか、そのお姿をお見せください」

 心を込めてダシャはそう呼び、そして手を伸ばす。

 天へと高く高く、求めるように。

 ダシャの中には、未だに疑問があった。

 闇を纏うような自分の外見は呪われているのではないのか。

 竜神に愛されるわけがないのではないか。

 だからこそいくら手を伸ばしたところで、取られることはないのではないか。

 ダシャの手はただ、空を切る。

 ダメだ。やはり、自分は愛されてなどいないのだと手を降ろしそうになった時だった。

「ダシャ。来るわよ」

 私はそうダシャへと告げた。

 その瞬間、雷鳴が轟き、稲妻が走る。

 一瞬、眩いばかりの稲妻に皆が視界を奪われた。

 そして次の瞬間、ダシャの体は長い肢体をした竜の尾に抱かれていた。

『呼んだか? ドラゴニアの新たなる王よ』

 金色の鱗は太陽の光を浴びて虹色に輝き、その瞳は空を映し出したかのような深い青。

 竜神は嬉しそうにダシャの頬へとすり寄り、そして瞳を輝かせた。

『王をいじめようとする奴らは懲らしめられたか?』

 その言葉に、ダシャは困惑しながらも恐らく病の事だろうと察すると慌てて言葉を返そうとしたが、私が小さく咳払いをする。

 ダシャは私へと視線を向けると、私は口を動かす。

(おちついて)

