君のとなり〜拓実と〜

 文化祭の準備が、少しずつ本格的になってきた。

 放課後になると、実行委員のメンバーが集まり、校内の装飾や当日の準備について話し合う。

 最初は少し緊張していたけれど。

 最近は、ここに来ることが楽しみになっていた。

「瑠夏ちゃん、これお願いしてもいい?」

「はい」

 拓実先輩から資料を受け取る。

「ありがとう。助かる」

「いえ」

 拓実先輩は、誰かに仕事を頼むときも自然だった。

 忙しそうにしている人がいれば、さりげなく手伝う。

 意見がまとまらなければ、みんなの話を聞いて整理する。

 学校で人気があるのも、なんとなく分かる気がした。

「瑠夏ちゃん」

「はい?」

「これ、こっちじゃない?」

「あ……」

 手元を見る。

 確かに、置く場所を間違えていた。

「すみません」

「大丈夫」

 拓実先輩が笑う。

「俺もよく間違えるから」

「先輩でも間違えるんですか?」

「俺をなんだと思ってるの?」

「もっと完璧な人かと」

「それ、褒めてる?」

「……たぶん」

「たぶんかぁ」

 先輩が笑う。

 私もつられて笑った。

 最初は少し緊張していたのに。

 拓実先輩と話すことが、いつの間にか楽しくなっていた。

     *

 数日後。

 放課後の教室では、文化祭の装飾準備をしていた。

 壁に貼る飾りを作ったり、教室を飾ったり。

 机の上には、色紙やテープ、画用紙がいっぱいに広がっている。

「これ、もう少し上かな?」

「そうですね。あと少しだけ」

 私は椅子の上に乗って、壁に飾りを貼っていた。

 もう少し。

 あと少しだけ手を伸ばせば届く。

「瑠夏ちゃん、そこ俺がやるよ」

「大丈夫です。これくらいなら」

「でも、結構高いよ」

「大丈夫ですって」

 私は笑った。

「もうちょっとなので」

「……そう?」

「はい」

 拓実先輩は少し心配そうに私を見る。

「じゃあ、無理しないでね」

「はい」

 私はもう一度、手を伸ばした。

 指先が飾りに触れる。

「よし……」

 その瞬間。

 私はバランスを崩し、椅子がぐらりと動いた。

 身体が傾く。

「きゃっ……!」

「瑠夏!」

 拓実先輩の声がした。

 腰に腕が回る。

 もう一方の腕が背中を支える。

 そのまま、強く抱き止められた。

「……っ」

 気づけば、私は拓実先輩の腕の中にいた。

 顔が近い。

 近すぎる。

 目を合わせたまま、どちらも一瞬動けなかった。

「……大丈夫?」

「……はい」

 自分でも分かるくらい、声が震えた。

「怪我してない?」

「してないです」

「よかった……」

 拓実先輩が、ほっと息を吐く。

 そして、私をゆっくり立たせた。

「……だから言っただろ」

「……え?」

「俺がやるって」

 その言葉に、胸が大きく跳ねた。

「……すみません」

「謝らなくていいよ」

 先輩が椅子を直す。

「もう、俺がやる」

「……はい」

 拓実先輩が椅子に乗り、私が貼ろうとしていた飾りを取り付けていく。

 私は少し離れたところから、その姿を見ていた。

 さっきまでと同じ教室。

 同じ放課後。

 なのに。

 私の心臓だけが、全然元に戻ってくれない。

 さっきのことを思い出す。

 腰に回った腕。

 背中を支えてくれた手。

 抱き止められたときの温かさ。

 そして――。

 近すぎた顔。

 目が合った瞬間。

 胸が、またドキッとした。

「瑠夏ちゃん?」

「……はいっ!」

「大丈夫?」

「だ、大丈夫です!」

 拓実先輩が少し笑う。

「ならよかった」

 私は慌てて視線を逸らした。

 顔が熱い。

 きっと今、すごく赤い。

 でも。

 拓実先輩には、見られたくなかった。

「……完成」

「わあ……」

 壁を見る。

 綺麗に飾り付けられている。

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 先輩が椅子から降りる。

「じゃあ、次これやろうか」

「はい」

 いつも通りの声。

 いつも通りの笑顔。

 なのに。

 私はもう、さっきまでと同じ気持ちではいられなかった。

 拓実先輩が、少しだけ近い。

 そんな気がした。

 そして。

 抱き止められたときの温かさが、いつまでも胸の奥に残っていた。