君のとなり〜拓実と〜

 付き合い始めてから、毎日の景色が少しずつ変わった。

朝は、駅で待ち合わせ。

改札の前で待っていると、少し離れたところから拓実先輩が歩いてくる。

「瑠夏、おはよう」

「おはようございます、先輩」

二人で並んで学校へ向かう。

ほんの少しの時間なのに、一緒にいられることが嬉しかった。

そして昼休み。

「瑠夏、今日も一緒に食べよう」

「はい」

二人で中庭へ向かい、ベンチに並んで腰を下ろす。

お弁当を広げると、拓実先輩が私のお弁当を覗き込んだ。

「それ、何?」

「タコさんウインナーです」

「一個、食べたい」

「いいですよ」

私は箸で一つつまんで、拓実先輩の前に差し出した。

「はい」

拓実先輩が少し目を丸くする。

「……食べさせてくれるの?」

「え……?」

急に恥ずかしくなる。

でも、先輩は楽しそうに笑っていた。

「……どうぞ」

拓実先輩が少し身を寄せて、ぱくっと食べる。

「おいしい」

「ほんとですか?」

「うん」

先輩が私を見る。

「瑠夏に食べさせてもらったから、もっとおいしい」

「もう……」

顔が熱くなる。

そんな私を見て、先輩が笑った。

「クリスマスさ」

「はい?」

「一緒に過ごさない?」

胸が、どくんと鳴った。

「クリスマス……?」

「うん。初めてのクリスマスだし。瑠夏と一緒にいたい」

その言葉が嬉しくて、自然と笑顔になる。

「はい。私も一緒に過ごしたいです」

「よかった」

先輩が嬉しそうに笑う。

その笑顔を見ているだけで、私まで幸せな気持ちになった。

放課後は、それぞれ部活へ向かう。

私は新体操部。

拓実先輩は陸上部。

部活中は別々。

だけど、私の部活が終わる頃。

体育館の昇降口へ向かうと、そこには拓実先輩が待っている。

「瑠夏」

「先輩……」

「お疲れ」

「待っててくれたんですか?」

「うん。一緒に帰りたかったから」

その一言だけで、胸がきゅっとなる。

拓実先輩だって陸上部で疲れているはずなのに。

それでも私を迎えに来てくれる。

少しでも一緒にいたい。

その気持ちは、私も同じだった。

二人で駅まで歩く。

朝も一緒。

帰りも一緒。

そんな毎日が、いつの間にか当たり前になっていった。

そして季節は、秋から冬へ。

待ちに待ったクリスマスがやってきた。

待ち合わせ場所で拓実先輩を見つける。

「瑠夏」

「メリークリスマス、先輩」

「メリークリスマス」

街はイルミネーションの光で輝いていた。

並んで歩いていると、冷たい風が吹いてくる。

「寒い?」

「少しだけ……」

拓実先輩が、私の手を握った。

「……冷たい」

「先輩の手、温かいです」

「じゃあ、温めてあげる」

そう言って、先輩は私の手を両手で包み込んだ。

「これなら少しは暖かい?」

「……はい」

指先だけじゃない。

胸の奥まで、じんわり温かくなる。

しばらくイルミネーションを眺めながら歩いていると、拓実先輩がふと足を止めた。

「瑠夏」

「はい?」

「ひとつお願いしていい?」

「なんですか?」

少しだけ照れたように笑って、

「もう、俺のこと『先輩』って呼ばないでほしい」

「……え?」

「名前で呼んで」

心臓が、どくんと大きく鳴った。

「……名前?」

「うん。拓実って」

そんなの……。

今までずっと「拓実先輩」だった。

学校でも。

駅でも。

二人で帰るときも。

ずっと「先輩」と呼んでいた。

それを、急に名前でなんて。

「……無理です」

思わずそう言うと、拓実先輩が笑った。

「なんで?」

「だって……恥ずかしいです」

「俺は呼んでほしい」

「……」

先輩が、優しく私を見る。

「瑠夏に『拓実』って呼ばれたい」

胸がいっぱいになる。

ゆっくり息を吸う。

でも、声にしようとすると恥ずかしくて、喉の奥で止まってしまう。

「……た……」

「うん」

「……たく……」

顔が熱い。

拓実先輩は、急かさずに待ってくれている。

私はぎゅっと手を握った。

「……拓実」

言えた。

たったそれだけなのに、心臓が壊れそうなくらい鳴っていた。

拓実先輩が、一瞬黙る。

そして――。

「……嬉しい」

そう呟いた途端、ぎゅっと抱きしめられた。

「……わっ」

驚いたけれど、その腕の中は温かかった。

「もう一回」

「え……?」

「もう一回、呼んで」

私は胸がいっぱいになりながら、もう一度口にする。

「……拓実」

「うん」

拓実先輩が嬉しそうに笑った。

そして、少し身体を離す。

私の目を見つめて、

「瑠夏」

そのまま身長差を埋めるように、少し屈んで――

おでこに、ちゅっとキスをした。

「……っ」

驚いて目を見開く。

拓実先輩が笑う。

私も恥ずかしくて、思わず笑ってしまう。

すると、拓実先輩のおでこが私のおでこに、こつんと触れた。

「……ふふ」

「……ふふっ」

顔が近い。

恥ずかしい。

でも、嬉しい。

二人で顔を見合わせながら、また笑った。

繋いだ手は、まだ温かい。

私はその手を、ぎゅっと握り返した。

もっと一緒にいたい。

もっと、この人のことを知りたい。

そう思う気持ちは、日に日に大きくなっていた。

私は、ちゃんと拓実を好きになっていた。