稀代の魔力を持つ転生令嬢、私は一人前であると声を大にして言いたい ~王家に拾われ国を救ったのは、ちびっこと見下されてきた私です~

 その後、私達は庭を少し二人で散歩することとなった。

 他愛ない会話をしていると、思い出したようにローガン様が言った。

「そう言えば、以前話をした聖女はまだ見つからないんだ」

「そ、そうですか」

「ああ。出来るだけ早々に保護したいのだがな……」

「でも、その……聖女様ですから、大丈夫じゃないですかね?」

 ローガン様は私の言葉に、静かに首を横に振る。

「聖女であっても、万能ではない」

 聖女の力は、傷や病を癒す。

 また、力の強い聖女であれば、人体の欠損すらも癒して元に戻してしまう。

 ただ、毒というものには何故か聖女の力は効かない。

 そう。

 毒というものは、聖女にとっては天敵のようなものなのだ。

「身の安全の為にも、早く保護したいところだ」

「……そうですね」

 私は、気づかれないようにしなければとそう思った。
 
 私は夜中目が覚めてしまい、小さく息を吐くとショールを羽織、庭へと出た。

 月の光が庭の植物達を照らしている。

 風に葉は揺れ、蛙の鳴き声が静かな夜に響いて聞こえた。

 私は庭で育つ植物に指で触れながら、小さな声で鼻唄を歌う。

「ふんふんふーん。ふへへんふーん。」

 歌を歌うのは好きだ。

 ただ……自分があまり歌が上手くないことは知っている。

「ぶっ……」

 不意に吹き出すような笑い声が聞こえて、私は驚いて声のした方へと視線を向けた。

 そこには、最高神官長のヴィシアンドル様が口許を押さえていた。

 夜中に人の家に何の用だろうかと、一瞬体を強張らせたが、そういえばと思い出す。

 王宮から、夜の庭も調べたいと要請があったのだ。

「驚かせてしまい、申し訳ありません。夜の庭の調査に来ておりました」

 私は肩にかけているショールをぎゅっと握ると、ヴィシアンドルをじっと見つめた。

 ヴィシアンドルを見た時、初め自分の目を疑った。

 彼のことを私は知っている。

 彼は、前世、私から薬草を安値で買い取っていた子どもの神官である。

 そんな子どもだったヴィアンことヴィシアンドルは大きくなり、なんと最高神官長になっていた。

「失礼ですよ?」

 鼻唄を笑われたことに私は苛立つが、ヴィシアンドルは未だに口許を押さえて肩を震わせている。

「も……申し訳ありません」

 私は、むっとしながらもヴィシアンドルを見つめて、そして頭の中で十歳の頃のヴィシアンドルを思い出す。

 あの頃はこんなにも立派な神官になるなど想像もしていなかった。

 どちらかといえば口が悪くて、目付きも悪くて、可愛げの欠片もない子どもだった。

 それが優しげな神官となり、最高神官長にまで上り詰めているとは。

 大人になったのだなと、何故か親目線で思いに更ける。

「神官長様自ら調査ですか?」

 どうにか笑いを引っ込めると、ヴィシアンドルは頷いた。

「こんばんは。えぇ。夜の庭は精霊の力が強まるかどうか、調べに来ました。でもまさか、こんな夜中に、素敵な歌を聴けるとは。得をしました」

 嫌みなところは、変わらないらしい。

「それは良かったですね。では、失礼します」

 そう言って足早にその場を去ろうとしたが、足を止める。

 私は、気になっていたことを尋ねた。

「夜は……眠れていますか?」

「え?」

 昔のヴィシアンドルは、夜いつも一人で散歩していた。

 その理由を尋ねた事が、一度だけあった。

 いつもは生意気で、可愛げの欠片もない子どもがその時だけは泣きそうな顔で答えた。

『夜の暗闇に、呑み込まれそうになるから』

 それは、お化けが怖いとか、そういういもしない何かを怖がって出た言葉ではなかった。

 神官になる者も、聖女と呼ばれる者も、その目には恐ろしいモノを見る力を持つ。

 力が強ければ、強いほどに。

 ヴィシアンドルのその言葉に、あぁ、まだ子どもなのだなと、当たり前だけれどもそう思った。

『おいで。一緒に散歩しましょうか』

 いつもは生意気な口が、閉じ、私の服をぎゅっと掴んできたのが懐かしい。

 その時だけは可愛いと思った。

 それからたまに夜の散歩をした。

 今の大きくなったヴィシアンドルを見ると、微かに耳が赤くなっている。

 どうしたのかと思うと、小さな声で何か呟いた。

「え? なんて?」

 けれど、次の瞬間にはヴィシアンドルはいつもの優しげな笑みを浮かべると、私に歩みより言った。

「貴方こそ眠れないのですか? ですが、女性が夜中に外に出るのはあぶないので、あまりおすすめしませんよ。ほら、屋敷までエスコートしますから、お戻りください」

 手を差し出され、私は少し照れ臭くなりながらもその手をとり歩き出す。

 昔と大きさが逆転したなと、内心で思う。

 扉まですぐにつく距離で、エスコートされる必要もなかったのだが、と思っていると、急に抱き上げられた。

「あわわっ! な、何ですか!?」

「眠れないのでしょう? ちょっと遊びたいのかなと?」

 そのままくるくると回され、あやされ、子ども扱いされているのだと悟る。

「私は、私は子どもじゃありませんよ!」

 すると、ヴィシアンドルは回るのをやめて、抱き上げたまま、私の顔を覗き込んできた。

「子どもではないんですか?」

 ヴィシアンドルの瞳が月の光を反射して煌めいて見える。

 何だかんだと言っても、糸目を開きこちらを見つめるヴィシアンドルも美形なのだ。

 私は視線をさ迷わせてしどろもどろに答えた。

「こ、子どもじゃ……ない……です!」

「ふーん? なら」

 ヴィシアンドルはぎゅっとコレットを抱き締める手に力を入れると、顔を近付けた。

「なおさら、夜の散歩は気を付けなくてはいけませんね?」

 ボフッと、顔は茹で蛸のように赤くなり、目を回してしまう。

 美形に耐久性を持ち得ない私の限界たった。

 そんな私を見てヴィシアンドルは笑い声をもらすと、屋敷の前で下ろした。

「おやすみなさい。」

「え? あ、はい。おやすみなさい」

 扉をパタンと閉めると、ヴィシアンドルは庭へと戻り、片手で顔を覆い、項垂れると溜め息をついた。

「はぁ……何をやってるんだ」

 自分の手を見れば、先ほど抱き締めた小さな体を思い出す。

 あまりに華奢で、細い体だった。

「もう、子どもじゃない。貴方を抱き上げることも出来る。はぁ。何をやってるんだ。諦めろよ……自分。彼女は僕では幸せに出来ない」

 そう思うけれど、ヴィシアンドルは、自分の手の感触を忘れられそうになかった。

 ずっと……ずっと想っていた人に、また出会えたのだから。