 ダシャはうなずき返すと、呼吸を繰り返してからゆっくりと言った。

「お会いできて光栄でございます。竜神様、こらしめる、とは?」

『お前はいじめられていただろう。だから、皆に分かるように、病を撒いてやった。お前を王にしなければならないのに、それが分かっていないようだったからな』

 楽しそうな口調の竜神の言葉に、皆が息を飲む。

 人の理が罷り通らないのが人外である。

 ダシャはゆっくりとしたっ口調で言った。

「心遣いありがとうございます。ですが、病を治してほしいのです」

 その言葉に、竜神の言葉に苛立ちが混ざる。

『なんだと? 病を治せ?』

 竜の苛立ちを現すように、小さな稲妻が空を駆ける。

「ど、どうか怒りを鎮めてください」

『えぇい! 何を言うのだ! 我はお前の味方だと言うのに、我の思いが届いておらぬのか!?』

 私はすっと慌てるダシャの横に立つと、竜神に頭を下げて、そしてダシャの方を見て言った。

「ダシャ様。お心を鎮め、どうか練習通りに」

『何だこの娘は?!』

 ダシャは事前に私と打ち合わせ、もしも竜神が怒りを露わにした時にはどうしたらいいのかなど練習をしていた。

 ただ、その内容には疑問があり、今この時点で使って、大丈夫なのかと心配になる。

 だが、私の眼差しを受けて、ダシャは羞恥心を押し殺すと、竜神に抱き着いて言った。

「竜神様! 助けて下さってありがとうございました。大好きです!」

 私がダシャに教えた戦法。

 大好き作戦決行である。

 抱きしめられた瞬間、竜神の鱗が七色に輝きを発し、そして少しくねくねとうねると、嬉しそうにダシャへとすり寄った。

『可愛いダシャよ。我が愛しい王』

 皆がその姿を呆然と見つめていた。

 ダシャは呼吸を整えると竜神に願った。

「お願いです。どうか、民を貴方の病から救ってほしいのです」

 竜神は楽しそうに喉の奥をごろごろと鳴らすとうなずいた。

『我が王の願いならば叶えよう。では、王都へと行き、すぐに王位を継げ。良いな? ドラゴニアの王はお前だ』

 その言葉に焦ったようにダシャは口を開いた。

「少し待ってください。あの、今ドラゴニアには俺の父王がいます。ですから」

『あぁ、ならば父王を下げさせればよい。あれは、ドラゴニアの血は引いているが、お前という王が生まれ、王位を継げるまでに育った以上には不要だ』

 その言葉に騎士らには動揺が走る。

 現在の王も竜神に祝福されて王になったと思っていたからである。

 それはダシャも同様であった。

「父は……竜神様に選ばれたのではないのですか?」

 竜神は小首をかしげる。

 さも当たり前という様子に、ダシャは驚きが隠せない。

『我が王は簡単に生まれるものではない。百年に一度現れればいいほうだ。産まれなかった年は、血族が王位を継ぐようになっている』

「なる……ほど」

 そう言う物なのかとダシャが思っていると、シバ様が一歩前へと進み出て、その場に跪く。

「ダシャ様が王位に就くまでの間、その命を狙う不届き物がいるやもしれません。どうか、王を守る騎士の一端に、俺も入れてはいただけないか」

 その言葉に賛同するように、騎士達は膝をつく。

 ダシャはその様子に驚いたが、ふらついた足取りでディが現れ同じように膝をつく。

「どうか……私も、お守りさせて下さい。我が王は、ダシャ様のみ。永遠の忠誠を誓います」

 竜神は華をふんふんと鳴らすと、ぎろりとディを睨みつける。

『お前は、我が王を傷つける仲間の一旦ではなかったのか?』

 その言葉に、ディの肩が震える。

 シバ様達は目を見開くが、ダシャが素早く声を上げた。

「竜神様! それは俺も分かってたこと。けれどディは、自分の命も顧みず、俺を逃がしてくれた。俺が生きていられるのは、ディがいたからなのです!」

 今にも射殺さんばかりの竜神の様子にダシャはそう声を上げるが、未だ竜神の殺気は収まらない。

 その時、ふわりとした柔らかな風がその場を駆け抜けていく。

 竜神は視線を私へと移した。

『何のまねだ』

 私は頭を下げ、そして顔を上げるとにこりと微笑みながら竜神に向かって告げた。

「かけまくも畏き竜神様、お目に書かれて恐悦至極にございます。人とは心で行動する生き物。ダシャ様にディ様は引かれ、そして純粋に自分の王と見定めたのでしょう。自ら王を選び、命を投げ出せる。そのような忠臣は中々に貴重な存在です。これからダシャ様が王となるにあたって、心から信頼できる忠臣は、必要不可欠にございます」

 真っ直ぐに恐れることなく竜神を見上げる。

 その姿に皆が息を呑む。

 だが、次の一言で皆は別の意味でコレットに驚かされる。

「そして、ここでディを許し、民の病を治すことによって、ダシャ様は竜神様のことをさらに、それはそれは愛しく、大好きになることでしょう。ダシャ様のお心はもう竜神様のものです」

