春。
あの日、麗を送り出した春から、長い時間が過ぎていた。
明凛は、介護福祉士になった。
誰かの力になりたい。
不安な気持ちに寄り添い、少しでも安心してもらいたい。
そんな思いを胸に、毎日仕事に向き合っていた。
忙しい日もある。
うまくいかなくて、落ち込む日もある。
それでも、明凛は自分の選んだ道を歩いていた。
そして、麗もまた、夢を叶えていた。
星ヶ丘大学で学び、先生になるという夢を追い続けた麗。
今では、高校の先生として教壇に立っている。
生徒たちに向き合い、一人ひとりの未来を考えながら、毎日を過ごしていた。
離れていた時間も、二人の気持ちは変わらなかった。
会える日には、一緒に花を見に行った。
麗は花の写真を撮り、明凛はその景色をスケッチブックに描いた。
ネモフィラも、ひまわりも、コスモスも。
二人の思い出には、いつも花があった。
そして、あの日の約束も。
麗は先生になって、明凛の元に戻ってくる。
その約束を、麗は忘れていなかった。
ある春の日。
明凛は、麗から呼び出されていた。
「明凛、今日、会いたいんやけど」
いつもと変わらない声。
けれど、電話を切ったあとも、明凛の胸は少しだけ落ち着かなかった。
待ち合わせ場所へ向かうと、麗が立っていた。
「麗くん!」
明凛が声をかける。
麗は振り返り、やさしく笑った。
「明凛、来てくれてありがとう」
「ううん。どうしたん?」
麗は、少しだけ緊張した表情をしていた。
「今日は、明凛に伝えたいことがあるんよ」
「……伝えたいこと?」
「うん」
麗は、そっと明凛の手を取った。
その手は、少しだけ震えていた。
麗が明凛を連れていった場所には、たくさんの赤い薔薇が並んでいた。
明凛は、目の前の光景に言葉を失った。
一輪、二輪と数えられないほどの薔薇。
赤い花びらが、春の光を受けて美しく輝いている。
「……麗くん、これ……」
麗は、明凛を見つめた。
「赤い薔薇、365本」
明凛は驚いたまま、花束を見つめていた。
「一年の本数……?」
「うん。一年、毎日一緒にいたいっていう気持ちを込めたんよ」
麗は、ゆっくりと息を吸った。
そして、明凛の前に立った。
「明凛」
「……うん」
「俺は、先生になったよ」
「うん……知っちょるよ」
「明凛も、介護福祉士になったね」
明凛は、涙をこらえながらうなずいた。
「うん」
「お互い、自分の夢に向かって頑張ってきたね」
麗は、少しだけ笑った。
「離れていた時間も、明凛のことを忘れた日はなかったよ」
明凛の目から、涙がこぼれた。
麗は、365本の赤い薔薇を明凛に差し出した。
そして、まっすぐに伝えた。
「明凛。あなたと人生を歩みたいんです」
その言葉が、明凛の胸に届いた。
ずっと待っていた言葉。
あの日、引越しの日に交わした約束。
先生になって戻ってくると、涙を流しながら言ってくれた麗。
その麗が、今、目の前にいる。
明凛は、涙を流しながら麗を見つめた。
「……私でいいの?」
声が震えた。
麗は、すぐに答えた。
「いい。明凛がいいんだ」
明凛は、何度も涙をぬぐった。
「……麗くん」
「明凛と一緒に、これからの人生を歩きたい」
麗の声も、少し震えていた。
「うれしい日も、つらい日も、これからずっと一緒にいたい」
明凛は、薔薇を受け取りながら、涙の中で笑った。
「……私も、麗くんと一緒に人生を歩みたい」
麗の目にも、涙が浮かんだ。
二人は、しばらく見つめ合っていた。
そして、そっと抱きしめ合った。
赤い薔薇に囲まれながら、明凛は麗の胸に顔を寄せた。
「麗くん……ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
「ずっと、待ってたよ」
麗は、明凛を抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。
「待っててくれて、ありがとう」
明凛は、涙をぬぐって笑った。
「これからも、一緒に花を見に行こうね」
「うん。毎年、見に行こう」
「ひまわりも?」
「もちろん」
「ネモフィラも?」
「もちろん」
二人は笑い合った。
あの日、学校の花壇で交わした約束。
春になったら、また一緒に花を見よう。
その約束は、今も続いている。
そして、これからも続いていく。
それから二年が過ぎた。
二人は、夫婦になった。
一緒に暮らす毎日は、特別なことばかりではなかった。
仕事の話をしたり、夕食を一緒に食べたり。
休日には、花を見に出かけることもあった。
