未練なんてありませんが?

 もう引けばいいのに、と思えど、どう止めればいいのかわからない。
 私が止めても彼女は引かないだろうし、グローリア殿下も呆れ果てて言葉を失くしている。
 ここはもう、傍観者でいるしかなさそうだ。

「姉弟揃って、なんって失礼なの! ……あぁ、あんたは養子だっけ? あんた、ずっとニコラにべったりよね。まだ姉離れできていないなんて、恥ずかしいったら! それともなに? もしかしてあんた、ニコラのことが好きなの?」
「好きですよ」
「……はああああ!? 気持ち悪っ! 血は繋がってなくても姉弟なのにっ!」
「あなたに何と思われようと、痛くも痒くもありませんね。どうせ何もできないですし。もし他人を使って何かしようとしても、返り討ちにして差し上げますよ」
「きいいいいいっ!」

 ポーリーンは奇声をあげ、ドスドスと足を踏み鳴らす。

 ……完全に、癇癪を起こした子どもよね?
 それより、エヴァンを気持ち悪いだなんて! なんてこと言ってくれるのよ、この女!

 怒りがぶり返してくる。

 それにしても、これが一国の王女だったとは。
 グローリア殿下を窺うと、相当なダメージを食らっている。
 これ以上続けると、かえってグローリア殿下を攻撃してしまうことになるのでは!? と心配になる。

「ニコラ!」

 突然フランシスが私の名を叫び、こちらに向かってこようとした。
 が、控えていた衛兵に止められる。

 なに? あなたまで何をしようとしてるのよ!

「ニコラ! 愛しているんだ!」
「は?」

 反応したのは私ではない。エヴァンである。
 彼は汚物でも見るような目で、フランシスを見据えていた。

「気安くニコラの名を呼ぶな。お前はもう赤の他人だろうが」

 地の底を這うような低い声。
 フランシスは、悔しげに表情を歪める。
 エヴァンは彼に近づいていき、憎々しげにこう言った。

「前にも言ったはずだ。あれは、婚約解消する前の夜会だっけな? ……与えられた最高の幸運を逃したのはお前だと。もう一度言ってやろうか?」
「……っ」

 エヴァンは満面の笑みを浮かべ、嬉々としながら告げる。

「『与えられた最高の幸運を逃したね。手放してくれてありがとう。もう返さないよ』」
「くっ……」

 一転し、再び冷ややかモードになる。

「お前は、そこのクソ王女を選んだんだよ。どうぞお幸せに。あ、元・王女だっけ」

 フランシスが、ガクリと膝をついた。完全に心が折れてしまったようだ。
 その一方で、ポーリーンは怒り狂っている。

「お前っ、なんてことを言うの! 不敬だわ! 即刻こいつを牢に入れて! 処刑よ、処刑!」
「いい加減にしろ! ポーリーン!」

 グローリア殿下が一喝した。
 もう耐えられなかったのだろう。

「おね……」
「お前はもう王族ではないと、何度言えばわかるんだ! 王族としてもありえない。簡単に牢に入れろ、処刑しろなどと……。お前は、こんなことになっても反省の一つもしないのだな。……私に、こんな愚かな妹などいない!」
「!」

 ポーリーンの目が大きく見開かれる。
 グローリア殿下は彼女から目を逸らし、私に言った。

「ニコラ、本当に申し訳ない。わかってはいたが、時間の無駄だったな」
「……いえ。私は、言いたいことが言えて満足です」
「そう言ってもらえるとありがたい。もう言い残したことはないか?」
「はい」
「それでは、こんな不毛な時間は終わりにしよう。おい……」

 彼らを連れて行けと、グローリア殿下が衛兵に命じようとした時だった。
 ポーリーンが狂ったように叫び出す。

「ニコラ! お前が……お前が全部悪いのよ! お前のせいでこんなことになって、お前さえいなければっ……うわああああああんっ!」

 そして、フランシスと同じように膝をつき、大声で泣き崩れた。

 ……嘘でしょう?

 ドン引きである。

「行こう、ニコラ、エヴァン」
「……はい」

 彼らが行かないなら、私たちが出て行くまで。
 ポーリーンは泣き喚いたまま、そしてフランシスは、恨めしそうにこちらを見ていた。

 エヴァンの言ったように、ポーリーンを選んだのはフランシス。そして、この結末を選んだのはポーリーン自身だ。

「さようなら」

 私は、二人に別れを告げる。
 これで本当にさよならだ。そう、永遠に。

 ──私の未来に、あなたたちは必要ない。