未練なんてありませんが?

 帰国後、オマリー伯爵家の全員、王宮に来るようにとお達しがあった。
 旅の途中、早馬でその知らせを聞いた時は、驚きとともに内心げっそりした。

 面倒ごとを後回しにするつもりはないけれど、少しくらいゆっくりさせてくれても……。

 なんて考えたのは、きっと私だけじゃない。

 まだ疲れの残る身体に鞭打って、私たちは王宮を訪れた。
 通されたのは会議室のような部屋で、そこにはテレンス王太子殿下にグローリア殿下、ウィリアム殿下がすでに着席していた。
 正式な挨拶は不要だというので、私たちは勧められるまま腰かける。

「帰国早々呼び立ててすまない。正式に公表するのは近日となるが、オマリー伯爵家には、直接私の口から伝えたいと思ったのだ」

 テレンス殿下は、私たちを見渡しながら話を始めた。
 彼の話は、最初から度肝を抜くもので──

「まずは、私が王位を継承したことから報告しよう」

 いきなり、とんでもない爆弾を放り込まれる。
 ここで、誰も奇声をあげなかったのは奇跡かもしれない。

 王位継承? いったいどういうこと……!?

「これは、王と王妃がポーリーンの失態の責任を取ってだ。彼女の行動は、隣国との関係に亀裂を入れるほどのものだった。幸い、そのようなことにならずに済んだが。……これまで、彼女の振舞いに対しては、方々から散々苦情が出ていたんだ。にもかかわらず、放置。それだけならまだいいが、更に助長するような言動もあった。今回のことは、それらが最悪な形で出てしまったが故のことだった」

 殿下方はもちろんだけれど、宰相をはじめとする大貴族たちをも完全に敵に回してしまった、ということか。
 今回の件は、テレンス殿下たちの企てでもあったけれど、だからこそ大事(おおごと)にならずに済んだのだ。

「あと、ポーリーンの護衛騎士たちについては、騎士としての資格を剥奪した。彼らは二度と騎士にはなれない。それぞれの実家が彼らをどう扱うかはわからないが、おそらく廃嫡となるだろう」

 これは、おおかた予想どおりである。
 強制的に騎士の任を解かれるなど、醜聞以外のなにものでもない。家を守るために、彼らを廃嫡にすることは十分ありうる話だ。

 気の毒だけれど、自業自得とも言える。ポーリーン殿下が強引に迫ったのだろうけど、それを退けることは可能だったからだ。
 王族には基本逆らえない。けれど、上官に相談することはできた。
 それに、グローリア殿下なら絶対になんとかしてくれた。それを彼らが知らなかったはずはない。グローリア殿下は常に彼らを気にかけ、困ったことはないかと声をかけていたのだから。

 フランシスも、騎士の道を断たれたことになる。
 彼は騎士である自分を誇りに思っていたから、さぞ落ち込んでいることだろう。

 ……正直、もうどうでもいいのだけれど。

 彼の暴挙は、どれだけ謝罪されても許せない。
 思い出すと、今でも身体が震える。あの恐怖は、たぶんずっと忘れられない。

 そんなことを考えている間にも、テレンス殿下の話は続く。

「ポーリーンは、王と王妃とともに離宮に幽閉となる。そして、最後の慈悲として、フランシス=オークウッドと添い遂げさせることにした」
「えっ!?」

 思わず声が出てしまった。

「も、申し訳ございません!」

 私は即座に謝罪する。

 ああああ、何をやっているのよ、私!

 恐縮だし、ものすごく恥ずかしいしで、冷や汗が流れてくる。
 けれど、「構わない。声をあげるほど驚くのも無理はないからな」とテレンス殿下が受け流してくださり、事なきを得た。

 ……心臓が止まるかと思ったわ。

 両親とエヴァンを窺うと、皆も戸惑っているようだ。

 それにしても、本当に驚いた。
 まさか、ポーリーン殿下とフランシスが結ばれるだなんて……。

「オマリー伯爵令嬢からすると納得できないかもしれないが、面倒ごとをまとめて片付けるいい機会だったのだ。どうか許してほしい」
「いえ、私は殿下のご判断を支持いたします」

 私の返答に、テレンス殿下は僅かに表情を緩める。

「ありがとう。……彼らのやらかしたことを考えるとありえない処分なんだが、ポーリーンが不憫だと両親がうるさいのでね。散々揉めたのだが、王位を渡して彼らも蟄居することを条件に、認めることにした」

 己の立場を投げうってでも娘を守った、ということだろうか。
 彼らの子どもは、ポーリーン殿下だけではないのに。

 私としては、なんだかもやもやする。
 しかし、殿下方は皆、晴れ晴れとした顔をしていた。
 彼らは、とうに自分たちの両親を見限っていたのだろう。

 ……切ない。

「というわけで、正式に私が王位を継ぐことが決まった。姉上、ウィリアムと協力し、この国を良い方向に導いていきたいと思っている。これはすでに、過半数の貴族たちも認めている。其方たちも……どうかよろしく頼む」
「承知いたしました。もちろん、私どもも賛同いたします」

 お父様がそう言って、深く頭を下げた。
 私たちもそれに倣い、礼をする。

 国王陛下の治世は、決して悪いものではなかったように思う。けれど、それを差し引いても余りあるほどに、第二王女の教育に失敗してしまった。

 ポーリーン殿下は特権意識のかたまりで、自由奔放で傲慢、あまりにも自分本位だった。気に入らない人間を虐げることも普通だったし、彼女のせいで壊れた婚約も少なからずあった。
 貴族の婚約は、家同士の契約。それを反故にしたのだから、その罪は決して軽くはない。

 それでも、彼らは彼女の幸せを願ったのだ。
 王族ではいられない。社交界からも追放され、彼女は二度とあの眩い光の中には戻れない。
 ならば、せめて女としての幸せくらいは、と。それが叶うなら、身を引いても構わない──。

 ポーリーン殿下が一人娘であったなら、ある意味美談になったかもしれない。
 でも、違う。
 これは美談などではない。彼女を溺愛したが故の、転落だ。

「話は以上だ。だが……実はもう一つある。これは、オマリー伯爵令嬢にだ」
「私に……? 何でしょうか」

 テレンス殿下をはじめ、グローリア殿下もウィリアム殿下も、至極申し訳なさそうな顔をする。

 ……なんだか、嫌な予感がするわ。