麗は相変わらず花の写真を撮り、明凛はスケッチブックに描いた。
二人の暮らしには、少しずつ新しい思い出が増えていった。
そして、ある日。
二人のもとに、小さな命がやってきた。
女の子だった。
明凛は、赤ちゃんをそっと抱きしめた。
小さな手。
やわらかな頬。
静かな寝息。
その姿を見つめていると、胸がいっぱいになった。
「……かわいいね、麗くん」
隣にいた麗は、赤ちゃんを見つめながら、やさしく笑った。
「うん。本当にかわいい」
麗の目には、涙が浮かんでいた。
明凛は、赤ちゃんの小さな手にそっと触れた。
「名前、決めたよね」
「うん」
二人は、顔を見合わせた。
月明かりの「明」。
そして、麗の「麗」。
二人の大切な名前から、一文字ずつ。
「麗明」
「れあ」
明凛が名前を口にすると、麗はゆっくりとうなずいた。
「麗明……いい名前やね」
「うん。月明かりみたいに、やさしく輝いてほしいな」
麗は、赤ちゃんの顔をのぞき込んだ。
「れあ」
小さな声で、名前を呼ぶ。
赤ちゃんは、すやすやと眠っていた。
その寝顔を見つめながら、麗は明凛の手を握った。
「明凛」
「ん?」
「これからも、三人で一緒に歩いていこう」
明凛は、涙を浮かべながら笑った。
「うん」
夜。
窓の外には、月が浮かんでいた。
明凛は、眠っている麗明を見つめていた。
麗が隣に座り、そっと肩を寄せる。
「明凛」
「なあに?」
「俺、幸せだよ」
明凛は、麗の手を握った。
「私も」
二人は、赤ちゃんの寝顔を見つめた。
あの日、桜の栞を渡したこと。
四本の薔薇を受け取ったこと。
「行ってらっしゃい」と送り出したこと。
先生になって戻ってくると約束してくれたこと。
そして、365本の赤い薔薇とともに、人生を歩みたいと伝えてくれたこと。
すべてが、今につながっている。
明凛は、麗の肩にそっと寄りかかった。
「麗くん」
「ん?」
「これからも、ずっと一緒に花を見ようね」
麗は、やさしく笑った。
「うん。れあと三人で、毎年見に行こう」
月明かりが、三人をやさしく照らしていた。
春の花が咲くように。
二人の愛も、そして家族の物語も、これからゆっくりと咲いていく。
春の月明かりの下で、三人の新しい物語が始まった。
あの日、麗を送り出した春から、長い時間が過ぎていた。
明凛は、介護福祉士になった。
誰かの力になりたい。
不安な気持ちに寄り添い、少しでも安心してもらいたい。
そんな思いを胸に、毎日仕事に向き合っていた。
忙しい日もある。
うまくいかなくて、落ち込む日もある。
それでも、明凛は自分の選んだ道を歩いていた。
そして、麗もまた、夢を叶えていた。
星ヶ丘大学で学び、先生になるという夢を追い続けた麗。
今では、高校の先生として教壇に立っている。
生徒たちに向き合い、一人ひとりの未来を考えながら、毎日を過ごしていた。
離れていた時間も、二人の気持ちは変わらなかった。
会える日には、一緒に花を見に行った。
麗は花の写真を撮り、明凛はその景色をスケッチブックに描いた。
ネモフィラも、ひまわりも、コスモスも。
二人の思い出には、いつも花があった。
そして、あの日の約束も。
麗は先生になって、明凛の元に戻ってくる。
その約束を、麗は忘れていなかった。
ある春の日。
明凛は、麗から呼び出されていた。
「明凛、今日、会いたいんやけど」
いつもと変わらない声。
けれど、電話を切ったあとも、明凛の胸は少しだけ落ち着かなかった。
待ち合わせ場所へ向かうと、麗が立っていた。
「麗くん!」
明凛が声をかける。
麗は振り返り、やさしく笑った。
「明凛、来てくれてありがとう」
「ううん。どうしたん?」
麗は、少しだけ緊張した表情をしていた。
「今日は、明凛に伝えたいことがあるんよ」
「……伝えたいこと?」
「うん」
麗は、そっと明凛の手を取った。
その手は、少しだけ震えていた。
麗が明凛を連れていった場所には、たくさんの赤い薔薇が並んでいた。
明凛は、目の前の光景に言葉を失った。
一輪、二輪と数えられないほどの薔薇。
赤い花びらが、春の光を受けて美しく輝いている。
「……麗くん、これ……」
麗は、明凛を見つめた。
「赤い薔薇、365本」
明凛は驚いたまま、花束を見つめていた。
「一年の本数……?」
「うん。一年、毎日一緒にいたいっていう気持ちを込めたんよ」
麗は、ゆっくりと息を吸った。
そして、明凛の前に立った。
「明凛」
「……うん」
「俺は、先生になったよ」
「うん……知っちょるよ」
