君のとなり〜拓実と〜

 朝から、瑠夏は少しだけ体調が悪かった。

けれど、休むほどではないと思っていた。

少し身体が重い気がする。

それでも、午前中の授業はなんとかやり過ごした。

昼休みには友達と話しているうちに、いつの間にか気分も落ち着いていた。

だから、大丈夫だと思っていた。

午後。

全校生徒で校庭の掃除をすることになった。

瑠夏はほうきを手に、グラウンドの端を掃いていた。

春の風に、細かな砂埃が舞う。

そのときだった。

ふっと、視界が揺れた。

「……あれ?」

足元が、急に遠くなる。

身体に力が入らない。

「瑠夏、大丈夫?」

誰かの声が聞こえた。

でも、返事をすることができなかった。

次の瞬間――

瑠夏の身体が、地面へ崩れ落ちた。

「瑠夏!」

周囲が一気に騒がしくなる。

その声に、翔が振り向いた。

人の間から見えたのは、地面に倒れている瑠夏の姿だった。

「……瑠夏!」

反射的に駆け出す。

けれど――。

翔よりも早く、瑠夏のもとへ駆けつけた人がいた。

「瑠夏!」

拓実だった。

拓実は倒れている瑠夏のそばに膝をつく。

「瑠夏、聞こえる?」

瑠夏は薄く目を開けた。

「……拓実……」

その声を聞いた瞬間、拓実の表情が変わった。

「保健室、行こう」

そう言うと、拓実は瑠夏をそっと抱き上げた。

「えっ……」

周囲から驚きの声が上がる。

そして次の瞬間――

「キャー!」

女子たちから黄色い声が上がった。

お姫様抱っこ。

長身の拓実に抱き上げられた瑠夏。

その光景は、まるで映画のワンシーンのようだった。

「めっちゃ絵になる……」

「美男美女すぎる……」

そんな声が聞こえてくる。

けれど、拓実は周囲の声など気にしていなかった。

腕の中の瑠夏だけを見ていた。

翔は、その場に立ち尽くしていた。

自分も、助けたかった。

瑠夏のところへ行きたかった。

なのに――。

自分より先に拓実が駆けつけて、瑠夏を抱き上げている。

その現実が、胸の奥を締めつけた。

***

保健室。

ベッドに横になった瑠夏のそばで、拓実は椅子に座っていた。

「ごめんね、心配かけて」

「謝らなくていいよ」

拓実はそう言って、瑠夏の手を握った。

「大丈夫だから」

「……うん」

養護の先生が様子を確認する。

しばらくして、瑠夏に告げた。

「軽い貧血みたいね。少し休めば大丈夫よ」

「よかった……」

拓実の口から、安堵の息が漏れた。

握っていた瑠夏の手に、ほんの少し力が入る。

「本当に、心配した」

「……ごめん」

「だから、謝らなくていいって」

拓実は優しく笑った。

その姿を、少し離れた場所から翔は見ていた。

ただの貧血。

大きなことではない。

それが分かっただけで、翔もようやく息を吐いた。

よかった。

本当に、よかった。

でも――。

胸の奥に残る苦しさは、消えなかった。

瑠夏が倒れた瞬間、真っ先に駆け出したのは自分だった。

それなのに、瑠夏のそばにいるのは拓実だ。

手を握っているのも。

心配して、安心しているのも。

瑠夏を守る立場にいるのも。

全部、拓実だった。

翔は、握った手をゆっくりと開いた。

そして、思った。

――俺も、瑠夏が好きなんだ。

もう、認めないわけにはいかなかった。