未練なんてありませんが?

 正式に婚約者となったエヴァンは、とにかく甘い。
 仕事の話をしている時などは以前と変わらないけれど、そこから一歩離れると、とにかく私を甘やかそうとする。美しい、可愛いなどの賛辞を、呼吸するかのごとく口にするのだ。

「エヴァン、婚約者といっても、常に側にいる必要はないのよ? 学院の友人とか、挨拶はしなくていいの?」
「構いません。彼らとは毎日会っていますから。まぁそれも、あと少しですが……。卒業後は、挨拶くらいはしようと思います」
「……もう」

 にこにこと微笑むエヴァンに、私は少し呆れる。

 エヴァンは、あっという間に最終学年となった。宣言していたとおり、飛び級したのだ。
 商会の仕事もしながらだというのに、いつ勉強していたのやら。
 学院に通っている間は、商会の仕事はほんの少し、手伝い程度ということだったのだが、いつの間にやらがっつりになっている。だから、勉強に割ける時間は、普通の学生より相当少ないはずなのだ。なのに、あっさりと飛び級試験に合格してしまった。

 ……優秀すぎるわ。

「それに、ニコラを一人にしたくないのです。隙あらば、近づこうする虫がわんさかいますので」
「そんなのいないわよ。いたとしても、仕事関係でしょう? ……わんさか寄ってこようとするのは、エヴァン目当てのご令嬢だと思うわよ?」
「はぁ……迷惑な話です。婚約者同士の間に、割り込めるはずもないのに」

 私の方はともかく、エヴァンを諦めていない令嬢はそこそこいる。
 なにせ、私は一度婚約を解消した身。私に非がなかったとはいえ、相手に心変わりされたという点は事実。
 だから、一度あることは二度ある……と、期待するのもわからないではない。

 失礼な話だけどね!

「ニコラ」
「なに?」
「そんな浅はかな考えなど、捨てざるを得ないようにしましょう」
「? ……どうやって?」
「こうやって」
「っ!」

 エヴァンは私の腰を抱き、強く引き寄せる。そして、耳元で囁いた。

「誰も引き裂けない、私たちの強い絆を。こうやって、ことあるごとに見せつけてやるのです」

 そう言ってエヴァンは微笑み、そっと私の頬に口づける。
 咄嗟に頬を押さえる私の赤く染まった顔を見て、エヴァンが無邪気に笑った。

「何をしても可愛い。罪な人ですね、ニコラは」
「~~~!」

 私は、口をパクパクさせるだけ。言葉は声にならない。
 周りでは、令嬢たちの悲鳴があがっている。もしかしたら、失神したお嬢様もいるかもしれない。

「心臓が……壊れそう」
「頑張ってください。まだまだ序の口です。私が抱えている想いには、まだ到底足りないのですから」
「うっ! もうわかった、わかったから……勘弁して?」

 上目遣いで見つめる私に、今度はエヴァンが小さく呻く。
 けれどすぐに立ち直り、今度はこめかみにキスを落とした。

 バタン。
 ああ、本当に誰かが倒れちゃったのね……。

「エヴァン、今は夜会で、多くの目があって……」
「これくらいは許容範囲だと思いますよ? ニコラは私のもの、私はニコラのもの、そう皆に知らしめているだから、これでいいのです」

 ああ、もう手に負えない。
 でも、一番手に負えないのは、実は私の方かもしれない。
 暴走気味だけれど、そんなエヴァンの想いが嬉しくてたまらないのだから。

 幸せだと思っていた婚約は、些細なことで壊れてしまって。
 人々の醜い悪意に晒されて。
 悔しくて怒り狂った日も、悲しくて眠れなかった日もあった。

 そんな時、あなたはずっと私の側にいてくれた。

「エヴァン、これからもずっと一緒にいてね」
「……望むところです。嫌だと言っても離れません」
「言わないわ」

 顔を見合わせ、クスッと笑う。

「ねぇ、せっかくだから踊らない?」
「そうですね。その方が、二人の世界に浸れそうです」
「もう、エヴァンったら!」

 エヴァンのエスコートで、私たちはダンスの輪に加わる。
 ちょうど、音楽が始まった。

 くるくる、くるくる、フロアを優雅に舞う。
 エヴァンの瞳には、幸せそうに微笑む私がいて。
 私の瞳は、エヴァンだけを映している。

 耳に入ってくるのは、美しい演奏と、エヴァンの優しい声。他には何も聞こえない。

 こうしていると、本当に世界には私たち二人しかいないみたい……。

 エヴァンのリードでくるりと一回転、そして、優しく引き寄せられる。
 そこで、私たちは改めて想いを確かめ合う。

「ニコラ、私の最愛」
「愛しているわ、エヴァン」

 そう、これからも、ずっと──。



 了