「明凛も、介護福祉士になったね」
明凛は、涙をこらえながらうなずいた。
「うん」
「お互い、自分の夢に向かって頑張ってきたね」
麗は、少しだけ笑った。
「離れていた時間も、明凛のことを忘れた日はなかったよ」
明凛の目から、涙がこぼれた。
麗は、365本の赤い薔薇を明凛に差し出した。
そして、まっすぐに伝えた。
「明凛。あなたと人生を歩みたいんです」
その言葉が、明凛の胸に届いた。
ずっと待っていた言葉。
あの日、引越しの日に交わした約束。
先生になって戻ってくると、涙を流しながら言ってくれた麗。
その麗が、今、目の前にいる。
明凛は、涙を流しながら麗を見つめた。
「……私でいいの?」
声が震えた。
麗は、すぐに答えた。
「いい。明凛がいいんだ」
明凛は、何度も涙をぬぐった。
「……麗くん」
「明凛と一緒に、これからの人生を歩きたい」
麗の声も、少し震えていた。
「うれしい日も、つらい日も、これからずっと一緒にいたい」
明凛は、薔薇を受け取りながら、涙の中で笑った。
「……私も、麗くんと一緒に人生を歩みたい」
麗の目にも、涙が浮かんだ。
二人は、しばらく見つめ合っていた。
そして、そっと抱きしめ合った。
赤い薔薇に囲まれながら、明凛は麗の胸に顔を寄せた。
「麗くん……ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
「ずっと、待ってたよ」
麗は、明凛を抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。
「待っててくれて、ありがとう」
明凛は、涙をぬぐって笑った。
「これからも、一緒に花を見に行こうね」
「うん。毎年、見に行こう」
「ひまわりも?」
「もちろん」
「ネモフィラも?」
「もちろん」
二人は笑い合った。
あの日、学校の花壇で交わした約束。
春になったら、また一緒に花を見よう。
その約束は、今も続いている。
そして、これからも続いていく。
それから二年が過ぎた。
二人は、夫婦になった。
一緒に暮らす毎日は、特別なことばかりではなかった。
仕事の話をしたり、夕食を一緒に食べたり。
休日には、花を見に出かけることもあった。
麗は相変わらず花の写真を撮り、明凛はスケッチブックに描いた。
二人の暮らしには、少しずつ新しい思い出が増えていった。
そして、ある日。
二人のもとに、小さな命がやってきた。
女の子だった。
明凛は、赤ちゃんをそっと抱きしめた。
小さな手。
やわらかな頬。
静かな寝息。
その姿を見つめていると、胸がいっぱいになった。
「……かわいいね、麗くん」
隣にいた麗は、赤ちゃんを見つめながら、やさしく笑った。
「うん。本当にかわいい」
麗の目には、涙が浮かんでいた。
明凛は、赤ちゃんの小さな手にそっと触れた。
「名前、決めたよね」
「うん」
二人は、顔を見合わせた。
月明かりの「明」。
そして、麗の「麗」。
二人の大切な名前から、一文字ずつ。
「麗明」
「れあ」
明凛が名前を口にすると、麗はゆっくりとうなずいた。
「麗明……いい名前やね」
「うん。月明かりみたいに、やさしく輝いてほしいな」
麗は、赤ちゃんの顔をのぞき込んだ。
「れあ」
小さな声で、名前を呼ぶ。
赤ちゃんは、すやすやと眠っていた。
その寝顔を見つめながら、麗は明凛の手を握った。
「明凛」
「ん?」
「これからも、三人で一緒に歩いていこう」
明凛は、涙を浮かべながら笑った。
「うん」
夜。
窓の外には、月が浮かんでいた。
明凛は、眠っている麗明を見つめていた。
麗が隣に座り、そっと肩を寄せる。
「明凛」
「なあに?」
「俺、幸せだよ」
明凛は、麗の手を握った。
「私も」
二人は、赤ちゃんの寝顔を見つめた。
あの日、桜の栞を渡したこと。
四本の薔薇を受け取ったこと。
「行ってらっしゃい」と送り出したこと。
先生になって戻ってくると約束してくれたこと。
そして、365本の赤い薔薇とともに、人生を歩みたいと伝えてくれたこと。
すべてが、今につながっている。
明凛は、麗の肩にそっと寄りかかった。
「麗くん」
「ん?」
「これからも、ずっと一緒に花を見ようね」
麗は、やさしく笑った。
「うん。れあと三人で、毎年見に行こう」
月明かりが、三人をやさしく照らしていた。
春の花が咲くように。
二人の愛も、そして家族の物語も、これからゆっくりと咲いていく。
春の月明かりの下で、三人の新しい物語が始まった。