 勝手に竜神様に捧げられる自分の心。

 ダシャは頬をわずかに引きつらせた。

 そんなダシャの様子には気づかず、竜神はダシャへと尋ねる。

『本当か? お前はそんなことで、我の事を愛しく、大好きにもっとなるか?』

 期待の込められた瞳に、ダシャは驚きながらも何度もこくこくとうなずいた。

 その様子に竜神は嬉しそうに微笑みを浮かべる。

『ならば、その者を許そう! よしよし、さらに祝福をやろう』

 そう言うと、竜神は自らの鱗を自身の爪を使ってはがした。

『我が王の盾と鉾となり、ドラゴニア王国を守護せよ。その心変わらぬ間は我が祝福を身に宿すことを許そう』

 鱗はキラキラとした砂へと変わると、それがディとジル様や他の騎士へと降り注ぐ。

 皆が跪く。

「「「「我らがダシャ王に忠誠を!!!!」」」」

 竜神は大きく頷くと声を上げた。

『では、我が王を王都へと連れて行く。着いて来い』

「「「「はっ!!!!」」」」

 騎士団とディは馬へと跨り、テントや荷物は置いたまま、その身一つで竜神と共に向かう決意をする。

 シバ様はこちらへと歩み寄ると、胸に手を当て敬礼をすると言った。

「心より感謝する。この恩は忘れない」

 ローガン様はうなずくと言った。

「武運を」

「ありがとう」

 シバは黒馬へと跨ると言った。

「行くぞ!」

「「「「はい!」」」」

 竜神はその様子を見ると、ダシャを腕に抱き、そしてクルリとまわると私の鼻へと口づけた。

 突然の事に私が目を丸くすると、竜神は言った。

『お前にも我が祝福をやろう。ではな』

 そう言い、竜神は騎士団の前に出ると飛んでいく。

 騎士団はそれに続き、走って行く。

 慌ただしくその場から去っていく背を見送りながら、私達は安堵するように大きく息をついた。

 空を見上げると、キラキラとした光が空から降り注いぐ。

 地上へと落ちると、それは大地を潤していく。

「では、私達も国へと帰りましょうか?」

 ヴィシアンドルの言葉に、私達もうなずく。

 ヴィシアンドルは自らの神力と精霊の力を借りると、神殿の祈りの間へと転移した。

「ふぅ」

 かなりの力を消費した為に、ヴィシアンドルは膝をつき、呼吸をゆっくりと繰り返す。

 その様子に私は慌てて駆け寄ると、その背をさする。

「大丈夫?」

「はい」

「無事に帰ってきたのか。ありがとう。助かった」

 ローガン様の言葉にヴィシアンドルは立ち上がると首を横に振った。

「いえ。あと……実の所独断で貴方方を迎えに行ったものですから、私の願いが通じて、帰ってこれたことにしてもらってもいいですか?」

 その言葉に私達は目を丸くする。

 ローガン様は大きく息をつく。

「分かった。とにかく、無事に帰ってきたことを知らせてくる。ヴィシアンドルはコレット共に少し休んでいてくれ。コレット、ヴィシアンドルを頼めるか?」

 神力をほぼ使い切り、今立ち上がっているのが精いっぱいだということをローガン様は悟ったのだろう。

 私がうなずくとローガン様はにっこりとほほ笑んで言った。

「話が終わったら迎えに来るから。では、行ってくる」

 ローガン様はその場を後にし、祈りの間に私とヴィシアンドルだけが残る。

 ヴィシアンドルはローガン様が行ったのを見送ると、その場に倒れ込むようにしりもちをつき、床に大の字に寝転がった。

「ヴィアン。大丈夫?」

「ははっ。隣国から三人も連れて移動したんだよ。聖女様じゃないんだから、大丈夫な訳ないよね」

「そ? ……そうね」

「意味分かっていないのに、うなずかない」

「ごめんなさい」

 ”聖女様”ならば、精霊の力を借りてどこにでも誰を連れてでも移動に制限などない。

 ”聖女様”が願えば精霊は喜んでその頼みを聞くからだ。

 そんな存在は”聖女様”くらいだが、その”聖女様”は精霊を乱用することなどない。

 だから、精霊が”聖女様”の事を考えて、行動する。

 ヴィシアンドルは大きくため息をつくと、深呼吸を繰り返す。

 体の中の血液がどくどくと脈打ちながら流れていくのを感じ、呼吸を整えていく。

「”聖女様”は……よく、ドラゴニアの者を助けようという気になるね」

 その言葉にコレットは首を傾げた。

「あら、どうして? そりゃあ目の前で困っている人がいたら、助けるに決まっているわ」

 無条件に優しいその言葉に、ヴィシアンドルは反吐が出る。

「っは。何でそんな事が言えるのかなぁ……」

 ヴィシアンドルは優しくない。

 優しそうに見えるのは、もう二度と大切なものを失わないように力をつけるために必要なことだったからだ。

 体をゆっくりと起き上がらせ、私の頬にヴィシアンドルは手を添えると、悲しげに言った。

「あの時のこと……分かっているんでしょう?」

 じっと真っ直ぐに見つめてくるヴィシアンドルの言葉に、私はうっと言葉を詰まらせると笑顔を顔に張り付けて首を横に振る。

「何のこと?」

「しらばっくれないで。あの時、貴方を殺したのは……ドラゴニアの毒だ」

 ヴィシアンドルの言葉に、私は瞳を大きく見開くとゆっくりと息を吐き、首を横に振る。

「ねぇヴィアン。もう、昔の事よ」

「昔の事じゃない! 先日の第一王子の一件も、おそらくは」

「ヴィアン。それは可能性の話でしょう?」

 宥めようとするようなその声に、ヴィシアンドルは声を荒げ、いら立ちをあらわにした。

「貴方はいつもそうだ! 僕は、僕は! もう、二度と……貴方を失うのは嫌なんだ。お願いだから。お願いだから結婚して、幸せに暮らして……普通の女の子と同じように笑って生きてほしいんだよ」

 吐き出すような願うようなその言葉に、私は自分がこれほどまでにヴィアンを傷つけていたのかと胸が痛くなり、その体をぎゅっと抱きしめた。

「ごめん……ごめんね」

「謝るくらいなら、勝手に死なないでよ。謝るくらいなら……もういなくならないで」

 苦しげなその声に、私はぎゅうぎゅうとヴィシアンドルを抱きしめる。

 幼い頃のヴィシアンドルは自分の意思とは関係なく神殿へと入れられた。

 そこには頼る者も甘えられる者もいない。

 そんな中で、”聖女様”だけが彼にとっての光だった。

 だから、今度こそ、コレットには幸せになって欲しいと願っている。

 自分の元ではなくてもいい。

 王子の元でもいいのだ。
 
 ただ、彼女が笑ってくれるなら、彼女が笑って生きていてくれるなら、そう、ヴィアンは願う。