君のとなり〜拓実と〜

 それから数日。

学校中に、私と拓実先輩が付き合い始めたという話が広まっていた。

文化祭で一緒にいるところを見ていた人も多かったから、噂が広がるのはあっという間だった。

「瑠夏、本当に拓実先輩と付き合ってるの?」

「うん……」

「えっ、やっぱり本当なんだ!」

「あの拓実先輩と!?」

「すごいじゃん、瑠夏!」

「拓実先輩って、すごく人気あるじゃん。羨ましい!」

「文化祭のとき、なんかいい感じだと思ってたんだよね」

次々に向けられる言葉に、私は恥ずかしくなって頷いた。

拓実先輩と付き合っている。

そう口にするだけで、胸がくすぐったくなる。

放課後になれば、拓実先輩から連絡が来る。
廊下ですれ違えば、笑顔で「瑠夏」と呼んでくれる。

そんな毎日が嬉しかった。

でも。

その頃から、翔が部活に来なくなった。

最初は、一日だけだと思っていた。

けれど、次の日も。
その次の日も。

新体操部の休憩時間。

私は何気なく体育館の窓からグラウンドを見た。

いつもなら、陸上部が練習している。
その中に、翔の姿を探すこともあった。

でも――。

いない。

翌日も。

その次の日も。

グラウンドに、翔の姿はなかった。

どうしてだろう。

そう思ったけれど、その理由を知る術はなかった。

そして、ある日の帰り道。

私は偶然、翔と会った。

「……翔くん?」

足を止める。

翔も私に気づいた。

久しぶりに見る顔。

なのに、その表情はどこか冷たかった。

私は戸惑いながら口を開いた。

「最近、部活行ってないんだね」

翔の目が、わずかに揺れた。

けれど、すぐに視線を逸らす。

「瑠夏には関係ないだろ」

胸の奥を、鋭い何かで刺されたような気がした。

さらに翔は、私から視線を逸らしたまま言った。

「それより拓実先輩と付き合ってるんだって? 良かったじゃん。先輩、優しいし」

翔は笑った。

でも、その笑顔はいつもの翔のものじゃなかった。

高跳びのことを話すときみたいな、まっすぐな目でもない。

「……うん」

私は小さく頷いた。

翔はそれ以上何も言わず、そのまま歩いていった。

私は、その背中を見つめたまま動けなかった。

どうして。

どうして、そんな言い方するの……?

胸が苦しい。

目の奥が熱くなる。

私は慌てて俯いた。

「瑠夏、どうしたの?」

友達の声がした。

私は慌てて顔を上げた。

「大丈夫……なんでもない」

そう言ったのに。

涙が、頬を伝った。

一度こぼれた涙は、止まらなかった。

「瑠夏……?」

「大丈夫……大丈夫」

そう繰り返しながら、両手で顔を覆った。

それでも、涙は止まらなかった。

***

翔は、瑠夏から離れた。

歩きながら、奥歯を噛みしめる。

本当は、あんなことを言いたかったわけじゃない。

「瑠夏には関係ない」なんて、言いたくなかった。

本当は――。

もう一度、跳びたかった。

「頑張って」って、あの頃みたいに言ってほしかった。

瑠夏が見ていてくれるなら、もう一度頑張れる気がしていた。

でも今は、その瑠夏には拓実がいる。

拓実と付き合った瑠夏を見ながら、それでも高跳びを続けられるほど、翔の心はまだ強くなかった。

だから、離れるしかなかった。

高跳びを続ける意味まで、失ったように感じていた。

瑠夏がいなくても跳びたいと思えるほど、まだ心は回復していない。

だからこそ――。

自分から、瑠夏の前から離れた。