君のとなり〜拓実と〜

 五月の連休。

青葉カップ――新体操の大会の日。

会場には、選手たちの緊張感と、応援する人たちの熱気が満ちていた。

色とりどりのレオタードを着た選手たちが、出番を待ちながら準備をしている。

瑠夏も鏡の前で髪を整え、ゆっくりと深呼吸した。

最後に大会へ出たのは、もうずいぶん前だった。

それでも、不思議と怖くはなかった。

瑠夏は出番を待ちながら、静かに息を整えていた。

身体は、ちゃんと覚えている。

音楽が始まれば、きっと身体が動いてくれる。

そう信じて、瑠夏は顔を上げた。

客席に目を向ける。

その中に、拓実の姿を見つけた。

応援に来てくれた。

それだけで、胸の奥に小さな力が湧いてくる。

瑠夏は拓実に気づかれないくらい小さく笑って、演技の開始位置についた。

音楽が流れ始める。

瑠夏は、軽やかに動き出した。

一つ目の技。

綺麗に決まった。

続く難しい技も、迷いなく決めていく。

身体のしなやかな動き。

音楽に合わせたステップ。

そして、手具を操る正確さ。

会場から拍手が起こる。

瑠夏はその音を感じながら、最後まで集中を切らさなかった。

ブランクなんて、感じさせない。

まるで、ずっとこの場所に立っていたかのように。

そして、演技の終盤。

ボールを高く投げる。

瑠夏の身体が、くるりと回転する。

そして――

受ける。

……はずだった。

コトン。

ボールが、手からこぼれ落ちた。

一瞬だけ、瑠夏の表情が固まる。

けれど、すぐに演技へ戻った。

何事もなかったように、最後まで笑顔を崩さない。

そして、演技終了。

会場から大きな拍手が起こる。

瑠夏は深く一礼した。

顔を上げたとき、再び客席を見る。

拓実が、立ち上がって拍手をしていた。

目が合う。

拓実は笑っていた。

その笑顔を見た瞬間、瑠夏の胸が少しだけ熱くなった。

***

結果は、二位だった。

「惜しかったね、瑠夏」

友達が声をかける。

瑠夏は少しだけ苦笑した。

「うん……あそこで落とさなかったらなぁ」

悔しい。

やっぱり、悔しかった。

表彰台に立っても、喜びきれない。

あと少しだった。

最後のボールを、ちゃんと受けていたら。

そう思うと、悔しさが込み上げる。

でも、瑠夏は顔を上げる。

「次も頑張ろう」

そう笑った。

***

応援に来ていた拓実が、瑠夏のもとへ歩いてくる。

「惜しかったな」

「……悔しいです」

瑠夏が少ししょんぼりすると、拓実は優しく笑った。

「じゃあ、次は落とさなきゃいい」

「簡単に言いますね」

瑠夏が頬を膨らませる。

「だって、瑠夏ならできるだろ」

「……」

迷いのない言葉だった。

拓実は、まっすぐ瑠夏を見つめる。

「俺、今日の演技好きだったよ」

瑠夏の目が、少しだけ大きくなる。

「……優勝してないのに?」

「順位なんか関係ない」

そう言って、拓実は笑った。

そして、少ししょんぼりしている瑠夏の頭に、そっと手を乗せる。

ぽん、ぽん。

優しく頭を撫でられて、瑠夏は驚いたように拓実を見上げた。

「また見に行くから」

その言葉に、瑠夏の胸が大きく跳ねた。

顔が熱くなる。

悔しかったはずなのに。

今は、胸の奥がふわっと軽くなっていた。

自分のために頑張ったはずなのに。

拓実が見ていてくれたことが、こんなにも嬉しい。

次はもっと上手くなりたい。

また、この人に見てもらいたい。

――拓実は、本当に私のことを大事にしてくれる。

見た目だけじゃない。

こういうところまで、かっこいい。

瑠夏は照れながら、小さく笑った。

「……ありがとう、拓実」