未練なんてありませんが?

 その後、私たちは帰国の途に就くことになった。
 グランデ王国の国王ご夫妻はもちろん、王太子殿下ご夫妻にシリル殿下からも大いに感謝され、おまけに新規契約まで交わすという上々の結果。
 いろいろあったけれど、とにかく無事に終わってよかった。

 とはいえ、シリル殿下はあれからご両親にこってりと絞られたらしい。
 でも、それほどまでに結婚を厭うていたことも彼らに伝わり、皆はシリル殿下を再び自由の身にさせておくことにしたそうだ。また無理強いすると、今回みたいなことが起こらないとも限らない。

『また結婚を迫るようなら、今度は国を出て行くと脅したんだ』

 別れ際、シリル殿下がこっそりと教えてくれた。
 ここまで言われてしまうと、王家は彼の望みを叶えるしかない。シリル殿下の能力はそれほど高いし、グランデ王国には必要なのだ。

「ねぇ、ニコラ」
「はい、お母様」

 行きとは違い、今度は家族揃っての帰路になる。
 本来なら両親と、私、エヴァンとなるところ、何故か強制的にお父様とエヴァン、お母様と私、という風に分けられてしまった。なので、私は今、お母様と一緒に馬車に揺られている。

「お母様に、何か報告することがあるのではなくて?」
「え?」

 きょとんとして首を傾ける。

 報告……あるといえばある。
 けれど、エヴァンと話し合ったのだ。両親に打ち明けるのは、今回のごたごたが落ち着いてからにしようと。
 一旦かたはついたけれど、それはグランデ王国でのこと。エイベラル王国では、ポーリーン殿下や護衛たちの今後が決まるまでは、事情を聞かれたりなど何かとバタバタするだろう。
 これらも全て片付いた後、改めて話そうとなったのだ。だから、私たちはこれまでとは変わらない風を装っている。

「特には……。私は今回の件について全部お話しましたし、商会の仕事の報告も漏れはないと思うのですが……」
「あら、見くびられたものね」

 お母様はそう言って、悪戯っぽく肩を竦めた。そして、企み笑顔になる。

 え? なに? お母様がこういう顔をする時は、必ずこっちが降参する羽目になるんだけど!

 幼い頃からそうだった。
 悪戯や失敗をどれだけ隠そうと、お母様にはバレてしまった。
 あれこれと質問されるうち、あれよあれよと追い詰められ、結局隠し事を白状させられてしまう。
 これは、そんな顔。

「み、見くびってなど……」
「そう? だってあなた、隠していることがあるでしょう?」
「そ、それはっ……私だってそれなりに大人で、隠し事の一つや二つは……」
「確かに、家族にも内緒にしておきたいことはあると思うわ。それを暴こうとは思わない。けれど、あなたが今隠していることは、お父様とお母様にも関係があることよね? なら、さっさと話しておくべきではなくて?」

 ヒィッ! なんだかわからないけれど、お母様にはバレている!
 なんで? どうして? 私たち……いつもどおりだったわよね!?

 あの夜以降の私たちの行動を思い起こす。
 うん、特に変わったことはしていないはず……。
 なのに、どうして……?

「ふふっ、ふふふふっ」
「お母様?」
「だって、本気でわからないって顔をしているんだもの。おかしいったらないわ」

 お母様が、我慢できないといったように笑い声をあげる。
 私は訳がわからなすぎて戸惑うばかりだ。
 そんな私に、お母様は慈愛の眼差しを向けた。

「ごめんなさい。本当にわからないのね。……でも、私とお父様にはバレバレよ」
「お父様にも?」
「ええ」
「……お母様」

 お母様は、馬車のスピード落ちたタイミングで私の隣に移動する。そして、囁いた。

「エヴァンを受け入れたのでしょう?」
「!!!」

 驚きのあまり、飛び上がりそうになった。

 なんでバレてるの!?

 私の反応を見て、お母様がまた笑う。

「どうしてバレないと思うのかしら? ニコラ、あなた鏡は見ている? 顔が全然違うわよ」
「え? え? 嘘!?」
「嘘なものですか。エヴァンだって冷静を装っているけれど、どこか落ち着かないし、視線はあなたを追っているし。って、これはいつものことね」
「いつもの……こと?」

 聞けば、エヴァンは昔からそうだったらしい。
 でも、初めてできた姉を慕ってかと、あまり気に留めないようにした。
 けれど、その視線はいつになっても止むことがなく、熱を帯びるようになった。こうなると、本人に気持ちを確かめなくてはならない。

 何故なら、私には婚約者がいたから。
 フランシスが商会には関わらず、騎士になるというから、私の補佐としてエヴァンを迎え入れた。そのエヴァンが障害になってはならない。

「エヴァンはその時に白状したわ。あなたを一人の女性として想っていると。けれど、同時に私たちに誓ったの。ニコラとフランシスの邪魔は絶対にしないと。二人の幸せを願い、陰から支えると。だから、あなたの側にいることを許してほしいって」
「エヴァンったら……」
「私たちは、その健気な気持ちに絆されたのよ。それに、あなたはエヴァンを頼りにしていた。今更引き離すのは酷だと思ったわ。だから、エヴァンを信じることにした」

 エヴァンは、自分の気持ちが報われないのをわかって、私の側にいることを決めた。そう、最初から。

 エヴァンの無償の愛に、心が震える。