君のとなり〜拓実と〜

 文化祭が終わった。

 校庭には、まだ後夜祭の熱気が残っている。

 さっきまであんなに賑やかだった校舎も、少しずつ静かになり始めていた。

 文化祭実行委員として過ごした時間も、今日で終わる。

 そう思うと。

 なんだか、少し寂しかった。

「瑠夏ちゃん」

 振り返る。

「……拓実先輩」

 拓実先輩が立っていた。

「ちょっといい?」

「はい」

 先輩についていく。

 人の少ない場所まで来ると、後夜祭のざわめきが少し遠くなった。

「文化祭、終わっちゃったね」

「はい」

「なんか、あっという間だった」

「本当に」

 準備を始めた頃は、まだずっと先だと思っていた。

 それなのに。

 気づけば、今日で終わり。

「実行委員も、これで解散だね」

「……そうですね」

 その言葉を聞いた瞬間。

 胸の奥が、ほんの少しだけ寂しくなった。

 拓実先輩と一緒に準備をした時間。

 くだらないことで笑ったこと。

 仕事を手伝ってもらったこと。

 そして――。

 椅子から落ちそうになった私を、抱き止めてくれたこと。

 全部、今日で終わってしまう。

「俺さ」

 拓実先輩が口を開いた。

「文化祭が終わったら、もう今みたいには会えなくなるんだなって思って」

「……」

「実行委員じゃなくなったら、放課後に会う理由もなくなるし」

 先輩が少し笑う。

「そう考えたら、なんか嫌だなって思った」

 胸が、小さく跳ねた。

「……嫌?」

「うん」

 先輩が私を見る。

「もっと瑠夏ちゃんと一緒にいたいって思った」

 心臓が、ドクンと鳴った。

「話したいし」

 一歩、近づく。

「もっといろんなこと知りたいし」

 先輩の目が、まっすぐ私を見ている。

「学校で見かけたら嬉しいし」

 頬が熱くなる。

「話せないと、ちょっと残念だし」

「……先輩」

「それでさ」

 先輩が少し照れたように笑った。

「気づいたら、瑠夏ちゃんのことばっかり考えてた」

 胸の奥が、ぎゅっとなる。

「もっと俺のこと、見てほしいって思うようになった」

 言葉が出なかった。

「だから」

 先輩の表情が、少しだけ真剣になる。

「俺、瑠夏ちゃんのこと、好きになった」

 心臓が、大きく跳ねた。

「……」

「俺と付き合ってくれない?」

 頭の中が真っ白になった。

 嬉しい。

 そう思った。

 拓実先輩に好きだと言ってもらえたこと。

 もっと一緒にいたいと思ってくれたこと。

 全部が嬉しかった。

 なのに。

 すぐに答えを出すことはできなかった。

「……すぐには、答えられないです」

 拓実先輩は、黙って私を見た。

 でも。

 急かさなかった。

「少しだけ……考えさせてください」

「うん」

 先輩は優しく笑った。

「分かった」

「……待ってくれるんですか?」

「もちろん」

 迷う私を責めることなく、先輩は頷いた。

「ちゃんと答えが出るまで、待ってる」

 その優しさが、胸に沁みた。

「……ありがとうございます」

「じゃあ――」

 拓実先輩が、ふと空を見上げた。

「花火、始まるよ」

「え?」

 次の瞬間。

 夜空に大きな花が開いた。

 ドン――。

「わあ……」

 思わず声が漏れる。

 次々と打ち上がる花火。

 赤、青、黄色。

 夜空いっぱいに広がっていく。

「綺麗だね」

「……はい」

 気づけば、拓実先輩が隣に立っていた。

 近い。

 肩が触れそうなくらい。

 でも。

 嫌じゃなかった。

 むしろ。

 この距離が、少しだけ嬉しい。

「今年、文化祭頑張ってよかったな」

「はい」

 先輩が笑う。

 私も笑った。

 その瞬間。

 また大きな花火が上がった。

 夜空を見上げる。

 隣にいる拓実先輩の横顔が、花火の光に照らされていた。

 胸が、また高鳴る。

 さっき告白されたばかりなのに。

 もう少しだけ。

 この時間が続けばいいと思った。

     *

 少し離れた場所。

 翔は、文化祭の片付けを終えて、校舎へ戻ろうとしていた。

 そのときだった。

 夜空に花火が上がった。

「……」

 足を止める。

 せっかくだから。

 最後に少しだけ見ていこうと思った。

 その視線の先に。

 二人の人影があった。

「……」

 見覚えのある後ろ姿。

 瑠夏。

 その隣にいるのは――。

 拓実先輩。

 二人は、並んで空を見上げていた。

 肩が触れそうなくらい近い。

 瑠夏が笑った。

 拓実先輩も、その横顔を見て笑っている。

 また花火が上がった。

 夜空いっぱいに広がる光。

 なのに。

 翔には、何も綺麗に見えなかった。

「……瑠夏」

 小さく名前を呼ぶ。

 届くはずもない。

 声をかけることもできない。

 ただ。

 その光景を見つめるしかなかった。

 知らなかった。

 こんなふうに。

 二人が一緒にいること。

 こんなに近くで。

 瑠夏が笑っていること。

 自分が学校に戻れなかった時間の中で。

 知らないところで。

 二人の距離は、こんなにも近くなっていた。

 胸の奥が、息ができないほど苦しくなる。

 それでも。

 翔は、その場から動けなかった。

 もう一度、花火が上がる。

 瑠夏の横顔が、夜空の光に照らされる。

 その隣には。

 拓実先輩がいる。

 翔は、ゆっくりと視線を落とした。

 そして。

 二人に気づかれないように、その場を離れた。

 足取りは、ひどく重かった。

 何も知らなかった。

 何もできなかった。

 ただ。

 好きな女の子が、自分ではない誰かの隣で笑っている。

 その現実だけが。

 胸の奥に、深く突き刺さっていた。