王城の件から一週間ほどが経った頃。
最終的な馬車の注文をするために、私は両親と共に談話室にいた。
そこへシシリーが慌てた様子で手紙を握りしめて現れた。
「お嬢様まぁぁぁ! 恋文でございます! 恋文でございますぅぅぅ!」
王宮から届いたローガン様からの手紙に、私は勢いよく立ち上がる。
「ちょうだい!」
「どうぞぉぉぉ!」
シシリーからそれを受け取り、私は両親の視線から逃れるように、扉の方へと移動する。
「おほほ。私、その、部屋で手紙を読んできますね。では、あの、馬車はまた決まりましたら教えてくださいませ!」
お年頃の私は、最近毎日のように届くローガン様からの手紙は必ず部屋で一人で読む。
何故ならば、恥ずかしいからである。
そしてシシリーの興奮度合がすごいからである。
お父様は少し寂しげに、母はにやにやとしながら私を見送ってくれる。
部屋に戻った私は、机の上に手紙を置き、それをまずじっくりにやにやと眺める。
そして、それから呼吸を整えて手紙の封を切る。
破れないように、慎重に。丁寧に。
手紙にはいつも花の香りがついており、それを胸いっぱいに吸ってから私は折りたたまれた手紙を開いた。
「ムフフ……」
第一王子であるレオナルドが回復したことや、コレットの庭が”精霊の庭”であること。
薬草の買い取り金額や今後どうしていくかなどについてはすでに王宮からの説明は受けており、手紙の内容はそうした難しいものでは無い。
婚約者らしい、日常会話からはじまり、そして、お礼にと今度デートしましょうというお誘いの文面が書かれていた。
私はそれを胸に抱きしめると、ベッドの上へとダイブし、ベッドの上でごろごろと転げまわる。
「ムフフ~。デートだって! ムフフ。やったわぁ。婚約者らしいわ! 恋人らしいわ! 楽しみー!」
にやにやとだらしなく笑みを浮かべる私は、次のデートではどの服を着ようかなどと今からわくわくとしてしまうのであった。
国王や魔法使いとの話を終えた神殿を管理する最高神官長であるヴィシアンドルは静かに神殿の廊下を進んで行く。
夕日のように鮮やかな美しい髪を金色の髪留めで一つにくくり、純白の神官服に身を包んだヴィシアンドルは歴代最年少で神官となり、二十六歳と言う若さで最高神官長にまで上り詰めた男である。
その表情はいつも柔らかく、廊下ですれ違う頭を下げる神官達に笑みを返していく。
”心優しい神官長様”と民にも慕われている姿は、神官の鏡とも言われている。
そんなヴィシアンドルは、最高神官長しか入ることの出来ない祈りの間につくと、白く輝く地面に膝をつき、両手を合わせて祈りを捧げる。
精霊石で作られた白い床は冷たく、天井のステンドグラスから降り注ぐ光を反射している。しかし次第にヴィシアンドルの吐く息は白くなり、光を反射していた床には雪の結晶のような氷が張り始める。
そして次の瞬間、天井から降り注ぐ光は色を変え、虹色の光が揺らめき、風が吹き抜ける。
ヴィシアンドルの目の前に、美しい光に包まれた白髪の老婆が現れると言った。
「うまくごまかせたのかしら」
その言葉にヴィシアンドルは顔を上げ、眉間にしわを寄せると苛立った口調で言葉を返した。
「神官に嘘をつかせるなんて、天罰が下りますよ?」
くすくすと楽しそうに笑う老婆は、そんなヴィシアンドルの頭をくりくりと撫でながら楽しげに言った。
「あらあら、私の他に誰が天罰を下せると言うのかしら。とにかく、あの子を今世は絶対に縛り付けたりしないでね。まぁ……貴方がそんなことをしないとは分かっているけれど」
次の瞬間ヴィシアンドルの体を地面へと沈めるような負荷がかかり、地面にはひびが入る。
美しかった祈りの間の床には蜘蛛の巣のようなひびが入り、空気が張りつめていく。
「分かっています。俺だってそれは本意ではありませんよ」
ひるむことなく真っ直ぐに返された言葉に、老婆は頷くと、空気は和らぐ。
老婆はにっこりと穏やかな笑みを浮かべた。
「私達にできることはすくない。けれどできることならば、今世こそはあの子に幸せになって欲しいの」
「……わかっています」
「そう。そうよね。貴方が一番、悔しかったはずだもの。だから、私達は貴方に姿を見せる決意をした」
しばらくの間、沈黙が流れ、そしてヴィシアンドルは言葉を返す。
「はい。感謝しています」
「可愛い私達の愛し子の為に。お願いね」
そう言うと老婆は姿を消し、美しく輝いていた光も消え失せた。
ヴィシアンドルは大きく息をついてその場に倒れるようにして大の字に横になると、天井を見つめた。
「……本当に厄介な女だ。……けど……今度こそは守って見せる」
美しい光に包まれた”聖女様”の姿が、ヴィシアンドルの頭をよぎって行った。
