『氷の王子は、地味子のパレットに溺れたい』


「……おい」

「…………」

「上白木」

初めて。

名前を呼ばれた。

なのに、ときめく余裕なんて一ミリもなかった。

「聞いてる?」

「ひゃ、あ、あ、あの……!」

喉が閉じる。

言葉が出ない。

どうしよう。

どうしようどうしようどうしよう。

この人がR_K。

毎晩、画面越しに話していた人。

私が落ち込んだ夜。

何度も感想を読み返した人。

会ったこともないのに、勝手に心の支えにしていた人。

それが。

ずっと隣の席にいた。

「……その本、は……っ」

声が震える。

如月くんが怪訝そうに目を細めた。

「何」

「い、いえ……!」

ダメ。

絶対ダメ。

知られてはいけない。

R_Kが如月くんだったことより。

もっと恐ろしいこと。

如月くんに、私がナナイロだと知られること。

それだけは。

絶対に。

「……変な奴」

如月くんは小さく息を吐いた。

そして自分で本を探すため、書架の奥へ歩いていく。

私は動けなかった。

胸の前でiPadを抱き締める。

ドクン。

ドクン。

ドクン。

心臓が痛い。

(どうしよう……)

知らなければよかった。

画面の向こうにいるから、何でも話せた。

顔が見えないから、安心できた。

R_Kは、私にとって安全な場所にいる人だった。

なのに。

ほんの数メートル先にいる。

同じ学校。

同じ学年。

同じクラス。

しかも――隣の席。

(絶対に、バレちゃダメ)

私は震える手で鞄を掴んだ。

急いでiPadをしまう。

ペンケースも。

充電器も。

全部。

早く。

如月くんが戻ってくる前に。

その焦りのせいだった。

カチャン。

小さな音。

ペンケースのジッパーから外れたアクリルキーホルダーが、カウンターの陰に落ちた。

けれど。

心臓の音しか聞こえていなかった私は、それに気づかなかった。

「……絶対、隠し通す」

小さく呟く。

私がナナイロだということだけは。

如月くんにだけは。

絶対に知られてはいけない。

そう決意した私の足元で。

七色の小さなアクリルキーホルダーが、夕日の光を受けて、ひっそりと輝いていた。